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アドラー読書会

私がアドラーを知ってからどのくらい経つだろうか。
まだ5年くらいかな。
この間、「嫌われる勇気」はもちろん、アドラーに関する本を10冊以上読みました。
研修会にも参加しました。

共同体感覚、目的論、器官劣等性、等など。

どれも納得のゆく理論で自分が生きてゆく上で生かせそうなものばかり。
でも、何か物足りない。
たくさん本を読んでいるのに、何かが足りない。

そう、それは、いずれもアドラー自身が書いたものではないからです。
当然のことながら、それぞれの著者はアドラー自身ではない訳です。
批判をする訳ではありませんが、どの本もその著者が理解したアドラーの理論を解説しているにすぎません。
その著者が持っている様々な知識や経験という媒体を通じて見たアドラーなのです。
中には「アドラーに学ぶ~」という書名でありながら、本文には「アドラー」という言葉が一度も出てこないものもあります。
それも一つの「アドラー」かもしれません。
でも、その本を読み終えてもアドラーに学んだ気にはなれませんでした。

アドラー自身の言葉を断片的に紹介している本もあります。
しかし、それではアドラー理論の全体像は解らない。

なんとかアドラーに直接触れることはできないか。
アドラーが書いた本の翻訳本は出版されています。
しかし、こう言っては申し訳ないのですが、とても難解な文章で私にはついてゆけませんでした。
そこで思い切って「原文を読んでみよう」と思ったわけです。
The Science of Living
私には英文をスラスラ読めるほどの英語力はないし、また、アドラーの母語は英語ではないので、かなりてこずってはいますが、訳文を書きながら少しずつ読んでいます。

そういうことを始めたときに知ったのが「生きるために大切なこと」という本でした。
私が英語で読んでいる「The Science of Living」の翻訳本。
これはかなり意訳をしている部分はありますが、これまで出版されている翻訳本に比べて読みやすい。
今はこの本を参考にしながら、英文の原典を読み進めています。

そんな折、この「生きるために大切なこと」の読書会が開催されることを知りました。
ZOOMを使った読書会。
読書会とはいっても、一行一行読む訳ではなさそうです。
毎回、決められた部分を読んできて、それについて解説があったり、参加者同士で意見交換をしたりするという形式のようです。

英語の原典、翻訳本、読書会。
この3点セットでようやくアドラーに触れた気持ちになれるかな。

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