見つからないよう一緒に静かに息をしよう

de Soto NA, Visser F, Tyack PL, Alcazar JXS, Ruxton G, Arranz P, Madsen PT, Johnson M. 2019. Fear of Killer Whales Drives Extreme Synchrony in Deep Diving Beaked Whales. Scientific Reports doi:10.1038/s41598-019-55911-3

アカボウクジラの仲間は非常に深く潜って餌を食べているが、その潜水パターンは特殊で、シャチに発見されないためではないかと言われてきた。これを検討した。
 コブハクジラとアカボウクジラの同じ群れの個体に同時にタグを装着。これらのクジラは潜水浮上のタイミングと餌を探すためのクリックスを開始するあるいは終了するタイミングを極めてよく同調させていた。この発声を同調させることで、シャチがこの音を聴く時間を25%減少させることになる。
 相手の個体が出したクリックの到着時間から個体間距離を出すと、最初のクリックス時には近くにいたのが、餌を探査するときは数百m離れて、浮上前の最後のクリックス時にまた接近することがわかった。つまり餌を探すときはバラバラなのに、浮上前にはまた一緒になるということ。
 これらのクジラの浮上はゆっくりであることが知られてきた。それは減圧症を避けるためと説明されていたが、それもでもその浮上スピードは潜水によって大きく異なり、減圧を避ける生理学的な要求と合わないことも指摘されてきた。緩い角度で浮上するとそれだけ水平方向への距離を稼ぐことができるので、それでシャチに発見されるのを避けているのではないだろうか。コブハクジラとアカボウクジラの音を出さずに浮上する時の軌跡を見てみたところ、浮上時に移動する方向は様々で、クリックスを停止した位置から1kmほど離れた様々な位置に浮上していた。1km離れるとシャチが探査しないといけない範囲は3.1平方kmになる。シャチは2.5分の浮上の間にこの範囲を探査しないといけないことになり、かなり発見される確率は低減されているだろう。これが効果を持つためには、群れの個体が一緒になって浮上しないといけない。これが浮上前に再び一緒になる理由だろう。
 ただゆっくり浮上してくることで、採餌にかける時間も35%ほど少なくなってしまう。潜水能力が高い大きな個体は、小さな個体と潜水を同調させることで、損をすることにもなる。しかし捕食を避ける方が重要なのだろう。アカボウクジラ科の出生体長は大きく、これは早く潜水能力を高めるためかもしれないし、そのためにアカボウクジラ類はメスの方が大きいのかもしれない。
 いずれこのように受動的に捕食者を回避するために、シャチのみならずソナーの音にも過剰に反応するのかもしれない。それがこれらの種がソナーによって死亡漂着することにつながっているのだろう。

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以前から、アカボウクジラ類の潜水パターンは、シャチによる捕食回避という説と、潜水による生理学的な負荷を解消するためであるという説があった。前者が正しいのだろうということがとてもよく示されている。大きな緊密な群れを作るツチクジラも、群全体で浮上潜水が極めて同調している。さらに潜水後に浮上する位置がまちまちなのもこういうことかと妙に納得する。メスの方が大きい理由はなかなか説明が難しいと考えていたので、とても興味深い考えだ。ただ、ちょっとコドモのサイズが大きいことが、どれだけ潜水能力に貢献するだろうか。なんと言ってもクジラの中でも最も長く潜れるものたちだ。もし群全体でコドモの潜水能力に合わせないといけなかったりすると、それは共同での育児のようになるだろう。社会性が発達する要因になるかもしれない。ツチクジラのオスが長生きなのもひょっとすると、こんなところに何かヒントがあるのかもとちょっと思ってみたりする。
 しかし、一回一回の潜水のたびにビクビクしながら生きていくのは相当大変そうだなと思う。そんなにシャチの捕食圧はどこでも大きいのかな。

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