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続・第11倍音

前回第11倍音の話を書いたところ、思考がいろんな方向に膨らんでいってしまい、それについても書かずにいられなくなったので💦続編としてお読みいただければ幸いです。

もう一度おさらいで倍音列を掲載しておきましょう。

基音C2からできる倍音列

・スクリャービンの神秘和音

まずはスクリャービンの神秘和音のお話。独特の神秘的な雰囲気をかもし出す和音として、スクリャービンによって初めて用いられました。この和音は以下のような音でできています。

スクリャービンの「神秘和音」

この和音は「四度音程を六個堆積した和音」と説明されることが多いですね。V.デルノワの『スクリャービンの和声』では、属9和音の第5音(この場合G音)を下方変位し、付加第6音(A音)を加えた和音と解釈されています。しかし様々な展開形を実際の曲で使用していることから、4度累積という考え方はあまり重要ではないと考えます。もし3度累積和音として解釈するならば下から C-E-B-D-F#-A (Gは欠損) という並びになるでしょう。

神秘和音を3度累積に書き直すと、、

この配置からすると神秘和音は自然倍音列から発想されたものであると解釈することもできるかもしれません。つまり自然倍音列の4,5,7,9,11,13 倍音を組み合わせたものです。第13倍音はAとA♭の間になるので、ここでは近似値としてAを採用したと捉えます。

しかしながらこの和音をスクリャービンが倍音列から思いついたかは定かではありません。初期作品から各種の属7属9、その下方変位が多く用いられておりそこから「神秘和音」に発展したと考える方が自然かもしれませんね。

この6個の音からなる「神秘和音」からは様々な和音を抽出することができます。

長3和音(D-F#-A)
短3和音(A-C-E)
増3和音(B-D-F#)
属7和音(C-E-B、D-F#-A-C)
属9和音(D-F#-A-C-E)
減5短7の和音(F#-A-C-E)、トリスタン和音も同種の響きです。
そして全音音階(B-C-D-E-F#)も入っているんです。

このような多様性を含むのが「神秘和音」の神秘的なところです!

神秘和音が多用された Poems op.69-1 ↓ 

そしてこんな記事も見つけました!スクリャービンと香り、ナイスな組み合わせですね!


・メシアンの倍音の和音

次にお話しするのはまたメシアンのこと。メシアンには前回お話しした第11倍音(増4度)の添加音和音とは別に「倍音の和音」というものがあります。これは自然倍音の4,5,6,7,9,11,13,15倍音を組み合わせたものです。

メシアンの「倍音の和音」

11,13,15倍音については完全に該当する音からはズレているため近似音程を採用しています。つまり
第11倍音 F#
第13倍音 A♭
第15倍音 H
をメシアンは使っています。

スクリャービンの場合は第13倍音をAとして捉えるわけで、A♭としたメシアンと違っています。これだけ見ても、こうした和音の理屈は都合よく自分の感性に合うように取り入れてる、と言えるかもしれません。メシアンの場合は「倍音の和音」の構成音が全てMTL(移調の限られた旋法)第3番に属してるというのも、彼の関心事であったようです。

メシアン「移調の限られた旋法」第3番

メシアンの和音について詳しく知りたい方は ↓


・テンションコードで考えたら、、

以上スクリャービンやメシアンの例をあげましたが、難しく考えなくても、ポピュラー音楽のテンションコードの考え方を持ちだせば、F#音は11thのオルタードテンションです。(シンプル!)

神秘和音は C7(9 #11 13)と書けば説明できてしまいますね。
オルタードテンションのわかりやすい説明サイト ↓


・リヒャルトシュトラウスの例

さて最後にお話しするのは、倍音列により生み出された和音という訳ではありませんが、関連性を感じるリヒャルト・シュトラウスの例です。彼が「家庭交響曲」の中で使用した和音に以下のものがあります。

リヒャルトシュトラウス「家庭交響曲」第5部Finaleより

まずトロンボーンとチューバのパートに
C-E♭-F#-Gという和音があり、8番ホルンがA音を吹いています。つまり
C-E♭-F#-G-Aという和音が鳴ります。これはCm+Cdim.と表せます。三和音と減7和音、安定と不安定が同時に鳴るような響きです。

スクリャービンの神秘和音は第6倍音であるG音は含まれていませんでした。第11倍音F#とのぶつかりがないことがあの神秘性を生み出しているのですが、シュトラウスはF#とGを思いっきりぶつけることで個性的な響きを創り出しました。

メシアンには「ゆきずりに用いた」と言われてしまいそうですが、この和音の構成音は全て「移調の限られた旋法第2番」に属しています。

メシアン「移調の限られた旋法」第2番

このころのシュトラウスはこの安定+不安定の同居するこの和音が気に入っていたようで、次の作品「サロメ」終盤ヨハナーンの首にくちづけをした恍惚の場面に使用しています。

サロメの最終場面「私はあなたの唇にキスしたわ、ヨハナーン」

低音に置かれている和音は
C#-E-G-G#-A#
で、家庭交響曲での和音が半音上がった形です。不安定な増4度音(この場合Fisis音)からサロメは歌い始め、"Mund"で安定のG#音へ。そして頻出する半音を上がって下がるモチーフ(geküsst)につながります。これ以上に淫靡な半音の使い方を私は知りません!これは「安定+不安定」の和音の下支えがあってのことなのです。




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