僕のノッペ汁
世の中のレシピ情報を僕は大嫌い。郷土料理だとか伝統的なレシピだとか言って御大層な御託を並べる。
ノッペ汁というのは新潟の郷土料理百選にも選ばれたと言う。地域復興だかなんだかわからないが、バカバカしい。季節の里芋の汁でしかない。少しお高めの店では。大層に鳥のダシで偉そうにチコント皿に乗せて高値で儲かる。里芋は本当に季節のものをその場で剥いて作っているのだろうか。
SNSでは偉そうな輩が一生懸命スティマに励んでおる。僕は東京に来てから初めて『ノッペ汁』を食べたが、こんなものいつも母が作っていたと拍子抜けである。そもそも母は「ノッペ」と言う言葉を使わなかった。確かに「ノッペ」というのは「あざとい田舎臭さ(普段テレビ弁で話しているのに都会人が来ると急に方言を使うよう)」が有る。母は「嫁姑」の確執を経験しないモダンガールであった。乾物屋の四番目のサラリーマンとなった父と結婚して二人で分家したのであった。
今日はタマネギが美味しそうだったので刻んで入れた。
里芋を拍子木に切って肉と野菜と煮込んだだけの料理である。家庭で毎日料理を作っていた時には、美味しい季節の野菜が食卓を彩ったのだ。
土付きネギの頭がたくさん残っていたので思い切り入れた。どうして皆捨てるのかというと、収穫するとすぐに色が変わり溶け始めるのだ。とても美味しい。
豚と鳥を細かく刻んで放り込んでひと煮立ち。あ、銀杏有ったけど入れ忘れた。気にしない気にしない。正月のノッペ汁は鳥のすまし汁なのだが、醤油が少し入った。次のときにはまた違った味になる。
これが今日のノッペ汁。
きめられたルールもなにもないのだ。ルールがあるとしたら、新鮮で美味しい里芋をその場で刻んで入れることだ。
僕のお昼で夕ご飯。ノッペは2回お替りした。腹減って魚肉ソーセージ食っちまった。
大学浪人の頃、予備校の先生が、アメリカ人に日本語がおかしいと言われたと言われた逸話を放してくれた。そのお話の最後に、そんな事を言うアメリカ人はクソ野郎だという。そこで生きている人たちの発する言葉が文法的に正しいかどうかなどというのは間違えているというのだ。同じ様に、アメリカ人が話している言葉が教科書の文法に従っていないからと言って間違えているなどということの愚を諌めている。
後に、ピジンイングリッシュとかクレオールといった言語学上の概念を知り、感銘を受けた。ぼくは大学時代、言語学に熱中した。やがて「ラング<=>パロール」といった20世紀の構造主義の潮流を学んだ。本業の法律学にも色濃く映し出されている考え方だ。
料理も同じである。新潟で生きて住んでいる僕が旬の里芋を汁にして美味しく食べているならばそれは立派な郷土料理なのだ。というよりも、「公式の料理(ラング)」などというものは存在しなかっった。家庭で作られて、「食べられているもの(パロール)」の類似をまとめて、その地の呼び名を付けたものが「郷土料理」となる。その地に行かねば食べることのできない味である。
やがて、食のグローバリズムの中で商品として売って利を得ようとする商売人が出てくる。商売人は競争に勝つためにブランディングをする。それが「政治的に正しい(公式の)郷土料理」である。しかし、それは皿の上の食材が同じだけで、「その地で家族が作っているもの」とは「作るプロセス」も味も身体に対してのインパクトも全て違う。僕のノッペ汁は「モグリ」である。医学に対しての民間療法のようなものだ。
僕のノッペの里芋は4袋200円だ。妻が地元資本のスーパーから買ってきた。ビニール袋から出さないとすぐにカビる。新鮮で取りたの証拠だ。乾燥させて袋に詰めてはいないのだ。グローバルに売れるものではない。そしてこの味は、ここでしか味わうことが出来ない。羨ましいだろう。
僕は自分の料理を作る。「政治的に正しい栄養学」や「高名な料理研究家」が何と言おうとも。彼等は僕の愛する家族がどんな目にあっても知らん顔だ。
Sさんへのお裾分け。妻もパートに弁当に入れて持っていった。娘も食べる、僕も食べる。Sさんの娘さんも食べる。みんな笑顔で食べる。
Sさんの田舎では、鮭のハラスのほうを入れたという。冬は塩引き鮭が軒先に吊るされて少しずつ食べたそうだ。一番いいところは父が食べるのよと笑った。食事は思い出とともに食べる。味は自分の人生を思い出させる。
明日から3日デイサービスにお泊まりである。娘さんご夫婦がお孫さんに会いに行くという。皆遠くで住んで元気でいるといい。僕もお休みである。Sさんの生まれ故郷に行ってみよう。
Sさんも美味しいと行ってくれた。幼い頃家族が作っってくれた「彼女のノッペ」はもう遠い向こうである。しかし、元気に共に生きようという僕のお裾分けは今の僕たちの「ノッペ」なのだ。
僕は僕のダンスを踊る。
食事には人生の時間を費やすだけの価値がある。
厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。