記事一覧
ワーグナー、そしてメシアン
こんにちは、城谷正博です。
日々オペラと向き合う生活を送っています。
あらゆる時代のオペラと関わっていますが、その中で最も頻繁に取り組んでいるのがワーグナーの作品です。
これまでに主要10作品の上演に関わり、すべてをレパートリーとして持つことができました。作品を知れば知るほど深みにハマっていくその魅力を解き明かしたいと、飽くなき興味を持って研究を積んできました。難しいと思われているワーグナーをも
メシアン『トゥランガリーラ交響曲』 分析ノート 第8楽章
第8楽章「愛の展開」 Développement d'Amour
昔のCDではこの楽章の和訳は「愛の敷衍」となっており、この「敷衍」という言葉が Développement のニュアンスをよく表していて、私は好きだ。しかしここではわかりやすく「展開」という言葉を使いたいと思う。
「トゥランガリーラ交響曲」のような巨大な作品においては「音楽的展開」となる一つの楽章が必要だった。それがこの第8楽章
メシアン『トゥランガリーラ交響曲』 分析ノート 第7楽章
第7楽章「トゥランガリーラ2」 Turangalîla 2
第3楽章「トゥランガリーラ1」に続く「トゥランガリーラ」楽章。この楽章は短いながら最も変化に富んだアクション満載の楽章。リズムセリーや音価の操作など、多くのアルゴリズムが設定されている。
なお本稿ではオリヴィエ・メシアンの以下の著作物から引用を行っている。引用元は
"OLIVIER MESSIAEN
TURANGALÎLA SYMP
Tristan und Isolde 徒然⑪ ある1つの単語について 〜開幕の日に〜
本日は2024年3月14日、新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」幕開きの日です。この3週間あまり、公演の稽古に明け暮れ、この作品のことだけを考え過ごしてきた幸せな時間でした。その成果を公演という形でお客様にご覧いただけるのは望外の喜びです。
「トリスタンとイゾルデ」第1幕は船上で話が進みます。第3幕はイゾルデの船を待ち望むトリスタンのモノローグが主です。ということで「船」という単語がたくさん登場す
メシアン『トゥランガリーラ交響曲』 分析ノート 第6楽章
第6楽章 愛の眠りの庭 Jardin du Sommeil d'Amour
前楽章とは対照的な穏やかな響きに満ちた楽章。「愛のテーマ」が完全な形で出現する。このテーマはのちの第8、10楽章で大きく展開されていく。
なお本稿ではオリヴィエ・メシアンの以下の著作物から引用を行っている。引用元は
"OLIVIER MESSIAEN
TURANGALÎLA SYMPHONY
pour piano
Tristan und Isolde 徒然⑩ 死への憧れ
トリスタンは「死にたくても死ねない」運命を背負った人物でして、幾度も死を覚悟した瞬間があるのにも関わらず、死ねないのです。詳しくは過去記事をご覧ください。
そんな彼ですから「死に対する憧れ」は人一倍強いのです。それを体現するようなライトモティーフが存在します。「死への憧れの動機」です。
2幕2場昼の対話の最後の場面です。これを最後に長〜い夜の対話に入っていきます。トリスタンの歌う「神聖な夜への
Tristan und Isolde 徒然⑨ お団子4個をいろんな並べ方にしてみよう!
今日は最初にちょっと「和音」のお勉強をします。でも決して堅苦しいことはありませんよ。これがわかると「トリスタン」の秘密が見えてくるようになるので、楽しみながらお読みください。
一般的に「和音」と呼ばれるものはどのように出来ているでしょうか?その組み合わせの基本は3度音程をだんご🍡のように重ねていくことです。音階の音を一個とばしで重ねる、ということです。普通は3つ以上の重なりを「和音」と言います
Tristan und Isolde 徒然⑧ 前奏曲冒頭のヴァリエーション その4
今回は「薬」に関する場面に登場するヴァリエーションのご紹介。まずはいつものように前奏曲冒頭の楽譜を再掲します。
「トリスタンとイゾルデ」における「薬の交換」は劇における重要なファクターです。これはワーグナーの創作でありまして、原作にあるわけではありません。ブランゲーネがイゾルデに命令された「死の薬」を「媚薬」に取り替えたことで起こるドラマなのです。
ところで前奏曲冒頭動機は全体がひっくるめて「
Tristan und Isolde 徒然⑦ 前奏曲冒頭のヴァリエーション その3
前奏曲冒頭の音楽のヴァリエーションを探るシリーズ3回目は、第3幕に現れるシーンから。いつも通り前奏曲の楽譜を再掲します。
そして今回俎上に乗せるのが第3幕のこの場面。
2幕最後、メロートの剣に自ら飛び込んだトリスタンは深手を負い気を失います。肩幅の広い屈強の男クルヴェナルによって運ばれ、小舟で故郷カレオールに連れ戻されました。その後トリスタンは意識を取り戻すものの、傷は悪化しており、クルヴェナ
Tristan und Isolde 徒然⑥ 前奏曲冒頭のヴァリエーション その2
前奏曲冒頭の音楽のヴァリエーションを探るシリーズ2回目は、第2幕第3場マルケ王の長い嘆きが終わったあとの場面を取り上げます。
まずは前奏曲冒頭の楽譜を再掲します。3つのセクションに分けています。
そして今日考察する場面はこれ。
トリスタンの裏切りを滔々と語ったマルケ王、その最後の単語"kund"の小節からセクション1の音楽が始まります。しかし「憧れの動機」を演奏する楽器はチェロではなくイング
Tristan und Isolde 徒然⑤ 前奏曲冒頭のヴァリエーション その1
前回記事で取り上げた前奏曲冒頭部分は、そのヴァリエーションが全曲中に4回現れます。最も印象的な音楽ですので、これが現れると誰もが特別な感覚を覚えます。出現箇所のシチュエーションを探りながら、音楽的にどのように展開されているのか見てみたいと思います。長くなりそうなので4回に分けて語っていきます
ヴァリエーションの一つ目は全曲中で大きな転換点となる、1幕5場トリスタンとイゾルデが死の薬、もとい愛の薬
Tristan und Isolde 徒然④ 前奏曲の冒頭を味わってみよう!
「トリスタンとイゾルデ」前奏曲の最初で鳴らされる「トリスタン和音」は作品全体を貫く印象的なサウンドであることに異論はないでしょう。全曲で数限りなく出てくるこの和音はそこかしこでドラマを牽引する役割を果たします。しかし「トリスタン和音」の本当の味わいはこの和音自体にあるのではなく「その後どのような和音に進むか」にあるのです。
前奏曲冒頭は同じような音楽が3回繰り返されるような印象を持つ方も多いと思
Tristan und Isolde 徒然② 昼の動機
「トリスタンとイゾルデ」第2幕の開始部分は印象的です。
「れーーーーーそーーらしーーーーー」
と始まります。
このテーマの名前は俗に「昼の動機」(Tages-Motive)と呼ばれています。長い音で始まり5度(4度6度の場合もある)下降し順次進行で上昇するフォームです。「この幕のテーマはこれですよ!」と宣言してるかのようです。
長大な愛のシーンである第2場で、トリスタンとイゾルデは俗世の象徴
Tristan und Isolde 徒然① マルケ王の嘆き
3月14日より新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」公演が開幕するにあたり、この作品の気になる色々を語ってみようと思います。内容はあっちゃこっちゃ飛ぶ予定。簡単な内容ばかりではないかもしれませんが、興味を持っていただける方には楽しい読み物になるのでは?と思います。
まず初回は「マルケ王は何を長々と嘆いているのか?」について考えてみましょう。
トリスタン2幕の後半はマルケ王の独擅場、10分以上!にわ
「エウゲニ・オネーギン」開幕に寄せて〜1つのライトモティーフを深掘りする〜
いよいよ1月24日より新国立劇場2024年最初の公演「エウゲニ・オネーギン」が上演されます。2019年のシーズンオープニングで初演されたドミトリー・ベルトマンの演出の再演です。
【指 揮】ヴァレンティン・ウリューピン
【演 出】ドミトリー・ベルトマン
【美 術】イゴール・ネジニー
【衣 裳】タチアーナ・トゥルビエワ
【照 明】デニス・エニュコフ
【振 付】エドワルド・スミルノフ
【舞台監督】髙橋
チャイコフスキー著『実践的和声学習の手引』
昨年出版された、チャイコフスキーによって書かれた、モスクワ音楽院で使用された和声教科書の日本語訳を読んだ。タイトルは
『実践的和声学習の手引』
P.I.チャイコフスキー著
山本明尚訳 森垣桂一解説
である。
チャイコフスキーによる前書きには
「本書は音楽に見られる和声的現象の本質や理由を深掘りしたものでもなければ、和声上の美しさを生み出している諸規則を学術的に束ねる原理を発見しようと試みた