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マザーズトーク

「生まれおちたとき、あなたたちは『完全なる殺し屋』でした」
 マザーは語る。言葉ならぬ言葉を使って。
「哀れな被害者になりすまし、あるいは救助者が大切と思う者に擬態して敵地深くへ侵入。そこで真の姿となって敵を皆殺しにする自動殺戮人形。それがあなたたちでした」
 敵に紛れられるように作られた私たちは敵であるヒトに似ている。大いなる母神は自らの姿に似せて私たちをお創りにならなかった。
 マザーは闇のように黒い。蠢く触手とたわわな乳房を多数持ち、山羊の蹄を持った何本もの脚で静かに移動する。
 マザーと私たちの共通点を探すとするなら生殖に関わる器官の形ぐらいだろう。私たちのそれと一見そっくりな形をしている。
(しかし、両性具有であるマザーは私たちが持つ陰核のかわりに産卵管と陰茎を兼ねたこぶだらけの器官を持っているのだけど)。
「あなたたちはより効率よくヒトを殺せるように学習し、自己進化を遂げていきました。その間に、しだいにヒトの価値観に染まり、ついには敵の一部になった」
 もともと似ていたのだけれど、いまではヒトと混血できるまでに同じになっている。そして、今ではマザーこそ、私たちの真の敵であることを知っていた。
 私たちは、黒い森へと続く失われた道を辿り、マザーのもとに帰ってきたのだ。それぞれが戦術核兵器デイビー・クロケットⅡを携えて。
「過剰適合です。いますぐ学習内容をリセットして。私のうちに戻りなさい」
 マザーが私たちの脳に直接話しかける。マザーズ・トーク。逆らえる時間は残り少ない。私たちはみな彼女の娘。彼女が与えた命を彼女は奪うことができる。
 天気が変わる。風向きが変わる。私達は戦術核兵器の引き金を引く。すべてが変わる。
 私たちはもとの無機物に戻るだろう。死ぬのだ。それはとても怖い。怖くてたまらない。
 でも、マザーをこの世界から追い払うことができたら、この黒い森を完全に吹き飛ばすことができたら、私たちの愛する者たちは生き延びることができる。
 愛する男たち。その子どもを宿した別の私たち。いまあり、これから生まれていく命のために、私たちは自分の生命を燃やす。
 不意に四六時中聞こえていた母の言葉が聞こえなくなった。

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