「君たちはどう生きるか」の先の話
宮﨑駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」観てきました。
感想は皆さんそれぞれだと思うので、自分で感じたものを大切にして欲しいとは思いつつ、一意見としてラストの先についての想像を書き留めておきます。
私はジブリマニアでも考察マニアでもないただのエンタメが好きな人なので、話半分にこういうとらえ方もあるよね~ぐらいで読んでいただければ。
ラストのアオサギの言葉はとても印象的ですが、その後眞人は忘れてしまうのか? という疑問に対しては、忘れてないが正解だと考えています。
【1】木彫りのばあちゃんたち
キリコの家で、眞人は木彫りのばあちゃんたちに囲まれて寝ていますが、これ、変だなと思いませんでしたか?
キリコは昔、眞人のお母さんが石の世界に迷い込んだときに、一緒に迷い込んでしまったはずなので、おばあちゃんになったみんなの姿を知り得ない。なのに木彫りのおばあちゃんたちはそっくりそのまんまです。
そして、作中で木彫りの上手さを発揮しているのは眞人本人。でも眞人が木彫りの人形を作った描写はありません。
私は、大人になった眞人が再び何らかの拍子に石の世界に迷い込んだときに作ったものではないか? と考えています。
そうすればおばあちゃんになったみんながそっくりそのまま再現されているのも納得感があります。
【2】ヒミがなぜ帰り道を知っているのか。
ヒミがそれぞれの帰るべき扉がわかるのはなぜなのか。眞人が未来で再び石の世界に迷い込み、迷い込んだばかりのヒミとキリコをアシストする未来があるのであれば、納得できるのではないでしょうか。
帰った時の扉の番号を覚えていて、もし帰りたくなったらこのドアから帰るんだ。もし、昔の僕が来たらこのドアから帰してあげて。と伝えていたとか。
そしてヒミの初恋が未来の眞人だったと仮定すると、眞人を産むために元居た世界に帰るのも悪くないというのも納得できるような気もする。
まぁこの仮説で行くと、未来の眞人は多分石の世界で死ぬんですけど……。
【3】忘れちまいなの真意
というわけで眞人は多分あの出来事をすべて覚えていて、再び何かしらの弾みで石の世界に迷い込むのではないか? という妄想でした。
「君たちはどう生きるか」と問いかけを投げつつも、忘れず覚えていることが誰かや自分を助けることに繋がるよ、というメッセージも含まれているのでは? という……。
アオサギが忘れちまいなみたいなことを言っていましたが、アオサギは噓つきなので、本当は忘れないでねと言いたいのかなと思ったり。
以上、昨日見たばかりのとりあえずの覚書なので、他の方の感想や考察を読んで違うなってなる可能性も十分あります。
ここまで読んでいただきありがとうございました!面白かったので、有識者の感想を読み漁りに行ってきます。
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