032 相手を変えてやろう(救おう)と奮闘する
032 相手を変えてやろう(救おう)と奮闘する
誰かの要望を受けて、共感的に聴くという「儀式」をする時があります。
儀式って言うと、ちょっと評価っぽいかな?
普段の会話から切り離された、特別な空間?
大抵の場合、相手は苦しみを抱えていて、その話を吐露します。
すると、私の自我が「救済モード」に突入するのです
これまで得た知識全てを総動員して、「この人を救わねば!」と。
やがて、共感とはかけ離れた「セラピーもどき」へ突入していくのです。
(佐藤さん)「職場の田中さんが、その失敗をあげつらって、私のことを『能無し』って言ったのです。」
(佐藤さん)「その時、どんな気持ちがしますか?がっかりとか?」
(相手)「うーん、二日間ぐらい落ち込みました」
(私)「とてもショックだったんですね?」
(佐藤さん)「今もその時のことを思い出すと、嫌な気持になります」
(私)「これは合ってるかどうかわからないのですが、自分で自分に『私は能無しだ』って言ったりしていませんか?」
(佐藤さん)「え?」
(私)「『私は能無しだ』っていうビリーフを持ってたりしません?」
(佐藤さん)「・・・ひっ(顔面蒼白)」
上手くハマれば、生きるのを邪魔してきたビリーフや、トラウマの解放につながるかもしれません。
でも、それは、これまで受けてきた私の好きな共感の質感とは、全く別なのです。
わが師RobertGonzalezはこう言うのです。
私のメンターである、安納献さんは、過去に何度かロバートに共感してもらった経験を話してくれました。
Robertは黙って、話を聞きながら、ただ横に居てくれる。
私も、「何とか相手を救いたい」という「私の欲望」の奴隷とならずに、ただただ、あなたの声を聴けるようになりたい。
NVCを想う時、Robertのたたずまいが、憧れとして湧き上がってきます。
Robertがいた2017IITのあの場あの時、Robertの共感をもらったあの経験。
そして、Robertのように在ることが私にできる。
星の見える秋の夜、焚き火を囲んで、あなたと座り、ただあなたの話を深く深く聴いていく。
私の命があふれ出る愛の流れとなり、その質感で、あなたを感じる。
そんなふうに、聴けるようになりたい
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