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『ニュー・シネマ・パラダイス[インターナショナル版]』に関する個人的な話

 映画ファンや映画好き、昔、映画館に足しげく通った人々にとって、思い入れもひとしおな映画がある。それは1988年に制作され、日本では1989年12月16日に公開されたジュゼッペ・トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』だ。ミニシアター系での公開ながらロングランを続け、大ヒットを記録した。筆者はメイン館だった銀座にあるシネスイッチ銀座で観て、いたく感動したものだった。その後、ビデオ、レーザーディスク、DVDと、何度となく観ている。地上波で初放送されたのは1993年3月6日、フジテレビ系の『ゴールデン洋画劇場』で、提供にフジテレビが絡んでいたこともあるだろうが、ミニシアター系のヒット作が地上波民放のゴールデンタイムで放送されるなんて珍しいと思った。吹替版はフリップ・ノワレ=久米明、ジャック・ぺラン=小川真司、サルバトーレ・カシオ=亀井芳子、マルコ・レオナルディ=鳥海勝美、アニェーゼ・ナーノ=鈴鹿千春というキャスト。その後、デジタルリマスター版が上映されたり、午前十時の映画祭で何度も上映されるなど、その人気はまだまだ続いている。
 ローマで映画監督として活躍するぺラン演じるサルヴァトーレの元に、シシリア島の僻地に住む母親から電話があり、現地の映画館・パラダイス座の映写技師だったノワレ演じるアルフレードが亡くなったという連絡が入る。サルヴァトーレは少年・青年時代にパラダイス座でアルフレードと過ごした日々を回想していく。カシオ演じる少年サルヴァトーレはアルフレードが映写技師をするパラダイス座に通っては友情を深め、映画へのあこがれを抱いていた。だが、可燃性のフィルムから火が発生し、火事に巻き込まれたアルフレードは失明してしまう。彼の仕事を引き継いだトトは成長し、駅で見かけた美少女でナーノ演じるエレナに恋をする。トトの熱意でふたりは付き合うようになるが、エレナの大学進学を機に離れ離れになってしまう。兵役に従事したトトは故郷に自分の居場所がなくなったと感じ、アルフレードの助言で故郷を離れる。そして、中年になったトトは30年ぶりに故郷を訪れる。
 片田舎の古い映画館、フィルム、映画館でのさまざまな人々の人間模様など、映画はトトとアルフレードの関係をメインに描かれ、映画が娯楽だった時代や、映画に対する思いが作品から伝わってくる。少年時代のカシオとノワレのやととりは微笑ましく、パラダイス座で上映される映画の数々も懐かしい。司祭が事前に映画をチェックしてキスシーンやラブシーンなどをカットするあたり(それがラストシーンにつながっていく)は時代を感じさせるし、そのシーンもカットされなくなり、映画が夢ではなくなり、映画館が閉館してしまうという、現在と重なるような出来事は寂しさを感じさせ、映画館が火事で焼失してしまうシーンは、今年8月に九州・小倉にあった小倉昭和館の火事での消失を思い出し、何とも切なくなってしまう。ぺラン演じる中年になったトトが30年ぶりに故郷を訪れるシーンでは時代は変わっても変わらないものもあるという、故郷に対する郷愁を感じさせ、ラストはアルフレードのトトに対する愛があふれ、トルナトーレ作品には欠かせないエンニオ・モリコーネが担当した音楽(息子のアンドレアも参加)がさらに感動を盛り上げ、思わず胸にグッときてしまう。あざといといってしまえばそれまでだが、ここまで映画を好きな人々の心に訴えてくる映画はないと思う。こんな映画を監督第2作で作り上げたトルナトーレ監督の才能にも脱帽してしまう。
 この『ニュー・シネマ・パラダイス』には123分の劇場公開版のほかに実は173分の完全オリジナル版(いわゆるディレクターズカット版)が存在する(イタリアで上映されたオリジナル版は155分らしい)。劇場公開版のエンドロールで見慣れないカットが出てくるのだが、それが完全オリジナル版にあるカットだ。中年になったエレナを『禁じられた遊び』に子役で出演し、後に『ラ・ブーム』などにも出演するブリジット・フォッセーが演じているのだが、彼女の出演部分をまるごとカットしてしまったのが、オスカー外国語映画賞を受賞した劇場公開版だ。フォセーの出演した部分が加わるだけで、劇場公開版にある中年のトトが実家でエレナを映した8ミリフィルムを観るシーンとラストシーンの意味もまったく違ったものになっている。編集で1本の映画がまったく違った意味を持つ2本の作品になるなんて珍しいんじゃないだろうか。これを機会に、完全オリジナル版を観直してみるものいいかもしれない。


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