けじめをつける。それは愛情たっぷりに失望させること 〜 映画『T2 トレインスポッティング』〜



 1996年に公開された映画『トレインスポッティング』は、1990年代のポップ・カルチャーを象徴する作品だという意見に異論はないだろう。ドラッギーな映像や秀逸な社会風刺は多くの者たちを虜にし、さまざまなポップ・カルチャーからの引用は小煩い玄人も納得させるものだった。なんとなく雰囲気が好きになった人から、長年ポップ・カルチャーを愛してきた者まで、幅広い層から支持された『トレインスポッティング』は文字通りの傑作だ。
 その『トレインスポッティング』が、『T2 トレインスポッティング』として帰ってきた。本作にまつわるキャンペーンは各所でおこなわれ、音楽や映画も含めた多くのカルチャー誌は、その帰還を盛大に祝福した。あの時代のポップ・カルチャーにあった輝き、刺激、面白さが復活すると...。


 だが肝心の本作は、そうした浮かれたテンションに冷水を浴びせる内容だ。メインキャラのマーク(ユアン・マクレガー)、サイモン(ジョニー・リー・ミラー)、スパッド(ユエン・ブレムナー)、ベグビー(ロバート・カーライル)の4人は勢揃いしている。おまけにダイアン(ケリー・マクドナルド)も登場するなど、前作の要素はいくつも見られるが、かつての疾走感や無根拠な自信は見いだせない。マークとサイモンは再会するとすぐさま殴り合いを始め、さらにジョージ・ベストの話で盛りあがるという “いつものノリ” は健在だ。しかしそこに帰還した祝祭感はなく、漂うのは “時の流れ” というシビアな現実である。
 こうした側面を象徴するのは、サイモンと付き合うベロニカ(アンジェラ・ネディヤルコヴァ)が、マークとサイモンに対してあなたたちは過去に生きているとストレートに告げるシーンだろう。ベロニカを連れているマークに対し、ダイアンがあなたには若すぎると言うシーンも、いまだ過去を引きずるマークに向けられた警告に聞こえる。ベロニカは “今” を生きているが、あなたは違うといった具合に。


 ちなみに筆者は、このマークとダイアンのやりとりを観て、ニュー・オーダーの「Fine Time」を意識したのでは?と感じた。前作でダイアンは、ニュー・オーダーの「Temptation」を口ずさんでいる。これをふまえてマークとダイアンのやりとりを観ると、本作の結末に向けた前フリのようにも見えるのだ。「Fine Time」では、〈君は若すぎる 僕の人生の一部にはなれない〉〈若すぎて 僕と遊びまわることはできない〉と歌われるからだ。「Fine Time」の歌詞と本作は見事なまでに共振している。事実、ベロニカはマークと一夜を共に過ごし心も通わせるが、マークの人生の一部にはならない。ベロニカは “今” と、そこから続く“未来” を選んだ。


 物語の終盤で、マークを殺そうとするベクビーがもろに『シャイニング』(1980)な行動をする点も含め、前作の支持者へ向けたファン・サービスがたくさんあるのも本作の特徴だ。特に、前作の名シーンをオーヴァーラップさせる演出は、多くのファンを喜ばせるものだろう。しかし物語が進むと、その演出はファンに対する愛情だけでなく、現実を突きつけるためのものでもあると気づく。その冷徹なまでの姿勢は、本作のラストにおけるマークの奇妙なダンスでピークに達する。21年前、マークは仲間たちを出し抜き、クソみたいな生活からおさらばした。そして21年後の本作でも、同じようなチャンスがマークに訪れた。ところが今回はそれを逃してしまう。だからこそマークは、21年前と変わらない自分の部屋で踊るしかなかった。そんな姿を見ながら観客たちは、もはやマークは過去だと悟るのだ。マークの踊りに施されるオーヴァーラップは、『トレインスポッティング』の光景をそのまま2017年に現出させることは不可能なのだと、痛烈に述べている。


 だが、本作に何ひとつ希望がないかといえば、それは違う。確かに、メインキャラの4人は救われず、前作に熱狂した人たちにかけられた “呪い” を解くようなこともしない。それでも本作は、今を生き、未来へ進むことをうながすという意味で、愛情と優しさに満ちあふれている。このことを象徴するのがベロニカというキャラであり、そしてスパッドとベグビーの子供であるのは言うまでもないだろう。スパッドはチャンスを娘に譲り、ベグビーは自身の人生を語ったうえで、人生を選択できる息子を抱きしめた。お世辞にも2人の愛情表現はスマートじゃないが、2人なりに未来へ向けた希望を託したように見えて、心が大きく揺さぶられた。


 本作は、愛情たっぷりに私たちを失望させることで、過去にけじめをつけた作品だ。このことを他の者たちが受け入れるかは不明だが、筆者はベロニカのように今を生き、未来を選ぼうと思う。あなたは何を選ぶ?

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