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アメリカを食べる 6 New England Clam Chowder ニューイングランド クラム チャウダー

“ニューイングランド”クラムチャウダー

 涼しくなると恋しくなってくるのがニューイングランド名物クラムチャウダーです。「ニューイングランド?どこ?イギリス?」って思う人も当然いると思うので、ニューヨークみたいに知名度が高くないところに住んでいる私としては、我がニューイングランドがどこなのか知ってほしいということもあるのでまずは簡単に説明を。
 ニューヨークのマンハッタンからまっすぐ北に向かい州境を越えるとそこはコネティカット州です。ここから北の海岸線の州は最北のメイン州まで全部ひっくるめてニューイングランドと呼んでいます。海はないですがバーモント州もニューイングランドになります。ニューイングランドに含まれている州はコネティカット、ロードアイランド、マサチューセッツ、バーモント、ニューハンプシャー、メインです。ニューイングランド最大の都市はマサチューセッツ州のボストンですが、人口は80万弱、NYCの10分の1にも満たない中都市です。ニューイングランドでよく知られているのは、独立戦争が始まった場所、ハーバード大学、MIT、若草物語、スティーブン-キング、JFK、マット-デイモン、ダンキンドーナッツ、エアロスミス、ボストンマラソン、レッドソックス、ペイトリオッツ、セルティックスなどです。

チャウダーってどんな料理?

 さて、本題のチャウダーですが、ボストン、ニューイングランドではチャウダアといえばクリームや牛乳がたっぷり入った白いクリーミーなクラムチャウダーのことです。「ボストン、ニューイングランドでは」とわざわざ書いたのには理由があります。実はほかにもチャウダーがあるんです。よく知られたものはトマトベースのニューヨークスタイル、もうひとつはクラムから取ったジュース/スープだけを使った透明感のあるロードアイランドスタイルでしょうか。他にも各地にいろいろなチャウダーがありますが、話が長くなるのでこの辺りでやめておきましょう。 

 チャウダーは魚介類のシチューでクラムチャウダーはクラム(二枚貝のこと)を使ったチャウダーのひとつです。他にタラを使ったコッドチャウダー、牡蠣を使ったオイスターチャウダーがよく知られています。魚介類ではないにも関わらずチャウダーと呼ばれるトウモロコシを使ったコーンチャウダーもニューイングランドではポピュラーです。
 チャウダーという言葉の起源はラテン語のcalderia(カルデリア?)だといわれています。Calderiaは温かいもののための場所みたいな意味で、それがフランス語のchaudière(ショディエール)、英語のcauldron(コールドロン)(どちらも鍋とか釜という意味)になり、やがて料理のchowderという言葉が生まれたということのようです。もう1つ16世紀の英語jowter(ジャウター、街角で食品、この場合は魚を売る人)が起源だという説もあります。
 記述が今のところ見つからないので不明ですが、おそらく15世紀ころフランスのブルターニュからやってきたブルトン人がカナダのニューファンドランドにこの料理を持ち込み、その後ノーヴァスコシア、ニューブランズウィック、ニューイングランドと伝搬されていったのではいわれています。
 

現行チャウダーはどうやって生まれたの?

 ニューイングランドまで到達したチャウダーですが、しばらくの間はチャウダーを記載した文献がありません。初めて活字としてチャウダーが登場するのは"Boston Evening Post"という新聞でした。オリジナルの記事に到達することは残念ながらできませんでしたが、どのような内容なのかは知ることができました。名前は同じでもレシピは現在のものとはかなり違います。注目したい点は4点、まずは作り方。当時はlayering(層、レイヤリング)という方法が使われています。レイヤリングとは材料を次々と積み重ねていって鍋を満たし、そこに水を注いで火にかけて長時間煮る料理法です。2点目は材料。当時は貝類ではなく魚が使われていました。しかしどのような魚かは分かりません。3点目も材料です。材料を煮るのに使われるのは水だけで牛乳は使われていません。最後がとろみの付け方です。当時小麦粉ではビスケットを使っています。このビスケットがどんなものだったのかについては詳しく書きたいので後で書きます。
 その後レシピは少しずつ変わっていったと思われますが、基本的には変化があまり見られません。
 1828年に出版されたMary Randolphの"The Virginia Housewife"ではクラッカーをふやかすために牛乳を使い、盛りつけた後に小麦粉とバターでとろみをつけると書いてあります。ビスケットがクラッカーになりましたがおそらく同じものだと思われます。クラッカーをふやかす程度の量の牛乳がどの程度でき上がりに影響してくるのかは分かりません。一度試してみる必要があると思っています。小麦粉に関してlittle flourと書いてあります。とろみがつくほどの分量だとは考えられないので、とろみつけの主役は以前クラッカー/ビスケットだといえるでしょう。
 1857年に出版されたFannie Merritt Farmerの"The Boston cooking-school cook book"で初めてクラムチャウダーの言葉が登場します。改版後は名前がニューイングランドクラムチャウダーに変わっています。このレシピでは約1リットルのクラムに対して同量の4カップ(1リットル)牛乳が使われています。小麦粉もどういうわけか材料には書かれていませんが、作り方を解説に一定量の小麦粉を惜しみなく振りかけると書かれているので、クラッカーがまだ使われているものの小麦粉もとろみをつける役割も担っていると思って間違えありません。

1857年に出版されたFannie Merritt Farmerの"The Boston cooking-school cook book"の中にあるクラムチャウダー。改版の際にニューイングランドクラムチャウダーと名前が変わります。
Source
https://library.si.edu/digital-library/book/bostoncookingsc00farm

 この本が出版されたころ、ボストン界隈ではすでにクラムチャウダーはよく知られた存在となっていて、ダウンタウンにあるレストラン、Ye Olde Union Oyster Houseイエオールドユニオンオイスターハウスではクラムチャウダーが顧客に提供されていました。このレストランはAtwood & Bacon Oyster House(アトウッド&ベーコンオイスターハウス)という名前で1826年に開業、現在もUnion Oyster House(ユニオンオイスターハウス)という名前は変わったものの同じ場所で同じようにクラムチャウダーを提供しています。
 

チャウダーに使われるピスケット/クラッカーの謎

 後で書きますといってスキップしたビスケットの話に移りましょう。なぜこのビスケットをほかの話題とは別にしたかったというと、クラムチャウダーを語るうえでとても重要な存在であるからにほかありません。過去におけるグラムチャウダーの主食材というだけでなく、ビスケットそのものに興味深い歴史があるのです。
 現在ではビスケットとクッキーはほぼ同義の甘い焼き菓子を表す言葉で、ヨーロッパではビスケット、アメリカではクッキーと普通呼んでいます。でもここで登場するビスケットはクッキーみたいな甘いものではなく、小麦粉と水だけで作った硬いパンのようなものです。水分が少なく保存が効くため航海などの食料として使われていました。問題は硬すぎてそのままでは食べにくいことです。その解決法の1つがスープなどに加えて柔らかくすることだったわけで、その延長線上にチャウダーがあります。つまりチャウダーにとろみをつけるためというよりもビスケット柔らかくして食べるためにスープがあったといえなくもありません。いずれにしてもその伝統は今でも受け継がれていて、材料は変わったにしてもチャウダーにはとろみをつけることが必須になっています。

Wentworth Museumに展示されている南北戦争時のハードタック
source
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:PensacolaWentworthAug2008Hardtack.jpg

 アメリカは独立戦争後、アメリカ・メキシコ戦争、南北戦争など様々な戦争を経験、当時は航海が依然として重要な役割を演じていました。そんな時代に需要が高まったのが保存性の高いこのビスケットでした。
 そのさなか、マサチューセッツ州のニューベリーポートにあるPearson & Sons(ピアソン&サンズ。1792年創業)がパイロットブレッドという名でこの硬いビスケットの生産を始めます。さらに同じくマサチューセッツ州のミルトンでG.H. Bent Company(G.H.ベントカンパニー)が創業を開始します。G.H.ベントカンパニーではハードタック(航海用の食料として使われてきた硬いビスケットの呼び名)とよく似たウォータークラッカー(南北戦争ころにはハードタックと名前を変更)を生産していました。現在使われているクラッカーの名前の起源です。どちらもビスケットの後継者ととしてクラッカーを当時の軍隊や航海者に提供していました。もちろんチャウダーに欠かせない材料であったことは言うまでもありません。このふたつのメーカーはその他40に上るベーカリーとともに統合され、1898年にNational Biscuit Company(ナショナルビスケットカンパニー)として再スタートします。この3つの単語の最初と数字を組み合わせてみてください。日本でもよく知られるメーカーの名前になりませんか。その通り。Na+Bis+Co、つまりナビスコの前身なのです。ナビスコでは前述の2つのメーカーで生産されていたクラッカー/ビスケットの後継者としてクラウンパイロットクラッカーの生産を開始し、2008年に生産中止になるまでチャウダーの材料としても使われていました。ちなみにG.H.ベントカンパニーは経営者は変わりましたが、Bent’s Cookie Factory(ベンツクッキーファクトリー)という名前で現存しています。
 

時代は変わってもクラッカーなしでは語れない

 チャウダーに欠かせないクラッカーでしたが、時代とともに様相が少しずつ変わっていきます。正確な年代は分かりませんが、チャウダーのとろみをつけるためにクラッカーの代りにジャガイモが使われるようになり、最終的には小麦粉が完全にクラッカーにとって代わることになります。とはいってもとろみをつけるためにクラッカーを使うことがまったくなくなったわけではなく、今でもクラッカーにこだわっている人は少なくありません。2008年にマビスコがクラウンパイロットクラッカーの生産を中止した時、ニューイングランド、特にメイン州では結構な騒ぎになったくらいです。

 クラムチャウダーを作るために小麦粉が使われるようになっても、クラッカーの存在が消滅してしまうということはありませんでした。レストランで食べるにしても家で作って食べるにしても、クラムチャウダーといっしょに必ず出されるのがクラッカーです。このクラッカーを食べる前にチャウダーの上に指で崩して散らします。とろみをつけるという役割はないですが、それまでとろみをつけるために使っていたクラッカーの名残ということもできます。そういう意味で、クラムチャウダーにはクラッカーは絶対に欠かせないものなのです。
 

その名はオイスタークラッカー

 クラッカーならば何でもかまわないというわけではありません。クラムチャウダーに使われるクラッカーは、ほぼ100%オイスタークラッカーです。この2センチに満たない、丸いオイスタークラッカーがなければクラムチャウダーは完結しないといわれるほど重要な存在です。なぜオイスタークラッカーと呼ばれるかはよく分からないようで、チャウダーのひとつ、オイスター(カキ)チャウダーに使われていたから、カキに似ているからなどの説がありますがどちらも確たる証拠はないようです。

 オイスタークラッカーが生産され始めるのは19世紀に入ってからです。ニュージャー州トレントンでベーカリーを経営していたアダム・エクストンが1842年に生産し始めたと主張していますが、それに反旗をかざしたのが当時マサチューセッツ州ウェストミンスターにあったWestminster Cracker Company(ウェストミンスター・クラッカー・カンパニー)です。ウェストミンスター・クラッカー・カンパニーは1828年からオイスタークラッカーを生産していると主張したのです。ウェストミンスター・クラッカー・カンパニーは場所をバーモント州に移しましたが、いまでもオイスタークラッカーを生産しています。レストランなどでクラムチャウダーを注文すると、小袋に入ったこのメーカーのオイスタークラッカーがいっしょに来ることが少なくありません。少なくともニューイングランドではオイスタークラッカーといえばこのメーカーという認識があるかもしれませんね。

本場ニューイングランドのクラムチャウダー

 アメリカにも日本にもいろいろなクラムチャウダーのバリエーションがありますが、オーセンティックなクラムチャウダーで欠かせない材料は塩豚またはベーコン、玉ネギ、セロリ、バター、クラム(二枚貝)、クラムジュース(クラムの煮汁)、牛乳、生クリーム、オイスタークラッカーです。肉は本来塩豚が使われていましたが、今ではベーコンを代わりに使うことが多くなってきました。クラムは日本のアサリと同じくらいのサイズのものから殻が10㎝くらいある大きなものまでさまざまなものが使われます。生のクラムを使う場合最初に茹でるわけですが、開いた時点でクラムを取り出し、身だけを取ってスプーンですくえるくらいの大きさに切ります。鍋の煮汁がクラムジュースでクラムチャウダーに欠かせない材料です。日本のクラムチャウダーには殻ごと使い、殻ごと盛りつけられることがよくありますが、ニューイングランドでは殻ごと出てくるクラムチャウダーはまず見かけません。使われる野菜にも違いがあります。日本のものにはニンジンがかならずといっていいほど入っていますが、本場のものには入っていません。逆に日本のものにはセロリが入っていませんが、本場のものには必ず入っています。また本場のもので生クリームが省かれることは考えられません。そして忘れてはならないのがこの記事の中で長いこと書いたクラッカーです。クラッカーは添え物ではなく、指で砕いてチャウダーにかけて食べるものでチャウダーを構成する材料のひとつといえます。もちろんアメリカでもそのまま食べる人はいるわけで、別に強制されるものではもちろんありません。クラッカーはほとんどの場合オイスタークラッカーですが、コモンクラッカーと呼ばれるバーモント州のメーカーで製造されるクラッカーを好む人もいます。

 たかが一つのスープにも関わらず相当長くなってしまいましたね。長い記事を書こうと思っていたわけではないのですが、ボストニアン(ボストンの住民)とはいえないにしても地元の料理ということで、私自身こだわりを持っていることは事実です。これを機会にちょっと詳しく調べて書いてみようと思いました。
レシピに関しては私の『世界のスープ図鑑』に書いてあるのでここでは省きます。
https://www.amazon.co.jp/-/en/%E4%BD%90%E8%97%A4-%E6%94%BF%E4%BA%BA/dp/4416519532/ref=pd_bxgy_sccl_1/357-3435938-8608013?pd_rd_w=tIpN1&content-id=amzn1.sym.918446e7-72f4-48c7-a672-af3b6ace2b19&pf_rd_p=918446e7-72f4-48c7-a672-af3b6ace2b19&pf_rd_r=ABVF74GN5KKE2HPJBGKS&pd_rd_wg=Nlcmn&pd_rd_r=dd97bcc6-bfd8-48d6-8a06-4db92a5e1326&pd_rd_i=4416519532&psc=1


長いこと付き合っていただき、どうもありがとうございます。
 


参考資料

https://en.wikipedia.org/wiki/Clam_chowder
https://www.eater.com/2016/1/31/10810568/clam-chowder-manhattan-hatteras-new-england-rhode-island-minorcan-new-jersey
https://whatscookingamerica.net/history/chowderhistory.htm
https://whatscookingamerica.net/history/chowder/newenglandchowder.htm
https://www.thymemachinecuisine.com/single-post/2019/02/25/new-england-clam-chowder-the-history-of-the-name-origins-and-a-war
https://www.britannica.com/topic/chowder
https://library.si.edu/digital-library/book/bostoncookingsc00farm
https://en.wikipedia.org/wiki/Union_Oyster_House
https://en.wikipedia.org/wiki/Oyster_cracker
https://www.westminstercrackers.com/oyster-crackers
https://en.wikipedia.org/wiki/Oyster_cracker
https://www.costasinn.com/seafood-facts/the-fascinating-origins-of-oyster-crackers/
https://www.thekitchn.com/whats-an-oyster-cracker-ingredient-intelligence-214858
https://newenglandfineliving.com/blog/oyster-crackers-with-chowder
https://en.wikipedia.org/wiki/Crown_Pilot_Crackers
https://en.wikipedia.org/wiki/Hardtack
https://en.wikipedia.org/wiki/Water_biscuit
https://www.edibleboston.com/blog/pilots-commons-warnings-hardtacks
https://www.foodtimeline.org/foodcookies.html
https://brickandtree.wordpress.com/2009/12/12/the-history-of-newburyports-famous-bread-hardtack/
https://mainefoodandlifestyle.com/2008/06/crown-pilot-crackers-gone-again.html
https://newengland.com/today/food/new-england-made/common-crackers/

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