小説『愛子の日常』 本編3.
〜運命〜
グリニッジ天文台に行った次の週の金曜日。
この日もセントはイライラしていた。
なんでも、さやかがアメを配ったことが原因だったらしい。
さやかは袋いっぱいにアメを持ってきていた。そのアメを職場のみんなに配って歩いていた。
セントはそれを見て、アメなんかいらないと思った。どうせ配るなら、チョコレートやお菓子を配ればいいのに。アメなんかもらって喜ぶのは子供だけだと、さげすんだ。
さやかは皆んなにアメを配りながら一言二言交わして席に戻ってきた。
セントはそれを横目で見ていた。
セントも赤の他人がやっている事なんだから、気にしなければそれで済むのに、さやかがやっている事を自分の事のように恥ずかしいと思ってしまっていた。
さて、この日もセントとさやかは一緒にお昼を食べたのだが、何故かさやかと二人きりの時は、あんなに神経質になっていたセントも、さやかの言動にイライラする事は無かった。
ましてや、さやかとこうして二人でランチができることが幸せにすら思えた。
こんな時間が永遠に続けばいいのにと、セントは思いを巡らせていた。
「ねぇ、運命って知ってる?」
ふと、さやかが投げ掛けた。
最近はやさかのことを馬鹿にする傾向にあったセントだが、この問い掛けには冷静だった。
「知ってるよ」とセントが答えると「じゃあ、運命って何だ?!」と続けてやさかは投げ掛けた。
「予め定められている物事の結末」
セントは自分が言った答えが的を得ていることを確信していた。
しかし、「何それー」とさやかは笑い出した。「そんな難しいこと言われても、さやかには分からないー」
セントは内心、失礼な奴めと思いながらも、さやかの言う運命とは何を指して言っているのか気になった。
「じゃあ、さやかが教えてあげる!」と言うと、さやかは得意げに語りはじめた。
「例えば、神様が運命を決めて二本の木を選び、この木が大人になったら結婚させようと、同じ場所にその木を植えたとします。」
「しかし、神様が決めた事でも全て上手くいくとは限りません。その二本の木は、雨・風・吹雪に吹かれて、お互い違う方向を向いて成長してしまいました。」
「さて、問題です。」
「この二本の木は、もう大人になって結婚しないといけないのですが、神様はどうしたでしょうか?!」
「そんなの簡単だよー!」セントは答えた。「どんなに違う方向を向いていようとも、その二本の木を結婚させる。それが運命ってやつだろ?!」
「ブッブー!!違います!」さやかはセントが間違えて答えてくれたことに嬉しそうな微笑みを浮かべ(けど馬鹿にする事はなく)、得意げになって再び語りはじめた。
「この話は、さやかのお婆ちゃんから聞いた話なんだけど・・・」
「この話は、人を木に喩えているの」
「世の雨・風・吹雪に吹かれながらも頑張って生きてきた二人。その生き様はあまりにも美しく、誰が見ても成熟した品性を持っていました。」
「しかし、その生き様がゆえに、性格や品性(いわゆる個性)は、二人とも真逆に成長してしまいました。」
「こういう人たちを無理やり結婚させたとしても、(時間の問題で)直に離婚してしまうと思いませんか?セントさん如何ですかー?!」さやかは、大学の教授か何かになったかのようにセントに論じて見せた。
「それは一理ある」セントはここでも冷静だった。
「ではどうするか。」「神様はその成長した性格・品性通りに、個性の合う人を世界中から探してきて、その人と結婚できるような運命に変えてしまうの」
「つまり、運命は神様が決めるけれども、その人の生き方次第で、再び神様が介入して運命を変えてしまう事もあるってこと」
「つまり、、、あなたと私が結婚するのは運命だってこと!」
いやいや、それとこれとは話が違うだろ!と思いながらも「運命ね〜」とセントはつぶやいた。
「どう?運命の話。面白かったでしょ!」さやかは、またしても得意げに投げ掛けた。
セントは初めてさやかの内面を見た気がした。気さくにひょうひょうと自由に生きている彼女の姿からは想像もできなかったが、さやかは自らの意思を持って、人生について深く考えていた事をセントは知った。
セント自身も人生について考えに考え抜かれた人生観を持っていたが、そんなセントから見てもさやかの話は否定できなかった。
それどころか、世の雨・風・吹雪に吹かれてきた人生を木に喩えたことは、もののことなりを理解する上で絶妙な表現だったとセントは感嘆していた。
セントにとっては、「この人なら自分の人生観を深く理解してくれるかもしれない」と思える瞬間でもあった。
「ねぇ、今度家でお茶しない?」セントは思い切って誘ってみた。
セントから言い出すなんてあまりにも珍しい出来事だったことと、思ってもみなかったお誘いで考えてもいなかったことだったがゆえに、さやかはすぐに口を開けなかった。
「いいよ!」さやかはなんとか口を開いたが、セントの誘いにさやかが答えるまでには今目の前で起こっている事を理解する時間が必要で、さやかにとっては地球が一周回るほどの時間が過ぎたかとすら思えた。
しかし、さやかはすごく嬉しかった。
「じゃあ、来週の火曜はどう?」
「いいよ」
「じゃあ、来週の火曜ね!」
「約束!」
「約束」
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