恋する詩人が想うのは……

恋する詩人が想うのは
雨上がりの夜空にきらめく名もなき星

恋する詩人が想うのは
羽をひろげたまま地べたに凍りついた鳥

恋する詩人が想うのは
風にあらがい道ばたに咲く一輪の花

恋する詩人が想うのは
主人をなくしてさまよう泥まみれの犬の遠吠え

恋する詩人が想うのは
密林の奥深く死地へと向かう誇り高き虎のまなざし

恋する詩人が想うのは
白夜にますます光り輝く鹿の狂おしいシルエット

恋する詩人が想うのは
正直であるがゆえ追われ続けた一匹狼の臭痕

恋する詩人が想うのは
針金のハンガーに巻きついた造花の薔薇

恋する詩人が想うのは
帰る家もなく雨に濡れてひとり佇む女の横顔

恋する詩人が想うのは
薔薇色の心臓に絡みついた双頭の蛇

恋する詩人が想うのは
一度死んで甦った男の瞳に跳ねる黄金の魚

恋する詩人が想うのは
粗末な十字架に放たれた青く冷たい火

恋する詩人が想うのは
歌をなくした天使のひび割れたくちびる

恋する詩人が想うのは
星の子が流れ落ちた馬小屋のいななき

恋する詩人が想うのは
純情ゆえ噛みつく犬と純潔ゆえ散る花

恋する詩人が想うのは
傘もなく雨中をさまよう男が引きずる長い影

恋する詩人が想うのは
大理石の静脈を透かして獣の咆哮を切り取る光

恋する詩人が想うのは
世界の終わりにはばたくたった一羽の鳥の羽音

恋する詩人が想うのは
鳥の飛影を追いかけていた今は亡き我が故郷

恋する詩人が想うのは
叶わぬ恋の物語が剥落し廃墟と化した白紙の頁

恋する詩人が想うのは
墓碑に刻まれた永遠の恋人の名……