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母と子と映画(出張いまいまさこカフェ13杯目)

2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の13杯目。

「母と子と映画」今井雅子

3年ぶり6本目の劇場映画『ぼくとママの黄色い自転車』の公開中にこの原稿を書いている。出産と育児に企画立ち消えが重なり、3年のブランクが空いてしまった。「お子さんが産まれて最初の映画が母と子の話でしたね」と人に言われて、産後第一作だったと意識した。

原作の『僕の行く道』をプロデューサーから渡されたのは、娘が一歳になった頃だった。初めての育児にてんてこまいしつつ、日増しに表情が豊かになり可愛さを増す娘に雪だるま式に愛情が膨れ上がっていた時期で、「ある事情があって子どもと離れ離れに暮らす道を選ぶ」母親という設定は、自分とは対極にあるものだった。「この設定、動かせないですよね」とプロデューサーに相談すると、「それありきの物語だからねえ」。愛があるからこそ別れる、嘘をつく。そこまで追い込まれる母親の心情を掘り下げる作業に時間を要した。

子どもを産む前に同じ作品に取り組んでいたら、どんなホンになったか、比べようはないけれど、娘が「ぼくとままときいろいじてんしゃ」(「ママの」と何度直しても「ママと」になるのはご愛嬌)といつの間にか覚えたタイトルを連呼してくれるのは、以前はなかった光景だ。「子育てしながら作品を作れるっていいね。この子が何歳のときにはこれを作ったなあって子どもの成長と一緒に覚えておけて」。子育て中の友人にそう言われ、ありがたい仕事だとあらためて感じた。

産みの苦しみと育ての悲喜こもごもがあるところは、映画は子育てに似ている。手塩にかけて産み育てた作品は、可愛いわが子。世の中に送り出すときは、どうかいい人に出会って愛されますようにと祈る。地方から都会に出てきた子どもにくっついてきた親が下宿先のご近所に「うちの子をよろしくお願いします」と挨拶して回る、あの必死でせつない親心はよくわかる。

映画の見方は「産前・産後」の境界線がくっきり見えるぐらい、出産を境に親目線に切り替わった。女の子が画面に出てくると、以前は自分の幼い頃を重ねていたのに、「うちの子と同じくらいかな」「あと何年かしたら、うちもあれぐらいかな」と自分の娘が基準になる。見方が変わるということは、作り方にもきっと影響を及ぼしているのだろう。

さて、母と子と映画といえば、『ぼくママ』のロケ地である小豆島を中心に2011年に第一回開催を目指す「瀬戸内国際子ども映画祭」の立ち上げに関わることになった。映画祭を産み育てるというのも、なかなかできない経験で、これもまた人生に面白い化学変化をもたらしてくれるのではとワクワクしている。

写真脚注)
原作を親、脚本(映画)を子どもと考えることもできる。となると、ノベライズは孫? 三世代を比べると面白い。

プロフィール)2009年9月掲載時点

今井雅子(いまいまさこ) www.masakoimai.com
大阪府堺市出身。コピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、脚本家デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ番組部門本賞を受賞。映画作品に『パコダテ人』『風の絨毯』『ジェニファ 涙石の恋』『子ぎつねヘレン』『天使の卵』。最新作は『ぼくとママの黄色い自転車』。テレビ作品に「彼女たちの獣医学入門」(NHK)、「真夜中のアンデルセン」(NHK)、自らの原作『ブレーン・ストーミング・ティーン』をドラマ化した「ブレスト~女子高生、10億円の賭け!」(テレビ朝日)、「快感職人」(テレビ朝日)、「アテンションプリーズ スペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜」(フジテレビ)。NHK朝ドラ「つばさ」に脚本協力で参加。

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