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重ならない針

月明かりの下で、父は置き時計を直していた。

「こんな遅くまでどうしたの?」
「急ぎでな。王女様が癇癪を起こして投げつけたんだそうだよ、中身はもう直したんだが、外の装飾が」

そういって父は、宝石の入った箱を引き寄せた。
「きれい」
思わず声を上げる。

厳格で、いつもなら仕事をしている時には私を寄せ付けない父が、珍しくひとつひとつ宝石を取り上げて見せてくれた。

「これは縞瑪瑙」
「これはアクアマリン」
「これはラピスラズリ」
「これは紫水晶」
「・・・と、これは雲母か、ずいぶん壊れやすいものを使うな」

歌うように、唱えるように言いながら、宝石をひとつひとつ丁寧にはめ込んでいく。
作業が仕上がると、父は時計のネジを巻いた。針が動き始める。

時計の針が12時を指すと、哀愁を帯びた旋律が流れ始めた。

「聴いたことのない曲だね」
「遠い国の王子様からの贈り物だそうだから、そこの国の歌なのかもしれないね」

音楽が鳴り止むと、父は時計を梱包し始めた。
その手つきを見ながら、父が、母が死んでから後妻をめとらなかったのは、そもそもこの人は時計にしか心惹かれなかったからなのかもしれない、と思った。

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谷山浩子さんの「きれいな石の恋人」という曲から思いつきました。

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