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モンゴルに見る自然療法の原点

過酷な自然環境が生んだオリジナリティ溢れる伝統療法

6月末、私が代表理事を務める和ハーブ協会の主催の『モンゴルハーブと伝統医療を訪ねる旅』に帯同した。

モンゴルの国土面積は、日本の4倍という広大さでありながら、全人口は日本の横浜市よりも少ない345万人、さらにその半分が首都ウランバートルに集中する。
つまり国土の大部分は人口密度が非常に低い”ありのままの大自然”だ。

その気候は、首都のウランバートルを例に挙げれば、緯度は北海道最北端の稚内市と同じで海抜は1600mということで、年間平均気温は0℃を下回り、年の半分以上の日は氷点下で過ごすということになる。
このような寒冷な気候では樹木はあまり育たず、国土の大部分を「ステップ」と呼ばれる草原地帯が占める。
このような過酷な環境で、モンゴル人はゲルという独自の移動住居と、羊の遊牧を中心に生活を成り立たせてきたのだ。

美しく、そして過酷な気候環境でもあるモンゴルの大草原

私がモンゴル伝統医療に関わるようになったきっかけは、南アジアの古代宗教から派生した伝統療法で、5000年以上の歴史を持つ”世界最古のエクササイズ”「ルーシーダットン」(サンスクリット語で「修行僧の自己整体術」)を、日本中に広めたことだった。

その噂を聞きつけたモンゴル国関係者から「モンゴルには『バレア』という5000年以上の歴史を持つと言われる手技療法がある。これを日本に広めて欲しいので、一度、現地に視察に来てくれないか?」というオファーを受け、2007年にモンゴル側の招聘で2回ほど渡蒙し、調査を行った。
その後、数回に及ぶ渡蒙などの色々な経緯を経て今に至るが、バレアなどの詳細についてはまた別の機会にてお伝えしたい。

モンゴル独自の手技『バレア』
(モンゴル伝統医療の第一人者、ボルドサイハン教授)


街中で売られる伝統薬草『ハルガイ』

モンゴルは前述した通り、大型植物が育ちにくい寒冷地帯である。そこに暮らす人々は家畜を頼りにしつつ、住まいを転々とする暮らしを強いられる。
よって、田や畑などの耕作文化は根付かず、野生植物が収穫できる時期も、かなり限られてしまう。

そのせいか、モンゴル人は食材に植物を食べる習慣はほぼ皆無だ。
使われる食材は羊肉、乳製品、小麦が大部分で、調味料もほぼ塩だけである(昨今は押し寄せるグローバリズムの波に飲まれ、ウランバートルでは輸入野菜がスーパーマーケットに大量に並ぶ現象が起きているが)。

そんなモンゴル人たちも、いざ病気や怪我をした時は、足元の植物たちを頼ることになる。モンゴルのおばあやお母さんは、毎年の6~9月には薬草を摘みに草原に出かけるのだ。
その代表的なハーブの一つが「ハルガイ(モンゴルイラクサ)」である。

ウランバートルの街中に群生する
「ハルガイ(モンゴルイラクサ)」

ハルガイの乾燥させた茎葉は、街中の薬草露店や、伝統医療薬局などでも売られている。
その煎じ汁は、飲用で胃腸の不調に効く他、外用では毛根や皮膚に良いと言い伝えられ、ハルガイを使ったシャンプー、石鹸、化粧品が市販されている。
植物関係の素材や商品の大部分が”海外モノ”であるウランバートルにおいて、数少ないモンゴルらしいお土産として、お薦めだ。

街中の露店で売られるハルガイを始めとした伝統薬草

"叫び草"はモンゴルの国民ハーブ

ハルガイは草原に群生するが、ウランバートルの街中でも普通に見ることができる。
以前、その姿からヨモギの一種かと勘違いして思い切り茎を掴んだことがあるが、その激痛につい叫び声を上げてしまった。

日本のイラクサは、茎を触った際に小さな棘に含まれるヒスタミンが皮膚に作用し、シクシクと長時間痛みが続き”イライラする”ことが、名の由来。
しかしハルガイはその痛みの激しさから、”モンゴルサケビグサ”と言うべきだと私は思う。

ちなみにモンゴルでは、”ハルガイに触った時に自分のおしっこをかけて治す”という民間療法が信じられている。
私が触った時にも、一緒にいたモンゴル人女性が盛んにその方法を勧めてきた。しかし頑なに断っていると、半分呆れた感じで「2週間ぐらい痛いわよ。」と脅された(実際は3時間ほどで痛みは引いた)。

なおハルガイは、モンゴルの代表的な伝統食の一つである「ホーショール(モンゴル式ヒツジの揚げ餃子)」には欠かせない食材だ。植物を滅多に使わない食文化において唯一、日常食に使われるハーブと言って良い。

モンゴルの国民食「ホーショール」
皮中の肉餡に刻んだハルガイがまぶされる

内服薬、整髪剤、皮膚薬、そして料理素材と、ハルガイは正にモンゴルの国民的ハーブということができるであろう。

次回はモンゴルの美しい森林に分け入り、そこに生える”モンゴルの足元のたからもの”について紹介していきたい。


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