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おくる秋

久しぶりにネットフリックスで『おくりびと』を観た。
たまたま読んでいた本に『おくりびと』が出てきて、あ、そういえば見たかったんだと思い出して、そのまま本にしおりを挟んでテレビをつけた。
見るのは2回目。話題になったときは子供が小さくて映画館では見られなかった。テレビでやってきたときも子供たちがわぁわぁ騒いでいて、最後まで観たものの、聞こえないセリフもたくさんあったんだった。
吹雪のシーンで始まるこの映画は本当に静かでセリフも少ない。
どうしてか冒頭から涙が止まらず、見終わるころにはティッシュの山が出来ていた。
餌を啄ばむ白鳥、鮭の遡上、死んだタコ。生と死を象徴した田舎の風景が心に迫る。
私も誰かを見送るし、いつかは見送られる。

実家の向かいのおじさんが亡くなったと聞いたすぐ後に、隣のおばちゃんが癌で余命3カ月ほどだと、母から電話があった。
あんたのオムツ替えたんやで、とおばちゃんによく言われたんだった。
鶏舎を持っているおばちゃんの作る出汁巻きよりも美味しい出汁巻きを私は知らない。お正月にはいつも透明のタッパーにみっちりと詰め込んだ温かい出汁巻きを持ってきてくれたおばちゃん。
例のウイルスの関係で入院している病院での面会もできないらしい。
「ちょっと醤油貸してくれんか」「お墓まで一緒に乗せて行って」
そんな声が聞こえてくるみたいだ。
さみしいなぁと母に言った。うん、さみしいなぁと返ってきた。
手紙は読めるらしいので、母は書いて娘さんに渡したらしい。
私もそうしようかと思ったけれど、何を書こうか。
いくら考えても言葉は出てこない。
何を書いても嘘っぽくなってしまう気がする。〈ありがとう〉でさえも届かない気がする。今、おばちゃんは何を考えているんだろうか。どんな気持ちなんだろうか。
〈おばちゃんへ おばちゃんの出汁巻きがまた食べたいです〉

#エッセイ #おくりびと #おばちゃん #見送るということ #出汁巻き

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