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どこからがプロなのか?(出張いまいまさこカフェ18杯目)

2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の18杯目。

vol.27(WINTER2010-2011)に掲載。表紙は佐藤江梨子さん。

「どこからがプロなのか?」今井雅子

娘を通わせている保育園から就労証明書類の提出を求められた。これまでは年に一度、進級の際に確定申告の控えを出せば良かったのだが、待機児童対策なのか、年度途中で念押しが入った。

最近一か月の収入がわかるものをと要請され、困った。ここのところ朝ドラ「てっぱん」にかかりっきりだが、脚本料は放送されてから支払われる。仕事はしているけれど収入がない。著作権二次使用料は細々と振り込まれているが、それは過去の就労のオマケなので、現在就労している証明にはならない。

NHKで就労証明を出してもらえませんかと打診したところ、「フリーランスはNHKに就労しているわけではなく、番組ごとの契約なので、契約書が証明になるのでは」との回答。でも、あんな赤裸裸な数字が並んだものをさらけ出すのは気が引ける。園長先生に「直近の収入がないんですが」と相談すると、「その事情を申告してください。園からも一筆添えておきます」と言われ、事なきを得た。わたしの知らないところで娘が先生方に「てっぱん」の宣伝をしてくれていたらしい。

今回は、手がけたドラマがたまたま放送中だったので、話が早かった。だが、これが「企画開発中」だったらどうだろう。とくに映画は、出演者や出資者を口説いては断られ、そのたびに脚本を直す。日の目を見るまでに何年もかかることは珍しくない。企画開発費が出ない制作会社の場合、脚本料は「脚本が売り物になるまではお預け」で「脚本が売り物にならなかった場合はお流れ」になったりする。

それでも、確かに働いている。徹夜して、土日も出かけず、人一倍。けれど、世間の物差しにあてはめたときに、徒労は「労働」と認められるのだろうか。

どこからがプロなのだろう。どこで線を引くのだろう。

食べて行けるかどうかが分かれ道ならば、収入のない脚本家はプロではないことになる。だけど、年収何千万円の売れっ子より、何十万円の売れない脚本家のほうが、プロ意識を持って書いていたりもする。

プロ意識のあるなし、か。

たとえお金にならなくても、これで金を産むのだ、金を取るのだ。そういう気概を持って書くのが、プロなのかもしれない。そして、買い手のつかなかった原稿を抱きしめ、最後の一人になっても「いつか金にするのだ」と追い続ける。その心意気の持ち主をプロと呼ぼうではないか、とわたしなりの結論は出た。

しかし、「プロ意識を持って仕事しています」と書き連ねたところで、就労証明として通るのかどうか。論理ではなく感情で審査する担当者の心をつかみ、揺さぶり、落とす。ハードルはかなり高い。

それこそプロの脚本家の腕の見せどころ……かもね。

茶色いペンで描かれた絵。どっしりと大きなお母さんのお腹の中に赤ちゃん。後をついて来る感じで、ひとまわり小さなお父さんと思われる人物。

写真脚注)保育園の話題が出たので、娘が描いた「ママの絵」。親バカですみません。


プロフィール(2010年当時)

今井雅子(いまいまさこ) www.masakoimai.com
大阪府堺市出身。コピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、脚本家デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ番組部門本賞を受賞。映画作品に『パコダテ人』『風の絨毯』『ジェニファ 涙石の恋』『子ぎつねヘレン』『天使の卵』『ぼくとママの黄色い自転車』。テレビ作品に「彼女たちの獣医学入門」(NHK)、「真夜中のアンデルセン」(NHK)、自らの原作『ブレーン・ストーミング・ティーン』をドラマ化した「ブレスト~女子高生、10億円の賭け!」(テレビ朝日)、「快感職人」(テレビ朝日)、「アテンションプリーズ スペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜」(フジテレビ)。NHK朝ドラ「つばさ」脚本協力、スピンオフドラマ脚本。最新作は朝ドラ「てっぱん」。

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