Elliot Adamson『PiHKAL』



 イギリスのDJ/プロデューサーであるエリオット・アダムソンを知ったのは、確か3年ほど前だったか。ある日、彼のサウンドクラウドにアップされていた、リカルド・ヴィラロボス“Enfants”のリミックスを聴いたのだ。原曲よりもBPMを上げつつ、〝わーわーやや〟という掛け声の中毒性を活かしたメロディック・ハウス。太いキックとハイハットの抜き差しでグルーヴを作る、正統派のダンス・ミュージックだ。派手さこそないものの、彼の秀逸なプロダクションスキルが際立っていた。

 その後リリースされた作品も熱心に追ったのは言うまでもない。なかでも、昨年12月のEP「FACE」は愛聴した。ハウスを基調にしつつ、初期のプロディジー的なレイヴ・サウンド、80年代エレクトロなどを取りいれた意欲作だ。ラフな質感の音粒はゲットー・ハウス的でもあった。クラブでスピンされれば、必ずと言っていいほどガッツポーズしたのも良い想い出だ。
 そんなアダムソンは、今年デビュー・アルバムをリリースした。しかし、その形態は少々変わっている。3部作として作られており、それを順に発表するというものだ。それは今年3月の『TiHKAL』から始まり、同年5月には2枚目の『I Watched Night Create Day』が出ている。

 『PiHKAL』は、3部作の締めとなる作品だ。そうしたこともあり、アダムソン本人は〈THIRD DEBUT ALBUM(3枚目のデビュー・アルバム)〉としている。
 端的に言えば、本作はこれまでの2作品よりも格段に素晴らしい内容だ。さまざまなハウスを詰めこみ、壮大な音楽絵巻を作りあげたとでも言おうか。特に惹かれたのは、オープニングの“Frantic Felines”だ。ハンドクラップやリムショットを多用するビートはもろにシカゴ・ハウスでありながら、TB-303風の音色でアシッディーな雰囲気も醸し、フレンチ・ハウスを彷彿させる高域カットもある。
 “Serpentine Walk”も素晴らしい。これまたTB-303風の音色を纏うアシッド・ハウスだが、ヴォイス・サンプルの使い方は紛れもなくヒップホップだ。これまでの作品群でもうかがえた引きだしの多さを活かした、良質なトラックである。

 “6pm On Grainger Street”では、『Sexor』期のティガに通じるミニマルなハウス・ビートを鳴らす。そこにラウドなギターを乗せ、ロック的なフィーリングを生みだしているのも良い。強いて言えば、ユクセックの“Should Be Slave”、コバーンの“We Interrupt This Programme”、マイロによるモービー“Lift Me Up”のリミックスなど、ロックとダンス・ミュージックが密接だった2000年代半ば頃のクラブ・トラックを連想させる。もはや伝説となったパーティー『Trash』でエロール・アルカンがライヴ・ハウスとクラブの垣根を取り去り、トゥー・メニー・DJ'sがマッシュアップという手法でジャンルの壁を曖昧にしていった、あの時代のサウンドだ。2000年代も、参照される過去になったのだと痛感する。

 本作は、音色やリズム・パターンといった細かい部分を多彩にすることで、1曲の中にあらゆる時代のサウンドを込めている。それにふさわしい援用をするなら、アレッサンドロ・ミケーレのグッチだろうか。彼のデザインもまた、数多くの文化をひとつの服に反映させている。クラシカルにも聞こえるアダムソンのダンス・ミュージックだが、そこに見いだせる感性は、間違いなく現在に根ざしたものだ。


※ : MVはないみたいなので、Spotifyのリンクを貼っておきます。


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