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速さが代替する欲望

パトカーが目の前を爽快に走り抜けていった。

ジムに向かう際の交差点、「パトカー通ります。道を開けてください」
音量の割にのぶとく低い声が道に響く。

パトカーの前方にいた信号待ちのハイエースがゆっくりと身を捩り、1台分のスペースを開ける。

誰かに背中を押されたみたいにポンッとパトカーが交差点に飛び出し、湾曲した道の向こう側に消えていく。


サイレンの音が小さくなるまでそう時間はかからなかった。

余韻の中で偶然目にした光景の作用で自分の疲れとも、ストレスとも判然としないモヤモヤしたものが少し軽減されていることを発見する。

パトカーが出動しているのだ。行き先では良くないことが起きているのは明白だ。
でもそんなこと都合よく取り除いて、自分の心に居座っているのは白と黒の車体の加速の良さだけだった。

ものが早く動くことに、本能的にスカッとする成分が含まれているような気がした。

原因を自分の中で探してみるといくつも仮説が出てくる。
日々時間に追われていることから潜在的に速く移動したいと思っているからかもしれないし、かつて陸上やボート競技で「速さ」で序列が決まるスポーツに晒されて、人並みかそれ以上に速さが足りなくて負けてきたからかもしれない。

ともかく速く動くものを見てスカッとした。

自分の中にちょっと凶暴で、普段は顔を見せない欲望の種みたいなものを感じる。

そのあとジムでいつもより僅かに重い重量を挙げられたのは何かの偶然だろうか。
それとも何かが。得体の知れない何かがすこし刺激を受けたのかもしれない。

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