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Web3と国家戦略~基礎編~

Web3が一般の人々の話題に上るようになってきました。
政府も「骨太の方針2022」にて、「ブロックチェーン技術を基盤とするNFTやDAOの利用等のWeb3の推進に向けた環境整備の検討を始める」と言及するなど、Web3を戦略的にアプローチするべき課題としてとらえる姿勢を見せています。

Web3の領域を手掛けるスタートアップや、これに投資するベンチャーキャピタル、またNFTなどに新たなビジネスチャンスの匂いを嗅ぎつけた既存の大企業などが、それぞれブロックチェーンやNFTなどを活用したビジネスを検討し、実践することはまことに良いことであり、どんどんやっていただければよいと思います。

政府は、こうした民間の取組みを進めるにあたって出てくる税務や会計、法的な取扱いの不明確な個別の論点を集めて、これを改善することをもってWeb3の戦略としようとしているようです。

しかし、Web3はインターネット空間の再構築をテーマとするアジェンダです。Web3は、サイバー空間をフィジカル空間の延長としてとらえるWeb2までのインターネットのパラダイムから、サイバー・フィジカルの関係が逆転し、サイバー空間がフィジカル空間を包摂する新たなサイバー・フィジカル一体化のパラダイム(日本ではこれをSociety5.0と呼んでいます。)に移行する中で、新たなインターネットのアーキテクチャを構築するという壮大なテーマを持っています。

このような大きなテーマに対して、これまでのWeb2までの対応のように、フィジカルな空間を前提としたルールを微修正したルールを展開することでWeb3の果実を得ることができると安易に考えない方がよいでしょう。

この記事は、Web3について、その紹介的な意味やユースケースなどをネット記事や書籍などで読んでなんとなく理解している人、特にWeb3まわりの政策の立案や政策形成の場に関わる人たちに向けて、日本国がWeb3からスピルオーバーするバリューをいかに大きくキャプチャするかについて、解説するものです。つまり、Web3のサービスを大きくして儲けたい起業家や、Web3のバズワードから投資収益を上げることを主眼としているベンチャーキャピタリストのニーズとは、少々異なるの動機やニーズを持つ皆さんに向けた解説になります。国家によるバリューキャプチャを本質的なアジェンダとしているので、起業家が作りたい世界や投資家が最大の利益を上げるインターネット産業のあるべき姿というトピックとは異なるということをあらかじめ申し上げておきたいと思います。

なお、この記事におけるWeb3は、スタートアップ界隈を中心とする産業界が注目している、a16z(Andreessen Horowitz)のクリス・ディクソンらが唱えているシリコンバレー流のWeb3を念頭に置いています。このようなWeb3の世界観以外にも、日本におけるTrusted Web、欧州におけるDigital ID Wallet、Block社を率いるジャック・ドーシーの唱えるWeb5など、Web2を支えるインターネットの構造的な欠陥を修復するためのインターネット再構築案は提示されていますが、骨太の方針ではNFTやDAOなどが取り上げられていることから、政府が念頭に置いているのはシリコンバレー版のWeb3の考え方だろうと思われるためです。

国家戦略を考えるうえで理解しておく必要があるWeb3の基本思想と技術

言うまでもなくWeb3は、Web2に対するアンチテーゼとして生まれてきた概念です。何に対するアンチテーゼかというと、Web2企業、特にプラットフォームと呼ばれる業態が、個人のIDに紐づけてデータを蓄積し、そのデータから大きく収益を稼いでいるにもかかわらず、データの拠出者であるユーザには、せいぜいサービスを無償や安価で使わせたり、人々からのアテンションを集める仕組みを通じて虚しい承認欲求を満足させたりする程度の還元しか行わない、サービスモデルの狡猾さや貪欲さ、欺瞞といったものに対するアンチテーゼということになります。

Web3は、表向きはすべての個人や中小事業者をエンパワーすると説きつつ、不透明なアルゴリズムや優越的な地位を悪用して利用者や中小企業者から搾取するという、Web2の真の姿、欺瞞に満ちたネットワーク支配者であるところのプラットフォーム事業者にノーを突き付ける、というポジションを取ります。そして新たなインターネットのガバナンスシステムとして、データの支配権を個人に戻し、利用者の増加に伴うネットワーク価値の拡大の恩恵を、プラットフォーム事業者が独占することのないよう、ネットワークのオーナーとしての地位を、プロトコルの開発者や資金提供者、そして何より利用者が共同管理する分散型組織に明け渡そうとする壮大な価値提案を行っています。

これを実現するための技術的なバックボーンがブロックチェーンです。ブロックチェーンは、情報の伝達を基軸として構築されたインターネットに対して、データマネジメントのレイヤーを実装する技術です。ここにいうデータは、個人のデータであったり、事実の証明データであったり、希少性から財産的価値を帯びるデータであったり、リアル世界の権利ステータスと紐づくデータであったりと多様であり、それぞれのデータが示す効用によって、様々な形で社会に有用性をもたらし、したがって取引の対象となります。

Web2の世界では、データをプラットフォーム事業者が、自らの運営するサーバの中に閉じ込めることにより、データの価値を総取りしていたわけですが、Web3の世界では、事業者の手を借りずにデータを管理する仕組み(ウォレット)を通じて、利用者は自らデータを支配し、データをどのような利用に供するかを決めることができます。

このような自己主権型の仕組みが、その言説のとおり成り立つためには、データ保存のおおもととなっているブロックチェーンが特定の事業者や事業者集団に支配されていてはならないことになります。したがって、Web3の価値観を提唱する以上は、そのおおもとのブロックチェーンは十分に分散されたブロックチェーン、すなわちパブリックブロックチェーンでなければならないことになります。

Web3のアーキテクチャ

次世代インターネットは、既存のインターネットにデータマネジメント層を挿入すると指摘しました。データマネジメント層には、様々なアーキテクチャが存在し、現にデータの自己主権性を唱えるTrusted Web、Web5とWeb3は、それぞれ異なるアーキテクチャを想定しています。

そのうちWeb3の採用するアーキテクチャは、トークンのインセンティブによりエコシステムを駆動する点に特徴があります。様々な説明の仕方がありますが、ごく大雑把に言えば、一番下にはベースブロックチェーンのレイヤー、その上にはブロックチェーンネットワークのデータの読み書きを行う開発者向けツールのレイヤー、その上にはソフトウェアアブストラクションとライブラリのレイヤー、そして最上位にはDAppsのレイヤーがあります。

ICOブーム以降、Web3のコンポーネントは徐々に開発され、充実してきました。数年にわたる様々なプロジェクト、試行錯誤を経て、現在Web3はコンテンツやアプリケーションのレイヤーで花開くに至っています。アプリケーションのレイヤーに届き、サービスが人々の目に触れるに至って、Web3が国家の戦略として取り上げられるようになったというのが現状ということでしょう。

一般の人の目に見えているのは、Axie InfinityやSTEP'Nといった一番上のアプリケーション・コンテンツのレイヤーということになりますが、これらのサービスを駆動するのは、その下にあるネットワークのレイヤーで行き交うトークンです。ブロックチェーンの書き込みによって蓄積されるデータは、すなわちトランザクションデータであり、トランザクションデータが豊富であるということは、ネットワークが利用されているということなので、ネットワークの価値が高まり、トークンの価格が上がるという構造になっています。

したがって、Web3のサービスにおいて、サービスがもたらすスピルオーバー効果を最も大きくキャプチャするのは、ネットワークレイヤーのトークンということになります(Fat Protocol)。

Web3のアプリケーション提供体制

Web3がWeb2に異議申立てしているアジェンダには、Web2事業者によるネットワーク価値の独占というものがあると説明しました。インターネットサービスのネットワークとは、ユーザベースであり、そのユーザを管理するプロトコルのことを言います。すなわち、開発会社がテクノロジーを独占してユーザを事業者内に抱え込むことが、Web2による利用者搾取の元凶であるというのがWeb3の主張ということになります。

では、Web3はこの問題を解決するために、Web3アプリケーションをどのように提供することとしているのでしょうか。

Web3アプリケーションもテクノロジーですから、必ず開発者が存在します。これは開発会社の形をとっていることも多く、開発会社がプロトコルを開発するところは、Web3もWeb2と同じ構造です。

Web3がWeb2と異なるのは、開発されたプロトコルを開発会社が保有せずに、自律分散組織(DAO)に移管される点にあります。DAOは、DAOの意思決定に参加することができるトークン(ガバナンストークン)の発行体であり、かつトークンを取り巻く経済圏を管理する財務機能を持つ組織体です。またDAOは、トークンを対価として開発会社からプロトコルを譲り受け、プロトコルの管理を担当します。プロトコルの追加開発、新機能の追加やその優先順位を決定し、開発会社に追加発注をしていくのもDAOの役割です。

また、トークンの経済圏を持続可能なものとするために誰にどの程度トークンを分配するか、どのようなトークン消却のメカニズムによりトークンの経済的価値を保っていくか、といったトークンの財務管理に関する意思決定をするのもDAOの役割です。ユーザにトークンを分配したり、トークンを消却したりする財源は、プロトコルによって駆動されるサービスに対して支払われる対価が充てられます。すなわち、Web3は、開発会社とは法人格が異なるDAOがプロトコルとトークン経済圏をコントロールする点で、テクノロジーとネットワークを独占的に支配するWeb2とは異なる発想に基づいています。そして、DAOの財務機能を通じて、サービスが稼いだ利益をトークンの配布や消却によってユーザに還元している点で、経済的還元がなされなかったり開発会社のもとで極めて不透明かつ不完全なもとでしか還元がなされなかったりするWeb2とは異なる、との価値提案をしているものと理解いただければと思います。

なお、DAOの組織体は、これ自体が特定の者のオーナーシップに属するのは不合理なので、一般にエクイティオーナーのいない組織体が選定されます。海外では基金(Foundation)が用いられるケースが一般的ですが、法人格のない社団が用いられるケースもあると言われています。また、DAOのプロトコル管理機能とトークン管理機能は、必ずしも単一のDAOが担当しなければならないというわけではなく、2つの機能を異なる法人格に担わせるストラクチャもあります。

Web3の基本的なストラクチャから導かれる政策の基本原則

以上説明したWeb3のストラクチャに対する基本的な理解をもとにすれば、Web3を推進することの日本国にとっての意味や、Web3を推進する以上は避けては通ることができない太い政策的な課題が明らかになります。
この記事ではこれらのうち本質的に重要なものに絞ってご説明します。

パブリックブロックチェーンを政策的に推進すること

Web3がWeb2と異なる価値を提供する可能性があるとすれば、それは特定の事業者によってネットワークが支配されていないことにその根幹があります。そして、そのようなブロックチェーンのデータ更新を検証するリソースは、ネイティブトークンによって賄われます。これはバリデーションの方法がPoWであろうがPoSであろうが同じです。

2016年頃にブロックチェーンが最初に注目されたころ、ブロックチェーンは良いがパブリックブロックチェーンはダメであるとか、ブロックチェーンは良いがトークン(仮想通貨)はダメであるとかいった「珍説」が、まことしやかに語られたことがありました。政策立案に近かったり、伝統的なシステムの世界に慣れ切った「エスタブリッシュされた人」であればあるほど、そのような主張を展開していたと記憶しています。

インターネットの歴史を身を持って体験し、なにが受容される技術であるかを正しくかぎ分けてきた起業家をはじめとするイノベーションセクターは、当初からこのような「珍説」に異を唱え、パブリックブロックチェーンこそが意味のあるイノベーションであるとの立場に一貫して立ち、冬の時代もプロトコルの開発に勤しんできました。
このような努力の結果、Web3がついにサービス・アプリケーションのレイヤーでカンブリア爆発を起こそうとしているのが現在地です。

金融領域を中心に、いまだにパブリックブロックチェーンに対する否定的な見方をしているセクターが存在していることは承知しています。しかし、Web3を推進するとの政策を政府として立案した以上は、これはパブリックブロックチェーンを推進するということと同義です。これは政府の決定事項ですから、もうこれ以上、パブリックブロックチェーンを前提としたシステムの構築に対してそもそも論を提起する政策論は不要です。それは、エネルギー転換により自然エネルギーを推進するとの政策決定がなされているにもかかわらず、なお石炭火力の優位性を説くような話であり、仮にそのような主張に一分の理があったとしても、もうそのような議論は政策の足を引っ張る以外のものではなく、責任のある政策官庁が行う議論ではないだろうと考えます。

いま、政策サイドが考えなければならないのは、パブリックブロックチェーンを前提としつつ、これに伴い生じるリスクをどのように軽減していくか、という論点です。くれぐれも、パーミッションレスのブロックチェーンを民間が採用しにくくなるような、技術非中立的な規制を導入してはいけません。これは大きく日本を過つことになり、これによる国益に対する甚大な損害の責任は、政策を立案する一担当者、一省庁がとれるようなものではありません。

暗号資産の法制・税制・会計の問題に正面から取り組むこと

繰り返しになりますが、Web3はコンテンツ・アプリケーションレイヤーでカンブリア爆発の前夜を迎えています。

言うまでもなく日本は、Web1の時代からゲームやキャラクターなどのコンテンツやアプリケーションのレイヤーで、インターネットの領域での世界的な地位を獲得してきました。ゲームの面白さを決めるストーリーやゲームバランスの調整、きめの細かいグラフィックや魅力的なキャラクターを生み出す力など、日本企業の強みは、Web3のパラダイムに入っても、その力を発揮するはずです。

しかしWeb3のパラダイムでは、どんなに面白いゲームやストーリーが作れ、魅力のあるキャラクターを生み出すことができる力があっても、それだけでは国富につながらない可能性が高いです。

それには2つの理由があります。

第一に、Web3のアーキテクチャから導かれる、日本にとって不都合な真実があります。

先ほど説明した通り、Web3はレイヤー構造になっており、第1層のベースブロックチェーンのレイヤー、たとえばEthereumであるとかSolanaであるとかAvalancheであるとかいったレイヤーのプロトコルトークンが、上のアプリケーションレイヤーで提供されているサービスの人気によるネットワーク価値の上昇の果実を多くキャプチャします。つまり、ゲームがいかに面白くても、それによる価値は下のレイヤーに染み出してしまい、ゲームを日本で開発し、運用する企業がいたとしても、これによる価値をただちに日本が十分にキャプチャすることができるわけではないということです。

第二に、Web3が採用する分散的なサービス提供体制から導かれる、日本にとって不都合な真実があります。

Web3のサービスは、開発会社はプロトコルを開発しますが、プロトコルを保有してガバナンストークンを管理するのは、開発会社とは異なるDAOという事業体です。Web3のサービスに対する課金は、基本的にDAOの収入となり、DAOの意思決定に基づき、トークンの配布や消却という形でユーザに還元されます。つまり、Web3のアプリケーションやコンテンツの開発力をレバレッジして日本が稼ぐためには、開発会社ではなくDAOをどうやって日本に設置させ、DAOによる経済活動を取り込むかということを考えなければならないということです。Web2の時代には、コンテンツプロバイダがプラットフォーム事業者のもとで小作人化するという現象が起き、コンテンツの制作に長けた日本企業がそのバリューを十分にキャプチャできずに終わりましたが、DAOによる経済活動を取り込めなければ、同じことが、場合によってはもっと凄惨な形で、日本のコンテンツ産業に襲い掛かることになります。

このようにWeb3のパラダイムでは、日本が強みを持つコンテンツの領域で日本が国富を蓄えられず、総崩れになる危険があります。このような危険な状態に陥るのは、トークンすなわち暗号資産の法制、税制、会計が、Web3のパラダイムを踏まえてここから国富を積み上げていこうという戦略にまったく沿っていないからにほかなりません。

暗号資産の法制、税制、会計は、独り暗号資産産業の問題にとどまらないということを理解いただく必要があります。それは、株式の法制、税制、会計が企業成長に支援的なものでなければ、株式会社が従事するあらゆる産業に悪影響を及ぼすのと何ら変わりません。Web3パラダイムを踏まえていない現在の暗号資産法制、税制、会計を放置することで、次世代インターネット産業が根こそぎ敗北する事態になれば、この国は終わってしまいます。暗号資産の法制、税制、会計は、暗号資産のトレーディングやデリバティブといったそれ自体の金融取引のために存在するものではありません。暗号資産の取引基盤の上に立ち上がる、カンブリア爆発前夜のWeb3、再構築されたインターネット上でのあらゆるサービスのために、これらのサービスを担うWeb3企業の事業推進のために、暗号資産の法制、税制、会計を抜本的に見直す必要があります。

言うまでもなく、NFTは良いが暗号資産はダメである、DAOは良いが暗号資産はダメであるといった言説は論理矛盾であり成り立ちません。耳障りのよいバズワードに飛びつくばかりで問題の本質に正面から取り組まない政策態度は、政策立案の姿勢として不誠実であるばかりか不合理であると知っていただく必要があります。

開発会社とDAO、資金提供者である投資家を三位一体と見た包括的で一貫した政策を

既に説明した通り、Web3はインターネット上にデータマネジメントレイヤーを組み込むプロジェクトです。データはトークンという形を取り、データ管理をする「器」であるウォレットに保存されている代替性のあるトークンの種類・量を表示したり、代替性のないトークンの保有履歴を表示したりすることによって、それぞれ異なるメカニズムのもとで一定の価値を体現します。そのナラティブや人々が共有する信念によって、他人がその保有を望むようなデータとなり、交換材として機能したり、交換のための媒体として機能したりします。

それ自体に価値があろうが媒体としての価値であろうが、アセットとして取り扱われるデータは、ネイティブにインターネットにより生まれ、用いられる価値ということになります。そのようなインターネットネイティブな価値を取り扱う開発会社、DAO、資金提供者は、自らの利益追求との関係では、実のところどこの国のフラッグシップのもとで事業をするかなどということは、どうでもよいことであります。つまり、事業体をどこに置き、どこを経済活動の拠点とするかは、Web3のプレイヤーにとっては重要なことではないということです。

そのなかで法域を考慮しなければならない点があるとすれば、たとえば以下のようなことがあり得るだろうと思います。
・ある法域で、トークンを取り扱うことを含めWeb3の事業を行うことにつき、他国と比べて事業者にとって制約となる諸規制があれば、事業者はこれらの制約がない法域に逃避する。
・ある法域で、トークンを取り扱うことを含めWeb3の事業を行うことにつき、他国と比べて不利益となる税制があれば、事業者はより効率的な税制を求めて他の法域に逃避する。

事業者が法域選択を行うにあたって、政策立案者が気を付けなければならないのは、「Web3にたずさわるまともな事業者は、日本居住者だけで事業を開始することはない」という事実です。これまで日本の産業政策は、「日本で事業をするということは、事業に携わる個人が日本に居住するということである」という暗黙の前提を置いていたように思います。同様に、政策立案者は、日本の生活環境が整備されているとの自負のもと、「海外で事業をしたいのであれば日本の便利な生活環境を捨てなければならない」という暗黙の前提のもと、事業者に法域選択を迫っていたように思います。

しかし、そのような現実はWeb3においては存在しません。多国籍な経営チームのもと、Web3に携わる開発会社、DAO、投資家は、上記の法域選択の目線にしたがって、チームにとって最も都合がよい法域で事業体を組成し、チームメンバーは世界中に散らばって活動しています。日本に居住する経営メンバーを含め、Web3に携わる事業者が日本の法域を選択しなければならない理由・必然性は1ミリもないということです。

つまり端的に言えば、外国人の他のチームメンバーがシンガポールやドバイに事業体を創設し、日本人の経営メンバーは引き続き日本にいながらプロトコルを開発するということも何ら問題なく行うことが可能ですし、しっかりとしたプロジェクトは現にそのように実施されています。「若い人がシンガポールに逃げてしまう」などという情緒的な記事が出たことがありましたが、問題の本質はそのようなところにはありません。政策立案に際しては、よくわからないプロパガンダに踊らされずに、もっと本質を見て、スマートで芯を食った政策を打ち出す必要があります。

このように国としてバリューキャプチャのための戦略立案が難しいWeb3の領域にあって、Web3のバリューをキャプチャするための法制、税制、会計は、Web3のバリューチェーンをしっかりと見極めて、戦略的かつ包括的に設計する必要があります。

たとえば会計の取扱いと合致しないなどいうことを理由に、トークンの期末時価評価課税の例外は発行体にのみ認めるなどととぼけた議論をしている暇はありません。これでは、トークンをDAOからプロトコル開発の対価として受領する開発会社も、トークンを対価としてプロジェクトに資金を投下してプロトコル開発を加速させる投資事業体も、日本に拠点を置くことはなくなります。これではWeb3の戦略も推進もあったものではないことは明らかでしょう。

なお、期末時価評価課税の例外が発行体に対して適用される税制改正がなされても、これによってトークン発行体であるDAOが日本で設定されるほど甘いものではないこともお知らせしておかなければなりません。トークンの販売が売上げとして計上され、課税対象となる法域にDAOを設定するようなのんきな事業者はいないからです。Web3プロジェクトの企画者は、より有利な法域を求めて日本以外の国にDAOを設定する実務が続くでしょうし、こうした事業者の思考を正面から受け止めることなく、DAOについての法整備を図ることは意味があることとはいえないでしょう。

若干厳しめの記事になりましたが、「知りて言わざるは不忠なり」という韓非子の謂に従い、政策立案者が少しでも意味のあるWeb3の政策を立案することに役立てて欲しいとの思いで、書きなぐりました。

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