Yaeji『What We Drew 우리가 그려왔던』


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 イェジことキャシー・イェジ・リーは、チャーリーXCXともコラボレーションするなど、いま大きな注目を集めているアーティストだ。
 韓国人の両親を持つイェジは、ニューヨークで生まれた。その後アトランタ、韓国、日本といくつもの土地で生活し、現在はニューヨークに戻って音楽活動をしている。

 筆者が彼女を知ったのは4年ほど前だった。ニューヨークのDJ集団ディスクウーマンのサイトに、彼女のDJミックスがアップされていたのだ。
 再生ボタンをクリックすると、肉感的なハウス・ミュージックが筆者の耳をとらえた。高揚感たっぷりの起伏を作りあげるDJスキルに惹かれ、素晴らしいDJだ!と思ったのをいまでも鮮明に覚えている。
 その後彼女は瞬く間に引っ張りだことなった。ボイラールーム、リンスFM、ピッチフォークといった多くのメディアにピックアップされ、出自であるダンス・ミュージック・シーンにとどまらない支持を得ている。

 彼女は音楽制作でも才能を発揮した。2017年に発表された2枚のEP「Yaeji」と「EP2」など、良質なダンス・トラックを残してきた。
 なかでもお気に入りなのが「Yaeji」収録の“Feel It Out”だ。自身のウィスパー・ヴォイスを活かしたドリーミーな音像に、甘美な4つ打ちのビートが交わるそれは、Underground Quality周辺のディープ・ハウスを想起させる。時代の成りゆきにとらわれないタイムレスな曲だ。

 「EP2」も特筆したい。音数を絞ったミニマルなハウスが基調にありながら、ベース・ミュージックやトラップの要素を取りいれるなど、音楽性の幅を広げた重要作だ。
 このEPの収録曲では、“Drink I'm Sippin On”が一番好きだ。先に書いたベース・ミュージックやトラップの成分がもっとも明確に出た曲で、妖しげな雰囲気を纏うサウンドスケープは仄暗いダンスフロアにふさわしい。

 そんな彼女が最新ミックステープ『What We Drew 우리가 그려왔던』を発表した。本作を聴いて驚いたのは、従来の作品でよく見られたドリーミーなサウンドスケープやハウスの要素が減退していることだ。彼女のヴォーカルが前面に出ており、ひとつひとつの音を際立たせた曲が多い。これまでの作品では、歌声がリヴァーブの海に隠れることもあったのを知るひとりとしては、おもしろい変化に映る。
 これはもしかすると、オープンな姿勢が目立つ歌詞に呼応した結果かもしれない。〈私がしたいことは 汁かけご飯を食べること〉と歌われる“Money Can't Buy”など、本作の言葉には日常の風景や想いを綴ったものが目立つ。ファミリーと呼べる人たちとの愛情や感謝の共有が本作のテーマだからか、パーソナルな色合いがいつも以上に強い。

 多様なリズム・パターンも耳を引いた。突如ドラムンベースの高速ビートが鳴り響く“Never Settling Down”や、エジプシャン・ラヴァーあたりの80年代エレクトロが脳裏に浮かぶ“Spell 주문”など、おもしろいトラックが多い。特定のジャンルで統一感を出すのではなく、さまざまなグルーヴでカラフルな聴体験をもたらしてくれる。
 そのカラフルさは、自身の多面性をリズムで表現しているとも解釈可能だ。幼少時から多くの国を渡り歩き、それぞれの国でアイデンティティーの形成に繋がる人との出逢いや想いを得た人生が、自然と反映されたのかもしれない。

 そんな背景も見いだせる『What We Drew 우리가 그려왔던』を聴くと、イェジの日記帳を1枚ずつめくっていくような感覚に襲われる。



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