見出し画像

今になって

昼寝中にスポーツをしていた頃の嫌な思い出が蘇ってきた。高校の頃。長距離を走っていた。
今でも許せない心の狭い自分が惨めだけど、いつも書いているこの日記に書こうと思う。
今日はどうやってもこれを書かないと。

高校3年の秋。
最後の近畿駅伝で走れるレギュラーはあと1人。その日は最後の一人を決める3000mのトライアルだった。
すでに区間を得ている6人を除いたそのほかの当落線上のメンバーが一斉に3000mを走る。
そこで許せない奴が一人。仮にKとする。

Kは学校の中心的な人物で、自分が気に食わない人がいると巧妙に根回しして、いじめの対象にすることができる。僕も何度かその標的になった。
誰とも話せず、朝7時30分から朝練して、周りを気にしてドキドキしながら6時限目まで授業を受けて、孤独感の中放課後も10km近く走ってヘトヘトになった後、心細く一人で真っ暗な帰り道を8km自転車を一人で漕ぐ。
田舎の国道で速度を出しすぎている車が自分の背後からビュンビュンと追い抜いて何台も遠ざかっていく。シンとする。いつか引かれるかも。耳に田んぼで鳴く虫と蛙の声。
そんな日を送っていた。

話をレースに戻そう。
最後の選考レースにはルールがあった。
本番のレースを想定して、最初の1000mを3分10秒で通過するというものだった。
駅伝は個人の記録会ではない。
当然個々の記録も大切だが、絶対に失敗せずにタスキを42.195km繋ぐごとが大切だ。
3年間毎日走ってきたメンバーの一生に一回の舞台になることだってある。全員の同意の元ならもちろんいいが、個人の勝手な判断でオーバーペースで突っ込むのはあまりにもリスクがあるし無責任だ。

だからその日の選考レースでも最初は安定したペースで始まって、そこからどれだけ伸ばせるかという走りで誰が一番速いか。そして一番最初にゴールしたメンバーが最後の一人に内定する。そういうルールだった。

でも案の定というか、Kはそのことを無視して最初の1000mで大きくリードを奪う走りをした。みんなそれができるならそうしたいと思っていたが、しなかった。チームの一人を決めるためだから。
でも、そこで腹を立てたらKの思うツボだ。グッと堪えてチャンスを伺う。
それでも校庭に引かれたラインの内側をバレないようにショートカットしていくK背中が憎くて呼吸が乱れそうになる。

レース展開に変化があったのは、1500m付近だった。
Kの後続の僕たち第二集団との距離が縮まって、集団がKを飲み込み追い越そうとしていた。

そのままKが先頭でゴールするのが最悪だと思っていたので、正直ホッとする。でも敵はKではない。今Kに変わって先頭に出ようとしている、後輩のFに勝たなければ、レースには出られない。気持ちを切り替える。

そして集団がKを抜かしていく。僕もKを外側から抜かそうという時に、それは起きた。

何かが左肩を強く打った。
突然のことに面食らって呼吸が大きく乱れる。
野球部の硬式球が飛んできたのかと思ったが方向的におかしい。なんだこれはと思って、気を取り直して走ろうとするとまた衝撃が肩を打つ。走りが乱れる。

衝撃の正体はKの肘だった。

明らかにわざと。
この3年間何かと因縁をつけてきた。僕に抜かされるのだけは気に入らないのだろう。勘弁してくれ。3年間の努力が今日にかかっている。

抜かすことができず逆に距離が空く。
もう一度、今度は少し距離を取るために大きく膨らんで走る。もちろんロスだ。後輩のFとの距離はこのしょうもないKの妨害に付き合っている間にも空いていく。

もう一度ストレートで抜かそうとしたが、自分の足音を察知して、Kもそれに合わせて大きく膨らんでくる。もう、ほんまにやめてくれ。
肘が伸びてくる。今度は強引になんとか抜かす。

残りは1000mほど。
Fとの距離を見る。

背中が小さい。Fはもう、追い抜かせそうにない距離にいた。

結局3秒Fには届かなかった。3年間補欠のまま、陸上生活を終えることが決まる。
あと3秒。
結果的にKには勝った。でもそれにはなんの意味もない。僕の勝負はそんなところでは行われていない。

妨害がなかったら。そう考えずにはいられなかった。頭が真っ白だった。混乱していた。
もうこれで終わり?まじで?
泣きそうだったけど堪えた。負けは負け。そう思おうにも思えなかった。
肘で打たれた場所が痛む。

ダウンが終わってからKの方から珍しく話しかけてきた。
謝ってきても許さんぞ。と思って身構えると。

「やるやん、お前から接触に文句言ってきたら、『根性なし、何いうてんねん。それも含めて勝負やで』って教えたろう思っとった」
と言われた。
は?なんで上から目線?
関わっているだけバカだと思って、何も言い返せなかった。もちろん誰にもそんなことされたことは言わなかった。

なんで今になってこんなことを思い出すのだろう。
もう29歳の土曜日だ。そんなこと忘れて、夜は豪華に美味しいものでも食べればいいのに、狭い寮の部屋でこれを書いている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?