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収益は-25万円? ロンドン世界陸上を取材したスポーツライターの現実

仕事で2週間ほどロンドンに行くんです、そう言うと、ほとんどの人が「いいですね!」とうらやましそうな顔をする。でも自費ですよ、と付け加えたところで、たいていの場合はピンと来ていない。自費で海外取材に出かける、ということをうまく理解することができないからだ。

そこで、スポーツライターが海外取材をするとどうなるのか? を、ロンドン世界陸上での〝収支〟とともに、きちんと説明したいと思う。

海外取材といえども、新聞社、出版社の社員は、当然「会社」が取材費の全額を負担してくれる。なかには通常の給料以外に海外出張手当てがつく場合もあるだろう。しかし、フリーランスのライター、カメラマンの場合は事情が大きく異なる。うまくスポンサードしてくれる企業を見つけることができればいいが、たいていの場合は自費で取材費をまかなうことになるからだ。

筆者は5月上旬に航空券とホテルの手配を済ませた。その金額は約35万円(航空チケット約23万円+ホテル約12万円)だ。この他にも現地の交通費や食費もかかってくる。ロンドンの物価は高くて、メディアラウンジのランチで10ポンド(1,400円)、スタジアム近くにあるショッピングモールのフィッシュ&チップスが12ポンド(約1,700円)なのだ。

そして筆者がロンドン滞在中に得た〝仕事〟は以下のとおり(※ロンドンに行かなくてはできない仕事は除く)。

・記事6本(1本2500wほど)
・テレビの電話出演(収録)1本
・ラジオの電話出演(生放送)1本

ロンドンで手にした報酬はというと約11万円だった。現地での交通費を加味すると、ロンドン世界選手権を取材しての収益は-約25万円になる。原稿を1本も書かなくても、日本でテレビ観戦していた方が収益的には断然よい。なにせ赤字になることはないのだから。

それでも、カード会社のCMではないが、現地での経験はプライスレスだ。ウサイン・ボルトの〝ラストラン〟に、モハメド・ファラーへの〝大声援〟は一生忘れることはないだろう。そして、日本勢の活躍を目撃して、しかもレース直後の選手たちに直に質問することができる。ロンドン・スタジアムでの時間はスポーツライターにとって至極のときといえるだろう。

収入だけでなく、世界陸上は競技時間も長いため、過酷な取材が待ち構えているときもある。今大会、最もハードだったのは、最後の2日間だった。

8月12日(土)の21時50分に男子4×100mリレーの決勝があり、翌13日(日)の朝7時30分から男子50km競歩というライター泣かせの超過密スケジュール。しかも、サマータイムのロンドンと東京の時差は+8時間。深夜にサイトを更新しても、アクセス数は限られてくる。日本の活動時間帯に間に合わせないといけないのだ。

日本勢は男子4×100mリレーで銅メダルを獲得した。選手たちをミックスゾーンで取材して、短距離部長の苅部俊二コーチらの囲み取材が終わった頃には日付が変わろうとしていた。そこから約1時間かけてホテルに戻る。依頼されていた編集部からは、「取材が終わって5~6時間後には原稿をください」と言われていたので、仮眠をとりつつ、朝5時頃に原稿を送信。その1時間後にはホテルを出発して、1時間ちょっとかかる競歩会場に向かった。

11時過ぎにWメダル&トリプル入賞の快挙を達成した男子50km競歩をミックスゾーンで取材する。その後、女子20km、男子20kmが行われる。競歩3レースをモニターで観ながら、男子4×100mリレーの追加原稿を執筆。すべての競歩レースを終えて、競歩部長の今村文男コーチに話を聞いた。

15時30分にメディアバスが出ると知り、走って乗り場へ。仮眠をとりつつ、スタジアムに着いたのが17時過ぎ。そこからテレビ番組の電話収録をこなして、18時頃からサニブラウン・ハキームの囲み取材があるというので、そちらに向かう。その間、競歩の原稿はほとんど進まなかった。

19時からの決勝種目を観戦しつつ、スタジアムの記者席で原稿を執筆。7割くらい書いたところで、競技がすべて終了した。ウサイン・ボルトの記者会見に出席して、スタジアムを出たのは、23時頃だった。

バス乗り場の近くにある中華料理店でささやかな打ち上げをして、ホテルに戻ったのが1時頃。担当編集者から「そろそろ原稿ないと掲載できないよ」という内容のメールが3通も届いており、かなり焦る。残りの力を振り絞り、深夜2時頃に原稿を送信した。

本気で挑めば、挑むほど、必要経費は膨らみ、肉体への負担も大きくなる。それなのに収入的には非常に厳しい。これがスポーツライターのリアルだ。

それでも現地から生の声を届けたい。選手たちの活躍をできる限り紹介したい。その一心で僕らも日本代表とともに戦ってきたつもりだ。そして、これからも戦っていく覚悟はできている。

さて、今回の赤字をどう埋め合わせていくべきか。ロンドン・スタジアムでの夢のような時間と、東京の蒸し暑さのような息苦しい現実。スポーツライターの戦いに終わりはなさそうだ。

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