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メシアン『トゥランガリーラ交響曲』 分析ノート 第6楽章

第6楽章 愛の眠りの庭  Jardin du Sommeil d'Amour

前楽章とは対照的な穏やかな響きに満ちた楽章。「愛のテーマ」が完全な形で出現する。このテーマはのちの第8、10楽章で大きく展開されていく。

なお本稿ではオリヴィエ・メシアンの以下の著作物から引用を行っている。引用元は

"OLIVIER MESSIAEN
TURANGALÎLA SYMPHONY
pour piano solo,onde Martenot solo
et grand orchestre
(1946/1948 - révision 1990)
DURAND Editions Musicales"

"OLIVIER MESSIAEN
5 Rechants
Choeur a Cappella(12 Voix)
Editions Salabert"

この楽章の構成要素をまず示してみよう。

①弦楽器とオンドマルトノによる「愛のテーマ」
②フルートとクラリネットによるオブリガート
③ピアノソロによる「鳥の歌」
④ヴァイブラフォンの不可逆行リズムによるモチーフ
⑤グロッケン、チェレスタによるガムラン風音響
⑥打楽器群による増加減少するリズム


この楽章で初登場となる「愛のテーマ」はこの楽章全体を支配するものだ。Fis-dur の音楽にMTL2による和声付けが施される。その意味では第5楽章と似たような意味合いを感じることができるのだ。音楽の趣向が全く違うのにどこかしら共通項を感じるとしたら、このような和声によるところが大きい。
まず開始部のスコアを掲げておき、各要素別に分析を試みる。

①弦楽器とオンドマルトノによる「愛のテーマ」

まず弦楽器とオンドマルトノで演奏される「愛のテーマ」の全てをご覧いただこう。フレーズに沿った譜割りで書き換えてある。和音の下に書かれている 1,2,3 の数字はMTL2 のどの移高形であるかを示す。

Fis-dur の場合
MTL2-1 {c,c#,d#,e,f#,g,a,b} はトニック(T)
MTL2-2 {c#,d,e,f,g,g#,a#,h} はドミナント(D)
MTL2-3 {d,d#,f,f#,g#,a,h,c} はサブドミナント(S)
と結びつく。

開始音のC#7は前の楽章の終わりの音と関連が保たれている。弦楽器のメロディーラインは常に1stヴァイオリンであるとは限らない。時にチェロやヴィオラがそれを担当し、音色的なブレンドは精緻に考え抜かれている。このテーマには一つの休符も与えられていない。10分以上に亘ってゆったりしたメロディーを弾き続ける弦楽器はなかなか大変だ。

形式は以下のようになる。呈示部〜対照部〜再現部からなる三部形式だ。

セクションA (1~16小節)
セクションA'(16~32小節)
セクションB(32~40小節)
セクションB'(40〜52小節)
セクションA"(52~76小節)
(小節数は譜例ではなく実際のスコアによる)

セクションBの音楽は第8楽章「愛の発展」で大きく展開される。セクションAの音楽は第10楽章のクライマックスで再現される。またセクションAとBは第10楽章で音価が等価となる『早回し』で再現される。

②フルートとクラリネットによるオブリガート

フルートとクラリネットによる優美なメロディー。この楽章ではこれ以外の管楽器はお休みなので、この2本の音の印象がとても際立つようになっている。

このオブリガートは14種類のフレーズで構成されている。それを🄰~🄽と記号化して以下に示す。セクションAとセクションA'においては、「愛のテーマ」の長い持続の間に聞こえてくる。セクションB以降はその限りではない。

この2本の楽器による構造を示す。プラスマイナスは音数の増減を示す。

(47) 🄰 (54) 🄱 (55) 🄲(15) 🄳 🄴 🄵 🄶
(41) 🄰 (54) 🄱 (55) 🄲 (15) 🄳+2 🄴+2 🄵+2 🄶+4
(28) 🄷 🄷' 🄷" 🄸 1+🄷 🄷' 🄷" 🄸 🄷" (10) 🄹 🄺 🄻 🄹 🄺 🄻
(15) 🄼 🄽 (13) 🄰 (25) 🄼 🄽 (14) 🄱
(6) 🄷 🄷' 🄷" 🄸 1+🄷 🄷' 🄷" 🄸 2+🄷 🄷' 🄷" 🄸-3
(2) 🄲 (15) 🄳+2 🄴+2 🄵+2 🄶+10
🄷 🄷' 🄷" 🄸 1+🄷 🄷' 🄷" 🄸-8
(3) 🄹 🄺 🄻 🄹 🄺 (14) 🄻-3

素材🄰🄱🄲は以前の楽章にも聞こえてきたフレーズを使用している。
素材🄰🄱は5楽章のこれ。非シンメトリックな拡大の10音としても使われたテーマであり、前の楽章から引き続いて使われていることになるが、背景として鳴っていたものであるゆえ、この素材が再び使用された!と明確に感じられる人はいないだろう。しかし「潜在的に」関連性があることが重要なのだ。5楽章の全音上で演奏される。

5楽章5番9小節のパッセージ

また、この素材はこの後の作品「5つのルシャン」第3曲のコーダに引用される。

「5つのルシャン」第3曲最後。

素材🄲は2楽章に登場したこれ。2楽章での激しい跳躍と強奏が先鋭的な表現だったものが、フルートによる柔らかい表情へと変わっている。

2楽章4番7小節のパッセージ

③ピアノソロによる「鳥の歌」

ソロピアノによる鳥のさえずりには、ナイチンゲール、クロウタドリ、ニワムシクイの歌声が聞かれる。メシアン後年の複雑化した鳥の歌とは違い、単旋律、ユニゾンで様式化、理想化されている。

④ヴァイブラフォンの不可逆行リズムによるモチーフ

53の休止の後、以下のような不可逆行リズム
8 4 2 3 1 1 1 1 7 1 1 1 1 3 2 4 8 
を演奏する。その後に49の休止がある。総計は98の音価であり、音の鳴っている時間(3の休止も鳴っているフレーズの一部として捉える)と休止している時間が同等である。

これが5回繰り返されたのち、264の休止に入る。ちょうど練習番号4番、⑤のグロッケンチェレスタによるガムラン風音響が聞こえてくる箇所だ。要素が交代したような印象だ。練習番号6番の後セクションB'の一番最後の部分で再び上記譜例が再登場、要素⑤と混在する。その後は以下のように操作が加えられる。

やはりフレーズの総数は休符も加えると98になる。演奏する音符が増えると休符が短くなり、音符が減ると休符が長くなる。楽章の最後には音列の真ん中
1 1 1 1 7 1 1 1 1
のみが演奏される。

⑤グロッケン、チェレスタによるガムラン風音響


練習番号4番より参加。ここは「愛のテーマ」のセクションBに当たる部分。低音は3-5、その上に4度和音が積み重ねられている。
上記リズムパターンを基本形とし、その3倍の拡大形、そして基本形が続く。

1 1 (3) 2 2 (4) 2 1 1 1 (10)
3 3 (9) 4 4 (12) 6 3 3 3 (30)
1 1 (3) 2 2 (4) 2 1 1 1 (10)
続いてチェレスタは32の音価のトリルと22の休止。グロッケンはメロディーのように動くが、その形は登場するたびに変化する。ここでは
1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 (13) 1 1 1 3 9 (1) 11 (2)

これで1つのパターン、ここから変化が加えられる。

1 1 (3) 2 2 (4) 2 1 1 1 2 1 1 1 (10)
3 3 (9) 4 4 (12) 6 3 3 3 6 3 3 3 (30)
1 1 (3) 2 2 (4) 2 1 1 1 2 1 1 1 (10)
チェレスタは32のトリルと22の休止、グロッケンは
(5) 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 (9) 1 1 1 3 9 (1) 11 (1)

続いて
1 1 (3) 2 2 (4) 2 1 1 1 2 1 1 1 1 1 (3) 2 2 (4)
3 3 (9) 4 4 (12) 6 3 3 3 6 3 3 3 3 3 (9) 6 6 (12)
1 1 (3) 2 2 (4) 2 1 1 1 2 1 1 1 1 1 (3) 2 2 (4)
チェレスタは32のトリルと22の休止、グロッケンは
(3) 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 (5) 1 1 1 3 9 (1) 11 (7)

ここで基本形に戻るが、3倍の拡大形の途中で楽章は終わりを迎える。
1 1 (3) 2 2 (4) 2 1 1 1 (10)
3 3 (9) 4 4 (12) 6 

⑥打楽器群による増加減少するリズム


練習番号4番より登場、つまりセクションBに入る直前である。⑤と共に新しい要素が追加される。2つの音価の半音階を順行、逆行で同時進行させて、持続時間を変化させる。一方は現在から未来へ、もう一方は未来を過去に変換する。

小トルコシンバルと低いテンプルブロック:音価7から38まで増加。
トライアングルと高いテンプルブロック:音価48から32まで減少。

唯一!順行と逆行が同時に鳴らされる瞬間。8番2小節目の3拍目裏。

以上の6つの要素が混在してできている。それがどのような音楽を生んでいるのかはメシアンの解説を読んでいただき、音を味わうのが一番だ。

『この楽章は前の楽章とは全く対照的。恋人である二人は愛の眠りに包まれている。そこからある風景が立ち上がる。彼らを取り囲む庭は『トリスタン』と呼ばれる。彼らを取り囲む庭は『イゾルデ』と呼ばれる。それは影と光、新しい植物と花々、明るくメロディアスな鳥で満たされた庭。「星々の全ての鳥達」 (ハラウィより)。時間の流れは忘れ去られている。恋人たちは「時間 」の外側にいるのだ。「彼らを目覚めさせるな」 。』

この楽章の最後は長いMTL2-3から2-1へと解決するが、これはサブドミナントからトニックに解決する「アーメン終止」であり、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」最終音への進行と同じ形をとる。「トリスタン」へのオマージュであろう。

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