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酔芙蓉の花

先日、母とイングリッシュガーデンに行ってきた。秋のバラの時期になったら行こうと約束していて、そろそろいいかなぁと電話で話して待ち合わせした。
ガーデンにはバラだけではなく、コスモスや菊など秋の花がたくさん植えられていた。ススキや雑草などもほどよく生えているのがまたいい。
ある花の前で立ち止まった。背が高くて柔らかそうな白やピンクの花弁を重ねた花が咲き誇ってる。少し俯き加減のその花は近所の神社でよく見る花だった。
母に尋ねた。
「これ、なんていう花かなぁ」
「知らんなぁ、よく見る花やけど」
花の根元にうっすらと名前の書いたプレートがかかっている。
スイフヨウと書かれていた。あぁ、これがあのスイフヨウ、と思わず声が出た。母が驚いた顔をした。
「え、なに、知ってる花やったん?」
「この花、色が変わるねん」
私はちょっと興奮気味に母に言った。白からピンクへ。お酒に酔った顔のように色が変わるのでこういう名前が付いたらしい。
『風の盆恋歌』という小説に出てくる花だ。漢字では酔芙蓉と書く。すぐにこの恋愛小説を思い出した。それくらいこの小説では強烈な存在感を放っている。
水の流れる音と俯いた女性のような酔芙蓉の花。行ったこともないのに、民家や水車の風景がありありと目に浮かぶ。
私は恋愛小説はめったに読まないのだけれど、この本は好きだと思った。
一言でいうと情緒があるから好きなのだけれど、始終静かな風景の中に途切れることなく流れている水の音が、物語を繋いでいるような気がする。
男女、夫婦、親子、誰を軸にしてどんなふうに輪を描いても、一つの絵になってしまうような。
いわゆる不倫の愛を描いた作品。ドロドロとした愛憎劇とはほど遠く、何か透明なものを触っているような感覚になる。それは多分、流れている水のせいなんじゃないかと思う。
雪解け水の流れる町。おわら風の盆と呼ばれる富山の伝統行事と共に男女二人の生き様が描かれる。
いつか行ってみたいなと思っていたことすらも忘れていた。
母に小説の説明をしながら、やっぱり行ってみたい、いや、絶対に行くんだと心に誓った。
ガーデンに咲いていたバラも美しかったけれど、酔芙蓉の花と名前が一致したことで、私の頭は一気に9月の富山に飛んでしまった。
今年は例のウイルスの関係で開催は見合わせになっていたようだった。もちろん風の盆にも行きたいけれど、春先の雪解けのころにも行きたい。
坂道を流れるその水の音を、できれば誰もいない場所でひらすらに聴いていたい、と思った。

#エッセイ #風の盆  ##読書の秋2020 #風の盆恋歌

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