見出し画像

原作者のキモチ(出張いまいまさこカフェ14杯目)

2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の14杯目。


「原作者のキモチ」今井雅子

わたしの今年のクリスマスは、夏の終わりから始まった。クリスマスに結び直される家族の絆を描いた短編小説をという依頼を受け、秋の半分をかけて書き上げる間、頭の中でジングルベルが鳴り続けていた。

本業は脚本家だから、小説の仕事はめったに来ない。脚本を手がけた映画『子ぎつねヘレン』のノベライズムックや絵本を書いたり、広告業界での体験を小説に膨らませたりはしたが、オリジナルを数編となると、果たして書けるだろうかと不安があった。

一本書いてみようと書き出した。脚本を書くときの思考回路で、まず人物像と物語の入口と出口を決め、頭に思い浮かべた情景をセリフとト書きに翻訳した後、ト書きに肉付けする方法でやってみた。脚本なら「実和子、ブツブツとつぶやく」と簡潔に書くところを、「誰に言うともなく実和子の口からこぼれたつぶやきは、十二月の寒空に吸い込まれていった」と描写が厚着になり、帽子や手袋をまとう。

原作小説から脚本を起こす場合は逆に削ぎ落とす作業をするが、「小説を書く上での肉付け作業」は、「脚本を書く上での削ぎ落とし作業」の勉強になる。脚本も小説も手がける先輩が、「自分の脚本をいったんノベライズしてから脚本に戻すと、ホンが良くなるよ」と言っていたが、「小説語」と「脚本語」を行き来することで、より的確な表現を探り当てられる。外国語の翻訳を繰り返すうち、日本語の能力が上がるのに似ているだろうか。

短編がいくつかできると、各作品の登場人物を絡めていき、連作に仕上げていった。「この人とあの人がどんな形で出会うとドラマが盛り上がるか」を計算して組み立てる群像劇脚本の手法が役に立った。

連作短編を束ねるタイトルは『クリスマスの贈りもの』に決めていた。書いているうちに子ども時代からのクリスマスの思い出が次々と蘇ったが、物書きにとってはエピソードの種をくれる人生経験ひとつひとつがプレゼントなのだと感じた。娘を授かったからこそ描けた心情もあったと思う。

さて、無事入稿した原稿がいよいよレイアウトされたとき、ちょっとした事件があった。サイト上での公開ということで、読みやすさを考え、デザイナーさんが句読点ごとに行を送ってくださったのだが、細切れにされた姿を見た瞬間、「違う!」と血が沸騰したのだ。

改行でこの騒ぎなのだから、わたしの書いた脚本を読んで原作者が悲鳴を上げたり注文をつけたりするのも、無理はない。原作者にとって作品は「侵すべからず度」が高いのだと学べたことも、いいプレゼントになった。

写真脚注)短編小説集『クリスマスの贈りもの』はユニバーサル・スタジオ・
ジャパン「Limited Christmas」サイトにて1/6まで公開中。

プロフィール (2009年掲載当時)

今井雅子(いまいまさこ) www.masakoimai.com
大阪府堺市出身。コピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、脚本家デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ番組部門本賞を受賞。映画作品に『パコダテ人』『風の絨毯』『ジェニファ 涙石の恋』『子ぎつねヘレン』『天使の卵』『ぼくとママの黄色い自転車』。テレビ作品に「彼女たちの獣医学入門」(NHK)、「真夜中のアンデルセン」(NHK)、自らの原作『ブレーン・ストーミング・ティーン』をドラマ化した「ブレスト~女子高生、10億円の賭け!」(テレビ朝日)、「快感職人」(テレビ朝日)、「アテンションプリーズ スペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜」(フジテレビ)。NHK朝ドラ「つばさ」に脚本協力で参加。最新作は年末放送の「つばさ」スピンオフ。

clubhouse朗読をreplayで

2022.11.30 宮村麻未さん

2024.1.27 原作者のキモチ


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。