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新国立劇場『ジュリオ・チェーザレ』

新国立劇場オペラパレスで上演中のヘンデル《ジュリオ・チェーザレ》を鑑賞。

大野和士芸術監督のバロック・オペラシリーズ第1弾として計画され、公演中止となってから2年半、ついにオペラパレスでの上演を迎えることができた!

歴史上のシーザーとクレオパトラの物語を題材にしたオペラ・セリアで、レチタティーヴォで導かれる多彩なアリアが次々に展開します。そのほとんどがダカーポアリア、冒頭に戻って歌われるときは装飾が華麗に施され歌手の技巧を存分に楽しめます。

ロラン・ペリーの演出はエジプトの博物館のバックヤードが舞台。巨大な彫像や絵画などが舞台上に次々現れる様は視覚的にも楽しめ、古代と現代とがない交ぜになったファンタジーがドラマティックに展開します。舞台の転換は歌手たちが歌っている最中に、この博物館のスタッフ役として登場する男性助演の素晴らしい皆様によってなされます。各人にはそれぞれキャラが設定されているそうで、HPで公開されているのでご覧ください。これとっても興味深いです。

作品解説や聞きどころについては井内美香さんのこちらの記事が大いに参考になります。

https://ontomo-mag.com/article/column/handel-giulio-cesare/

キャスト・スタッフは以下の通り

【指 揮】リナルド・アレッサンドリーニ
【演出・衣裳】ロラン・ペリー
【美 術】シャンタル・トマ
【照 明】ジョエル・アダム
【ドラマトゥルク】アガテ・メリナン
【演出補】ローリー・フェルドマン
【舞台監督】髙橋尚史

【ジュリオ・チェーザレ】マリアンネ・ベアーテ・キーランド
【クーリオ】駒田敏章
【コルネーリア】加納悦子
【セスト】金子美香
【クレオパトラ】森谷真理
【トロメーオ】藤木大地
【アキッラ】ヴィタリ・ユシュマノフ
【ニレーノ】村松稔之

音楽は全てが聴きどころと言ってもいいくらい。指揮者アレッサンドリーニ率いる東京フィルがスタイルを踏まえていて素晴らしいし、多くの稽古を積んだ通奏低音チーム(テオルボ、チェンバロ、バロックチェロ)が鉄壁で、安心して音の波に身を置くことができます。そんな中、印象に残る音楽を紹介してみたいと思います。

1幕セスト金子美香の歌う復讐への誓い"Svegliatevi nel core"は激しい前半と3拍子に変わる中間部とのコントラストが印象的。出番の少ないリコーダーの音色が心に沁み入ります。


クレオパトラが巨大像の上で歌う"Non disperar"、兄弟の争いが滑稽みを持って描かれていて秀逸。森谷真理の鮮烈な声が響きます。

一方の弟トロメーオ藤木大地は腹心アキッラの「チェーザレを殺してしまいましょう」という進言に対してアリア"L'empio, sleale, indegno"で答えます。激しく急速な3拍子の曲です。

チェーザレがトロメーオに対する警戒心を歌う"Va tacito e nascosto"はホルンのオブリガートが伴います。非常に高い音域を吹かなければならない難パートですが東フィルの名手高橋さんによる演奏は見事でした。マリアンネ・ベアーテ・キーランドとの掛け合いも楽しめます。

セストとコルネーリアの絶望のデュエットで1幕は終了。ここまでで約90分。

2幕冒頭ニレーノのアリア "Chi perde un momento" は村松稔之のクリアな発語とその独特のキャラクターで強い印象を残しました。もしかして全体の中で一番インパクトがあったかも!!

チェーザレがリディア(クレオパトラの偽名)のもとを訪れると、巨大な絵画やバンダが登場。クレオパトラの歌う"V’adoro,pupille”でチェーザレを魅了します。バンダはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、オーボエ、ファゴット、そしてハープ、ヴィオラダガンバ、テオルボという女性奏者による編成、演奏者は衣装付き、暗譜で演奏していました。ここにバンダを使うヘンデルの天才、そして舞台上での演奏とした演出家ペリーのアイディアに脱帽!ただただ美しいシーンにうっとりします。

クレオパトラのパートの上に書かれているのがバンダ

チェーザレの"Al lampo dell'armi"は助演のマスゲーム?的動きが大変面白い!チェーザレの発音がこの音型に見事ににハマって聴いていて爽快感がありますし、こういうところがこの演出のエンターテイメント性を高めているのだと思います。

敵襲に遭い不用意に本名を名乗ってしまったクレオパトラは、チェーザレとの愛を確かめあいます。応戦に向かった彼の無事を祈る"Se pieta"は前奏でのヴァイオリンの強弱を見事にドラマに融合した感動的な演奏。3拍と1拍にあるF(フォルテ)の強調が心に響きます。

セストの復讐を誓うアリア"L'aure che spira"でこの幕が終わります。
2幕は約60分。

3幕
死んだと思われたチェーザレだが、奇跡の生還!そよ風にクレオパトラのことを尋ねる"Aure, deh, per pieta "は、開始部分の"A-----ure"のロングトーンが大変美しい。

アキッラが瀕死の状態で現れます。これを歌うヴィタリ・ユシュマノフが素晴らしい!絶命寸前の表情を音楽的に歌うのはなかなか難しいのです。

アキッラ絶命シーンのレチタティーヴォ

そして3幕で語るべきはクレオパトラのアリア"Da tempeste" です。死んだと思っていたチェーザレとの再会を果たし、難破船の帰還に喩えて喜びを歌い上げます。

ダカーポ時の装飾はさらに華麗を極めます。森谷の技巧とその喜びよう!が存分に楽しめます。

トロメーオに対して復讐を果たしたコルネーリアは、ここで希望に満ちた
"Non ha piu che temere"を歌います。それまで嘆いてばかりだった加納悦子が見せる喜びの表情を是非!

さて最終場を導くシンフォニアが鳴り響きます。注目はホルン!下の楽譜の上の段はG管ホルン、下の段はD管ホルンです。例えばAdagioの部分の上パートは実音Gが鳴るわけです。一般的にホルンの最高音はFですので、音域外の音を出すことになるのです。ここでも東フィルホルンセクションの妙技が冴えます。中でも1幕でのソロでも大活躍した高橋首席が素晴らしい音を出しまくります。バッハやヘンデルなどバロックを現代オケでやるとこのようなホルンの高音域が大変なのですが、まあ見事に演奏している様には興奮を抑えきれません!

最後はチェーザレとクレオパトラの愛の成就が謳われ、ハッピーエンドとなります。3幕は約60分。

まあとにかく4時間半飽きることなく見通せるこの舞台、間違いなく新国立劇場の上演の中でもエポックとなるものです。バロックオペラの面白さをこれでもか、と見せてくれたキャスト、スタッフには感謝しかありません。

今日現在(2022/10/6)残りあと2公演、これは絶対見逃してはならない公演です!ぜひ劇場へ!

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