【テンパード・スティール、ランパート・ディール】#8

◆テンパード・スティール、ランパート・ディール◆

「サヨナラ!」ジューテイオンがさらに殖えたハッピープリンスの一人を爆発四散させた。ビジュツケイを見やる。彼女は意外にも、ハッピープリンスと戦闘していた。「頭を壊せ!」解せぬが、ジューテイオンはビジュツケイに叫ぶ。「イヤーッ!」「アバーッ!」頭部を拳で破壊!「サヨナラ!」爆発四散!

「これでラストだな!イヤーッ!」ジューテイオンのトドロキ・ツルギが最後の一体の首を刎ね、震える剣先に突き刺した。「サヨナラ!」爆発四散!「首から下なら残ったぜ、持って帰るか?センセイ」「そんな猟奇趣味はない」ビジュツケイはもはや命持たぬ美しき死骸を、ジツでただの粘土へと変えた。

「どうやら分身は……尽きたようだな」ブルータルブラインドビーストはもはや立つ力もなく、護送車の後方で膝をついていた。喉元には赤い剣が突きつけられている。「そうだ。それがどうした。インゴットさえあれば僕はいくらでも増える。そういうバイオニンジャだからだ」「そのようだ」

「結局一撃も当てられずボンノ・カラテはお終いか」「ボンノ・カラテは既に果たされた」「何」ブルータルブラインドビーストは、今まで自分に向けていた彼らの視線を、開け放たれたオイランスペースへのドア越しに助手席の方へ向けた。「コノメ=サン?」そこにもうコノメはいない。既にブラッディスウェットが運び出した。

「これがボンノ・カラテ……否、正確にはただの時間稼ぎだ」ボンノ・カラテという謎の概念を持ち出し、彼らが多少なりとも注目したところをボンノ・ジツに乗せた。後は注意を引き付け続けるだけだ。当初はビジュツケイがハッピープリンスを拉致しにくることを期待していたが、状況はやや変わったようだ。「加えて、良い鍛錬になった」

「貴様ーッ!」ハッピープリンスは怒りを露わにし、剣を振り上げた!「イヤーッ!」「グワーッ!?」そのとき、横から飛び込んできたジューテイオンの重いトビゲリが、ハッピープリンスをはね飛ばし、オイランスペースへ蹴り込んだ!怒りとボンノ・ジツの影響で、反応が僅かに鈍ったのだ!幸運!

ハッピープリンスの取り落とした剣が地面に突き刺さり、赤い光を失う。「イヤーッ!」ジューテイオンは素早く扉を閉ざし、開かぬよう体で押さえ込んだ。「イヤーッ!」エンデューロがジューテイオンにトビゲリを狙う!「イヤーッ!」横から飛来した膠が足を打ち、バランスを崩す!「グワーッ!?」

オイランスペース内。運転席との連絡口が開き、よろめきながらハッピープリンスの前に現れた存在あり。「よう」ブラッディスウェットである。彼は後ろ手にドアを閉ざす。運転席のメタルも聞こえぬ完全な密室。「コノメ=サンを返せ……!」ハッピープリンスはカラテを構える。「僕はもう殺しを躊躇しないぞ」

「俺はヨージンボだ」車内には二人の声だけが響く。「お前が何を考えてるかは知らねえ。ただ俺は彼女を守る」「愛無き者がッ!イヤーッ!」殴りかかる。ブラッディスウェットに回避する様子はない。代わりに、「スゥーッ」息を大きく吸い込んだ。「貴様、まさか」第六感のもたらす後悔は遅かった。

「ンラァァァァァァーーーッ!!!!」「グワァァァーッ!!」密閉された空間に、音の極大衝撃破が反響した。ハッピープリンスは全方位からの無数のスリケンに身体を切り裂かれるような痛みに悶える!否、実際切り裂かれている!「ア、アバ、アババーッ!」全身から血が噴き出し……「サ、サヨナラ!」

「ハァーッ!ハァーッ!」オイランスペースにはブラッディスウェット一人が残された。息が乱れ、耳も痛む。「守れたか」ブラッディスウェットはハッピープリンスの爆発四散跡を見た。開いた手から、砕け散ったバリキ瓶の欠片がこぼれ落ちる。そして全身の力を抜き、膝をつき、前へ倒れこんだ。

「我が芸術とはかくも脆きものかな」ビジュツケイが呟いた。「なんで助けた」ジューテイオンが問う。「ハッピープリンスは完璧に美しかったさ。でも、私はもうその姿に芸術性を感じられなくなった」「わけわかんねー」「蛮族に分かるものか」「アッコラー?俺も芸術家の端くれだぜ」「冗談だね」

ブルータルブラインドビーストは仰向けに倒れていた。もはや立てぬ。そばのニンジャに問いかける。「エンデューロ=サン」「何だ」「我を殺すか」「殺しは好まない。そして、ビズは終わった」エンデューロは足についた膠を振り落とした。「オタッシャデー」「オタッシャデー」そして彼は走り去った。

物陰に隠れていたコノメが、恐る恐るニンジャたちの前に現れた。「ブラッディスウェット=サンは中だぜ」ジューテイオンが親指で指す。コノメはオイランスペースへゆっくりと近づく。ビジュツケイは地面に刺さった剣を抜いた。「これは貰っていこう」「勝手にしな」ジューテイオンは地面に座り込んだ。

そのとき、ブルータルブラインドビーストの感知能力が、この場にいるはずのないニンジャを感知した。近づいてくる。阻止しようにも身体は動かぬ。誰ならば動ける?ジューテイオンは座り込んでいる。ビジュツケイは帰り支度。ブラッディスウェットは気絶。エンデューロはもういない。誰に……!

「イヤーッ!」道路脇からコノメに向け飛びかかる影!ジューテイオンは、それにいち早く気付かされた!「まさか!イヤーッ!」立ち上がり、背からトドロキ・ツルギを抜き、インタラプト……否、遅い!「ブッダ!」「ヤメロ!」その影はコノメに飛びつき、押し倒す!「ンアーッ!?」「コノメ=サン!」

【AAAHDDUB】

「ドーモ、エンデューロ=サン」帰路に着くエンデューロは二人のニンジャと遭遇していた。「トランプラーです」「インコンパラブルです。ハッピープリンスについて話してもらおうか」「エンデューロです。話す必要は無い」立ち去ろうとするエンデューロの前で、トランプラーが懐から手紙を取り出した。「それは」

それはエンデューロがブラッディスウェットに届けた手紙だった。「物理メールなんてアナログなモンを使う理由があるはずだ」「それは」「俺が受けた依頼はこうだった」インコンパラブルが引き継いだ。「ウェルカム床一味と、そこに現れるだろうハッピープリンスの始末」「……どこから漏れていたか」

イクサの末倒れたトランプラーとインコンパラブルは、そのままいくつかの言葉を交わした。お互い、このケオスは想定外だった。幾人か無関係のニンジャが参入している。多々ある不明事項の一つに、ハッピープリンスの動機が挙げられた。二人が身体を起こしたとき、そこにエンデューロが走ってきた。

「ハッピープリンス。ここ数日間のうちに、御丁寧にニンジャネームでウチを利用していた記録があった。冗談めいた名前だと流していたが。特に何をするでもなく、コノメ=サンと会話するだけの利用だ」トランプラーはビジュツケイとの遭遇後、顧客名簿を洗い直した。そしてハッピープリンスの名前を発見した。

「依頼主はハッピープリンスの暗殺が最重点と言った。ウェルカム床連中の生死は二の次でいい、だと」「随分とナメられたものだ」トランプラーが口をはさむ。「命を狙われる、となると相当だ。何をやらかしたかは知らねえが、依頼主は何も言わなかったもんだからな」インコンパラブルはエンデューロに目を向けた。「奴は何者だ」

エンデューロは観念した。「ハッピープリンス=サンはバイオニンジャだ。カチグミ向けの愛玩用に、人工的に美しい人間を造り、量産する計画があった。その過程での副産物が彼だ」「ニンジャソウルに憑かれたか」「極めて特殊な例だ。彼は自我に目覚め、狂った。そして逃げ出した」

脱走した彼にとって、ネオサイタマは未知の場所であった。寝床を確保するため入ったホテルで、偶然コノメを見かけた。彼は興味本位で接触し、そして彼女の中に、己への愛を見出した……エンデューロはハッピープリンスの言葉通り説明した。無知ゆえの悲劇であったという自分の所感は言わなかった。

インコンパラブルとトランプラーは一部始終を黙って聞いていた。エンデューロが話し終えたあとにも、言葉を発する者は居なかった。静寂を破ったのはインコンパラブルのIRC着信音であった。テキナシスタッフからの連絡メッセージには『依頼主の死亡確認 ビズ急に終了』とだけ無機質に書かれていた。

「まずいな」インコンパラブルは苦々しげな顔だ。「どうした」「メタル野郎どもが危険だ。すぐにでも向かわねえとヤバイかも」インコンパラブルはテキナシの残骸を掻き集める。「説明しろ」「俺の依頼主、スポンサー様を怒らせちまってたかもしれない。いいか、俺に依頼したのはヨロシサ……」

【AAAHDDUB】

「ド、ドーモ。僕はハッピープリンスです」仕事を終えたコノメは、頽廃ホテルの廊下で場違いな少年に声を掛けられた。本来、こういう場でオイランに声をかけることはマナー違反だ。だがコノメは応対した。「ドーモ、ハッピープリンス=サン。素敵な名前ですね」少年の顔が明るくなった。

「貴女の名前は」「私はコノメです」コノメはハッピープリンスの背丈にまで膝を曲げ、名刺を一枚取り出すとその手に握らせた。「本当はこういうの、成人するまで渡しちゃダメなんだけど、ね」ハッピープリンスは手の中の名刺を見つめていた。コノメの勤め先、ウェルカム床の連絡先が書かれている。

「ほら、こんなところにいたら怒られますよ」コノメは姿勢を正し、立ち去ろうとした。「あの!」コノメの背中に声が届いた。振り返る。「ここに行けば、貴女に会えますか」コノメは微笑んで返した。「私がどういう女か分かる歳になったら」ハッピープリンスは去っていくコノメの背中と、手の名刺に交互に目を向けていた。

……「ドーモ、ハッピープリンス=サン」翌日、頽廃ホテルの一室でコノメとハッピープリンスは再会していた。「いくら非合法でも、倫理はあるんですよ」「貴女のこと、勉強しました。オイラン。美しく……人に愛される人だ」ハッピープリンスはコノメの目をまっすぐに見つめていた。青い綺麗な目だ。

「僕は貴女と話がしたくなったんです。貴女なら僕の分からないことを教えてくれると思って」コノメはこの少年の話を聞きたくなった。「何が知りたいんですか」「……どうすれば、僕は僕以外になれますか」ハッピープリンスは言葉に迷っているようだった。「僕は今や自由で、何をすればいいかわからない」

コノメはこの少年の言葉を完全に理解することはできなかった。「何をすればいいかわからないなら、何か好きなものを作ってみたらどうですか」ただ、月並みな自分の考えを言うしかなかった。「好きなもの」だがハッピープリンスにとっては新鮮な答えのようだった。

「愛されるだけじゃ疲れてしまいます。愛することも大事です。……ちょっと傲慢な答えでしたか?」コノメはいつもの悪戯な笑みを浮かべる。「……考えたこともありませんでした」ハッピープリンスは何かを得たようだった。「ありがとうございました、コノメ=サン」少年の笑顔は美しかった。

………………

「コノメ=サン!僕とともに来てくれ!僕には貴女しかいない!コノメ=サン!僕は!」ハッピープリンスは仰向けのコノメの上で、しかし一切の暴力を用いずに喚き立てていた。コノメはこの客のことを思い出した。急性NRSにより記憶が混濁していたため、今まで思い出すことができなかったのだ。

「コノメ……アバーッ!?」彼はコノメの上から飛び退き、道路に血を吐き出した。空気に触れると急速に赤く酸化する、緑色の血を。「それはもう長くないでしょう」ニンジャ達は知らぬ声を聞いた。そして辺りを見渡し、自身らが大量のクローンヤクザに包囲されていることに気付いた。そして、それを率いるニンジャの存在にも。

「ドーモ、ゴールデンスタッグです」彼の頭部には黄金のクワガタムシのアゴがバイオ移植されている。そして装束にはヨロシサン製薬のエンブレム。「脱走したバイオニンジャは適切に処分しなくてはなりません。サヴァイヴァー・ドージョーの一件で、どれだけの社員がセプクしたかご存知ですか?」

ゴールデンスタッグは手に持つ何かを放り投げた。それは、この場にいる者で知る者はいなかろうが、例のカツラサラリマンの生首であった。「彼は失態の秘密裏の処理を図りましたが、このように失敗に終わりました。ヨロシサンは社員のもののみならず、様々な通信を傍受しております」彼は冷酷に告げた。

「アバーッ!ア、アバーッ!」ハッピープリンスは吐血を続ける。バイオインゴット不足によるものだ。ビジュツケイが歩み寄り、絢爛なる剣でカイシャクした。「アバッ、サヨナラ」ハッピープリンスは爆発四散した。「処理の手間が省けました」「黙れ」ビジュツケイは剣を構えた。怒りを込めて。

「これだけのクローンヤクザと私とを相手取るおつもりですか?見たところ、貴方たちの戦力はほぼ壊滅」ジューテイオンがトドロキ・ツルギを構え、ビジュツケイに並んだ。「クローンヤクザなんざ、敵じゃねえよ」「では、そのオイランを守ったまま戦えるのですか?」「……そうだな、クソが」

「おとなしくすることです。抵抗しない限り、貴方たちにはヨロシサンの被験体として生きる選択肢が残されます」「クソッタレ」ジューテイオンはツバを吐き捨てた。「では、確保しま」「グワーッ!」突然、クローンヤクザの断末魔が聞こえた!「何事」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

「何事か!」ゴールデンスタッグがその方向へ視線を向けた!おお、見よ!戯画化された野菜の収穫めいて、次々とクローンヤクザの首が、空へ刎ね上げられてゆく!何者かが空を駆けるが如く無数のクローンヤクザを踏み渡り、ケリで首を刈り取っているのだ!その華麗な足技の使い手は、エンデューロ!

エンデューロの口元が苦々しげに歪む。人工的な生命であれ、命を奪う感覚は慣れない。己の脚は走るためにあり、殺すためではない。だが、ビズとなれば己を殺す。実際、これはエンデューロにとってビズの範疇であった。極めて感傷的なアフターサービスとも言えるかもしれない。「この夜は誰も彼も甘い」

彼にハッピープリンスが与えた命令は二つ。『コノメの奪取に協力すること』『コノメに傷を負わせないこと』。前者はハッピープリンスの死によって失効した。だが、彼はクライアントとのもう一つの契約を守るため、この場に駆け戻った!「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」おお、ゴウランガ!

「ザッケンナコラー!」クローンヤクザがチャカ・ガンを構える!だが!「ンラァァーッ!!」「グワーッ!」その一塊のクローンヤクザが吹き飛んだ!ブラッディスウェットだ!「ハァーッ、車乗り込め!」彼の声に、ビジュツケイはコノメを、ジューテイオンは金髪を抱え、オイランスペースへ飛び込んだ!

「逃がすな!逃すくらいなら殺……」ゴールデンスタッグは奇妙なブースター音を聞き取った。……上?彼は頭上を見上げた。夜空の中に、一際濃い円形の闇。それは次第に大きくなる。何かが近付いてきているのだと理解した時には遅かった。一瞬後には、象足めいた巨大なサイバネが彼を押し潰していた。

「サヨナラ!」ゴールデンスタッグは爆発四散!「呆気ないな」トランプラーは足に着いたバイオ血液を見やる。「当然だ、デカイんだからな」上空から声が飛び、ブースター音が止まる。そしてトランプラーの隣に降り立ったのはインコンパラブル。テキナシのカラテブースター部分のみを背負っている。

カラテブースターの出力は、生身のインコンパラブルとトランプラーを運ぶには充分だった。彼女ら二人はこれを使い、敵頭上からのアンブッシュを敢行したのだ。「流石に、もう飛べない」ブースターの残量表示がノーカラテだ。「充分だ。車出せ、ブラッディスウェット=サン!」「おう、ヨロコンデー!」

エンデューロが機を見て、護送車上に跳び乗った。トランプラーはインコンパラブルを抱え、護送車と並走した。ブラッディスウェットは護送車の『回転鋸』『空手化』『穿孔』などの機能を駆使し、残りのクローンヤクザを殲滅しつつ、包囲網から確実に逃れていった。甘いケオスの夜が終わりつつあった。

1010010010100010101001001100101010100100101111111010010011110010101001001101111110100100101110111010010011000110

ハッピープリンスは古い映画館の座席で目を覚ました。スクリーンにはボロボロの護送車が走る映像が上映されていた。「お目覚めかな」気づくと、隣に見知らぬ青年が立っていた。「ドーモ、イグザイラーです」彼はアイサツした。「ドーモ、ハッピープリンスです。ここは」「ニンジャを残す場所だよ」

「ここには世界を生きたニンジャたちのフィルムが残されている。無数の可能性と大きな誤差と、感情的なノイズを含めてだけどね」イグザイラーは語る。ハッピープリンスは状況を理解できず、天井を見上げた。照明めいて光を放つ黄金の立方体が回転している。彼はスクリーンに目を戻した。

「ハッピープリンス=サンのフィルムは極めて少ない……ここに残るフィルムにもいくつか条件があるからね」イグザイラーはスクリーンを指差した。「今から、エピローグが流れる。君の登場した物語の終幕を、ここで見ていくといい。誰のための物語というわけでもないけれど、誰かのためにはなったはずだから」

1010010010100010101001001100101010100100101111111010010011110010101001001101111110100100101110111010010011000110

◆エピローグ◆

「……多すぎないか」ブラッディスウェットは分厚い封筒の中身を確認し、トランプラーに言った。「護送には失敗したが、一応の問題は解決した。報酬は規定通りだ」「いや、規定より多い……」「黙って持っていけ!多く貰うことに不満があるか?無いな!」トランプラーは面倒げにあしらう。

「ああ……ドーモ」ブラッディスウェットは納得しないままだが一礼し、応接室を出ようとする。「ああ、そうだ」トランプラーが呼び止めた。「今日が例の日だが」「行かねえよ。傷が痛むし、帰って寝る。で、これだ」背のギターケースを指す。「そうか」ブラッディスウェットはそのまま立ち去った。

「ヨロシサンと敵対してしまったな」トランプラーは顧客名簿を漁る。そしてその中の名前のいくつかに印を付けた。「ヨロシサン重役、市議会議員、株主……この程度に根回ししておくか。これでダメならこれまでだ」傍らのチャをすする。「依頼する側も、面倒なもんだよ」

ウェルカム床から出て、一直線に最寄りのメタルショップに向かうブラッディスウェットを、エンデューロは目撃していた。ハッピープリンスからの報酬は前払いだったため、彼の懐は温まっている。「エンデューロ=サンだったか?」声を掛けられて振り向く。「インコンパラブルだ。ドーモ」

「余裕が無い客からは前払い。そうだろ?」「そうだ。ハッピープリンス=サンは脱走の際に、インゴットと、ある程度の金を持ち出していた」「悪い商売だな、お互い」インコンパラブルはメタルショップを見る。テキナシの修理で報酬はほぼ飛んだが、多少残りはある。「メタル野郎に詫びの一つでもな」

【AAAHDDUB】


「正直、かなり、うん、かなりいい出来」ビジュツケイ作の謎めいたオブジェや絵画が所狭しと並ぶ部屋に、ブルータルブラインドビーストは招かれていた。「完全を求めることは、非常に重要だけどね。ただ、ただ今回だけは不完全が芸術性を高めていると思うわけだ」ビジュツケイの声は弾んでいる。

彼女に案内され、1.5m程の高さの、ビロードの掛かった何かの前に至る。「ご照覧」彼女はビロードを取り去る。その下には、本物には及ばずながらも充分に美しく見える、ハッピープリンスの像があった。持ち帰った粘土で造ったものだ。「最後の仕上げ」ビジュツケイはそれに剣を立てかけた。

「どうだ……って、見えないよねお前」「見えぬ」ビジュツケイは苦笑する。「芸術品を、芸術たらしめるもの。それは、さ、なんか、人間性なんじゃないか、なんて考えてみたり」「それは」ニンジャの創作活動、ひいては自身の否定に繋がりかねない。ブルータルブラインドビーストも考えたことがある。

「勿論、勿論私は邪悪なニンジャだ。だから」ビジュツケイは彫像の傍らの剣を揺らす。「奪ってでも完成させる。いつか、自分だけの作品を」ブルータルブラインドビーストは肯定も否定もできなかった。代わりに、マスやエーカーのことを思い浮かべた。「報酬は……そこに黄金ブッダ像がある」「ヤメロ」

【AAAHDDUB】

ウェットランジェリーが開店準備をしていると、『水面』の入り口ドアが開いた。「ドーモ、ジューテイオン=サン。開店まであと3時間はあるけど?」「じゃあ一番乗りだ」ジューテイオンは手近な椅子に座った。「疲れた。今回稼ぎゼロだぜ、俺」「そりゃあ、ねえ」冷水のコップが差し出された。

ジューテイオンはコップを掴み、水を一気に飲み干した。「ナンデ?」ウェットランジェリーが新たな水をコップに注ぎながら問う。「ナンデって、なあ……メタル野郎に金がねえとメタルは聴けねえけど、メタル野郎がいなくてもメタルが聴けねえっていうかな。そんなところだ」「フーン、過保護な」

ふと、ウェットランジェリーはジューテイオンの革ジャンに目をやった。「フーン」そして密かに手を伸ばす。「エイ」「ヤメロ」ジューテイオンが気付き、その手を掴んだ。ウェットランジェリーは意味深に笑むと、「イヤーッ!」「ウワーッ!?」ジューテイオンの顔にスイトン水を浴びせ掛けた!

「モライ!」ジューテイオンが怯んだ隙に、ウェットランジェリーはもう片方の手で革ジャンのポケットから丸められた白い紙を取り出した。広げて文字を読む。「名刺?エート、ヨロシ……」「ヤメ!」ジューテイオンは迅速に復帰し、名刺をひったくった。そして丸め、水で流して飲み込んだ。「ウェー!」

【AAAHDDUB】

オイラン護送車内、オイランスペースに一人、コノメは座り込んでいた。敵は既に排除されたはずだが、念には念を入れて、改めて護送が行われることとなった。あの日の出来事は断片的にしか思い出せない。彼女が自覚することは無いだろうが、ニンジャリアリティショック症状による記憶障害だ。

高密度ニンジャ空間に置かれたことで記憶障害は重篤化し、それは日中の仕事内容にも及んでいた。あの夜、いつの間にか眠っていた彼女は、ウェルカム床の仮眠室で目を覚ました。そしてそのときには既に記憶は朧げで、はっきりと覚えているのは、ホテルでの客との会話くらいだった。いつも通りの仕事、会話。

突如、車両後方ドアがノックされた!「アイエエエ!?」トラックの荷台をノックする狂人か?或いは恨みを持つ誰かか?コノメは恐れつつ鍵を外し、ドアを開けた。そこには細身の男が立っていた。「ドーモ、エンデューロです。ハンコか、サインを」彼は手に持つ小包を示した。

「エンデューロ=サン」コノメの頭が痛んだ。以前、どこかでこの男と会ったような。コノメは震える手でサインした。「オタッシャデー」エンデューロは小包を渡し、走り去っていった。恐るべきスピードで。「アイエエエ」コノメはドアを閉め、鍵をかけた。そして、恐る恐る小包を開封した。

「これは」中に入っていたのは『暗黒鮪飛ぶ』のCDと、バンドロゴの入ったTシャツだった。小包に送り主は書かれていなかった。CDを備え付けのデッキに挿入し、再生した。歪み鮫が流れ始めた。「……これ、結構好きかもしれない」そして護送車は動き始め、ゆっくりとネオサイタマを離れていった。



【テンパード・スティール、ランパート・ディール】終



出演すみゆ忍の皆様(敬称略・アカウントは連載当時のモノ)
ブラッディスウェット @isukatgy
ビジュツケイ @park5o
ジューテイオン @juteion_smynin
エンデューロ @Enduro_nj
インコンパラブル @vFaN8pc40
トランプラー @outi889kaeru
ウェットランジェリー @zigzag_initial
イグザイラー @exiler_you

すみゆ忍企画のありがたみ
ゴッドファーザー=サン
@GF_SUMIYU

オリジナルモータル/ニンジャ
コノメ
ハッピープリンス
ゴールデンスタッグ
妙に粘る面倒なマッポ
その他












水面。「お前のノーカラテは見てられねえ!ボンノ・カラテって言ったか?あれマジで習得しろ」「エッ」「為せば成る!オラ外行くぞ!」「マッテ」「基本のカラテムーブメント!四股!」「マッテジューテイオン=サン」「ついて来い!」「アアアダブ」「イテラシャイマセー」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?