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父の帰宅 33

その後マサはヒサコさんに別れを切り出した。ヒサコさんはマサがあまりにも色々な判断を橋本クリックに頼り過ぎていると反論した。依存や共依存という言葉に浸ってしまっている、自分たちの関係は多少こんがらがってはいるが、普通の男女の関係の範囲内だといった。

マサは彼女の言葉はきちんと聞いたが、それでもこれ以上関係は続けられないと伝えて、マサはヒサコさんと別れた。後にヒサコさんからマサに電話でヒサコさん自身も恋愛感情ではなくマサをコントロールしたがっていたのだと伝えた。

共依存とは、恋人や配偶者といった「相手」というよりもその「関係性」に強く依存してしまっている状態で、相手から依存されることで自己の存在価値を見出し、精神の安定を得ようとしてしまう。

相手の世話を焼いたりする代わりに、相手を自分の思いどおりにコントロールしようとする無意識化の欲求が存在する。それは愛情という名の支配であり、家族であったり恋人との関係性が制御不能でジレンマに晒された経験を持つことが多い。

マサは二〇〇二年の四月からコンピューターグラフィックスの専門学校に復学する予定で出費も増えると予想できたので別のアルバイトを始めた。スポーツジムの受付だ。野球部でワークアウトの基礎はしっかりできていたのと、事故後のリハビリでそうとうハードに鍛えていて職場としてもトレーニングジムは馴染みやすかったからだ。

初日に出勤し、まず客へロッカーのキーの受け渡しの仕方を習っていた。そのとき一瞬嫌な感じがよぎり、直後にパニック発作を起こした。マサはすぐにスタッフ用の事務所に戻ってデパスを三錠飲んだ。バイトが始まって三〇分のことだ。とても研修など受けられる状態ではなく、バイト先の人間からは怪訝な顔をされるのは分かっていたが、マサは体調が悪いといって帰ることにした。

そのときマサの高校時代の野球部のマネージャーのマサヤが東京からたまたま実家に帰ってきていたので、マサはマサヤに電話した。マサヤはマサがパニック障害でPTSDといことも知っていた。マサヤは身体が一番大事だからすぐに帰るようにすすめた。

マサは車に乗ったときはもう放心状態だった。なんで今ごろ発作がやってくるんだ。俺はできること全部やってるだろう。なんでだ。マサはどうやって家まで帰ったかほとんど覚えていない。信号無視を無意識に二、三回したことはあとになって気付いた。今度は感情的に自殺しようと思った。マサヤから電話があった。

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