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小説『愛子の日常』 序章 Ⅱ.


誕生日会の翌日、セントは公園で一人で遊んでいた。

広い芝生が広がる公園には、いくつかの丘がつらなっていた。
セントは、その丘の一つに這い上がり、持っていたボールを大空にむかってポーンと蹴り上げた。

そのボールは、大きな空の中に雲と一緒にフワッと浮かんだかと思うと、急にセントめがけて空から落ちてきた。

ビックリしたセントは、一瞬目が閉じ、その場で棒立ちになったが、すぐに目を開けた。

先ほどまで目の前にあったボールはどこかへ消えてしまったようだった。

目をキョロキョロさせると丘の下へと転がるボールが見えた。


さて、その公園には、セントよりも2才年上の女の子がいたのだが、
その女の子は芝生のすき間に、ニョキッとはえるカウバセリという花を見つけては摘んでいた。
(花といってもこの地域では、手入れをしていない庭などにどんどん生えてくるので、人々は雑草のように思っている花だ。)

女の子が花を摘んでしゃがんでいると、丘の上からボールが転がってきたのだった。


セントはというと、ボールを探して丘の下へとかけていった。

セントが丘の下へとかけていくと、女の子が両手にボールを抱えて立っていた。
左手には白い花を握りしめたままだった。

セントがその女の子の目を見ると、その瞳は黒く光がなかった。
髪の毛も黒く、肌は黄色かった。どう見てもアジア系の女の子なのだが、幼いセントはどうして真っ黒な目をしているのだろうと不思議に思うだけだった。


はじめに口を開いたのは、女の子の方だった。

「星の王子さま」

「星の王子さま」

「あなたは星の王子さまね」「きっと私と結婚するのだわ」


セントはポカンとしながら、その女の子の方へ近づいていった。
セントは再びその女の子の目を見たが、どんなに近づこうとも、その真っ黒な瞳にセントの顔が映ることはなかった。

ポカンとしているセントを横目に、女の子は持っていた花を一つ一つ編みはじめた。
細長く編んだかた思うと、両端をくっつけてリングを作った。
それをセントの頭の上にのせると、その黒い瞳からは想像もできないほどの感情豊かな表現で話しはじめた。

「やっぱりあなたは星の王子さまなのね」

「真っ白なお花の王冠」

「真っ青な瞳に、金色の髪の毛」「どれを見ても星の王子さまそっくりだわ」

「あなたは"わたし"と結婚するの。このお花の王冠が約束の証よ」

そう言うと女の子はセントにボールを手渡した。
「ハイこれ。あなたのでしょ。じゃあ、私お父様が待っているから帰るね。」
「またね。バイバイ」


セントの幼い頃の記憶はこれで終わりだ。
その女の子とはそれ以来会っていない。というのも、その女の子はロンドンの日本人学校に通う純粋な日本人で、父の転勤の関係でロンドンに移り住んだ外国人だったのだ。

セントは一般の公立校に通い、女の子が住むロンドンの中心部とは離れた地域に住んでいたものだから、その子とはもちろん会うことすらなかった。

30才になって結婚した相手が、まさかあの時の女の子だったとは、セント自身も考えもしなかったことだろう。

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