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ATRACE -垂直の視点の面影-

タイトルの「ATRACE」(アトレイス)とは「Atlas」(地図帳)と「Trace」(痕跡)を合わせ、「a trace」(面影)とかけた造語である。
 
地図は衣食住や言語や絵画などと同じく人類に根源的な関わりのあるメディアだ。
たとえば飛行機や航空写真を知らない前近代的な生活をしている人々や、まだそれらが認知できない小さな子供も上空からの視点を把握できることから、人類にはどうやら自らが集めた地理情報を統合して上空から俯瞰する垂直の視点が備わっているようだ。
 
ところで私は戦後日本社会に急速に拡がり現在も存在する典型的な郊外に生まれ育った。そしてそんな郊外に対して「ありふれているが故郷と似ている」という、愛憎とも郷愁とも無感動とも近いようなねじれを感じている。
その現在も続くねじれを昇華するために「Trace the Trace」という絵画シリーズを描いた。
実際に歩いた郊外の航空写真をモチーフにして、「塗り」ができない画材である色鉛筆で紙面を一歩ずつ歩くようになぞって描いたものであり、
私的で内的で、消して悪い意味ではなく閉じられたシリーズだ。

《Trace the Trace (Nagakute)》
2020
パネル・紙・色鉛筆  colored pencil on paper, panel
36.4 × 51.5 cm

いっぽうその歩行の際に私は郊外にひっそりと存在する見取図を収集していた。
ここでいう見取図とは、非常に狭いエリアを示した局所的なものであり、かつ風雪や経年による劣化などの自然の痕跡があり、ときにはそれが塗り直しや補修などの人為的な痕跡とせめぎ合っているものという定義だ。
そんな見取図を描いた「Atlas」という絵画シリーズを、さきの「Trace the Trace」とともに描き進めてきた。
 
話はそれるが近代以前は地図上に絵画的図像(楽園・神・悪魔・動物…)が描かれるものがよくあり、当時の人々の頭の中が科学以外の宗教観・伝聞・彼岸の概念などでないまぜになっていたであろう様子がそのイメージで伝わってくる。
またたとえば日本の江戸時代の絵図などは万人向けではなく、為政者が民を支配する目的のために描かれたものだった。
近代化によってそれらの地図が孕む混沌や閉鎖性は、科学的根拠によって固定され万人に開かれたが、地図のイメージとしての幅広さは万人が平等であることを前提とする近代化の要請により目減りしていったといえる。
 
「Atlas」のモチーフである見取図は、局所的であることと自然(+人為)による痕跡という介入によって科学的根拠による固定がほどけて、近代的地図の実用性を離れて、かといって前近代的地図に戻るわけではなく、絵画に近づいたものだと考えている。それを絵画として描く。限りなく地図に近い絵画。

《Atlas p.5》
2021
紙・水彩・鉛筆・色鉛筆   watercolor, colored pencil, pencil on paper
25.7 × 36.4 cm

今回の展示は2会場で行われており、その会場間をグーグルマップをもとにした作家自作の案内図で移動してもらうことを推奨しているが、もちろんご自身のスマホの地図アプリを使っていただいても問題ない。(※)
私はそれらの近代的地図を用いて、
郊外という近代が生んだ風景を舞台に、
私的で内的な体験の昇華「Trace the Trace」と科学的根拠をほどく「Atlas」を経由して、
垂直の視点へと遡行する回路を開くことを目指す。

加藤真史

【個展「ATRACE -垂直の視点の面影-」
CRISPY EGG Gallery/CRISPY EGG Gallery 2
(2021/4/17 - 4/25)におけるステートメント】

※場所は淵野辺(神奈川県相模原市)で、2会場間の距離は徒歩15分ほど。

個展「ATRACE -垂直の視点の面影-」
2会場間案内図

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