イタリアだけじゃない 世界中が求めるヒーローだ ~ 映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』~



 『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』はイタリア映画だ、と言わなければ日本の映画と思われるかもしれないなんて心配もあるので、こんな書き出しになってしまった。2015年に制作された本作は、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(イタリアのアカデミー賞的なもの)で7部門も受賞するなど高く評価されている。早耳な映画ファンの中には、イタリア映画祭2016で公開されたときにいち早く観た者もいるだろうか。


 物語は、細かな犯罪で日銭を稼ぐエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)が、警察に追われ川へ飛び込むところから大きく動き出す。そこでエンツォは放射能を浴び、鋼の肉体と人間離れした怪力を手に入れる。その力をエンツォは私利私欲のために使う。しかしそのスケールはあまりにも小さい。ATMから大金を強奪したものの、そのお金でエンツォは好物のヨーグルトやエロDVDを大量に購入するのだ。まさに見本のような小物である。
 だが、エンツォが置かれた状況を考えると、それをバカにすることはできない。細かな犯罪で日銭を稼ぐエンツォは、言うなれば貧困下にいる。貧困下の者は人と繋がる機会を奪われ、場合によっては最低限の文化的活動もできなくなる。進学や就職の道も制限され、ゆえに将来への不安も膨らむ。そうしてさまざまな意欲が削がれてしまい、夢も希望も抱けず、贅沢の仕方を忘れてしまう。このような状態だからこそ、大金を手に入れてもエンツォは、いつも通りの日常+アルファくらいの行動しかできなかったのではないか。
 本作はテロの脅威に晒されるローマ郊外を舞台にしているが、その背後にあるのは、いまだ失業率は改善せず賃金上昇も滞る不安定なイタリアの現在だ(※1)。本作の序盤、エンツォの部屋にあるテレビから緊縮に関するニュースが流れているのは、おそらく偶然ではない。たとえば2014年4月、政府の緊縮財政策に反対する大規模なデモがローマでおこなわれたが、そんなイタリアの背景を本作は反映している。このことをふまえて観ると、より深く本作を理解できるはずだ。


 私利私欲のために力を使っていたエンツォだが、次第にアレッシア(イレニア・パストレッリ)という『鋼鉄ジーグ』を愛する女性のために使いはじめる。といっても、最初はジンガロ(ルカ・マリネッリ)の執拗な追跡から逃れるため仕方なく、というところもあった。しかしエンツォとアレッシアは徐々に互いを愛しく想い、そのなかでエンツォに利他的な心が芽生える。このようなエンツォの変化は、他者と交わることで目の前の風景が変わるかもしれないという希望を示してくれる。同時に、超人的な力で他者を助ける構図からは、恵まれた者たちこそ弱者を助けようというメッセージも見いだせる。これは世界的な潮流である反緊縮運動の基軸となる考えであり、だからこそ経済格差が広がるイタリアで多くの人たちに受け入れられたのではないか。いわばエンツォは、格差の底辺で苦しむ人たちが求める救世主像なのだ。


 こうした利他性の大切さは、サッカースタジアムにおけるエンツォとジンガロの対決によって、より強調される。とあることがキッカケで、ジンガロもエンツォと同じ力を手に入れる。能力の面ではエンツォと張り合えるようになったジンガロだが、最終的にはエンツォに敗れてしまう。
 2人の明暗を分けたのは、ずばり “未来”と“変化” だ。当初は孤独で、他人のことを考えないとアレッシアに責められるエンツォだが、アレッシアと関わるなかで未来を見いだし、考え方も少しずつ変化していった。一方のジンガロは、超人的な力で復讐心を満たそうとした。まずは自分を痛めつけた者たちを葬り、すぐさまエンツォを始末しようと動く。そんなジンガロは過去と現在に囚われ、かつてのエンツォと同じく私利私欲のために行動している。これらをふまえれば、未来と変化を得た利他的なエンツォと、過去と現在に執着する利己的なジンガロという構図が浮かびあがる。そして、エンツォが勝利を手にした瞬間、私たちは本作に込められたメッセージを受け取るのだ。


 本作のラスト・シーンでも描かれているとおり、エンツォはイタリアの希望となった。とはいえ、あの姿はイタリアの人たちだけが求めるものなのだろうか? 先に書いたイタリアの問題は、イタリア以外の国々でも見られる。たとえば日本でも、貧困問題に関するニュースを見かけることは多い。さらに言えば、他人のために力を使い、多くの人々に未来と希望を見せるというエンツォの姿は、排外的傾向が目立つ世界情勢に苦しめられる人たちもコミットできるのではないか。そう考えるとエンツォは、イタリアのみならず世界中が求めるヒーローなのかもしれない。



※1 : 三井住友アセットマネジメントによる『【欧州経済】イタリアの不安はなぜ消えないのか~経済、銀行、財政の3つの悪循環~』(2017年1月10日)を参照。http://www.smam-jp.com/documents/www/market/economist/ED20170110eu.pdf

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