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心地よい

よく分からねえなあ。よく分からねえ。薬のせいの寝不足で、今日はてんでなんも分からないのだけど、日本とは思えないほど完全に開け放した扉と窓から、自在に吹き抜けてゆく秋風が、目の端にちらつく蜻蛉の影が、柔軟剤と秋のまじった匂いが、隣の家から漏れるラジオの音が、心地よい。寝転がったその仰角 10° ほどの位置から規則的に聞こえる、自動車道の溝の、かたたっ、かたっ、という響きも、今日は心地よい。なぜか点いているテレビの、見るともなく見ている柄本明の話しぶりが、もうすぐ還暦を迎える親友の語り口と瓜二つで、それはもう、ほとんど日本の表舞台から喪われつつある《含羞》そのもので、だからこそ私は彼と彼をこよなく好ましく思うのだけど、そうだ、含羞、と言えば、ブックオフに預けてしまった太宰の『饗応夫人』を読みたくて、朝一番、車で15分、いちばん品揃えのよい書店に行ったのに、すっかり目的を忘れて、やはり実用的な本を買ってきたことなど、言わなければただの勤勉な暇人なのに、読まなくとも、本屋自体がオアシスであったので、忘却とは最善の一手、というあの金言を、つらつらと心地よく思うにつけ、よく分からねえのは、頭が変わる前も後も、やはり相変わらずよく分からねえから、よく分からねえことを心地よいと思える、この秋風の昼下がりは、ひとつの短編映画のささやかな大団円、うつけのように書きながら、銀行に寄る用事やら、した方がよい電話ふたつやら、コマーシャルのように思い出したが、この心地よさこそが今日の用事、明日はまた、明日の用事に耳をすませる。それにつけても、『深夜特急』のインドあたりで出てきた、'Breeze is nice.' は人類普遍の原理であり、このテクストはかかる原理に基づくものであることよ。またぞろ本屋に行きたいが、気だるさに任せて、うとうとしよう。

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