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タトエ、魂になっても【バルバッティン完結編】

タトエ:「お母さん、お母さん…?」

母:「うーん…。だあれ?」

タトエ:「例(レイ)だよ。レイ。…タトエだよ。」

母:「レイ…?…ああ、タトエ。おはよう。」

タトエ:「お母さん、起きてたの?まだ寝てるかと思ったよ。」

母:「…今日は、何月何日?何曜日?」

タトエ:「えっとね、今日は4月27日、火曜日だよ。」

母:「…昨日は、よく眠れた?」

タトエ:「うん。よく眠れた。お母さんは?」

母:「よく眠れた、よく眠れたよ。
…ねえ、タトエ、もう少し、ゆっくりしてもいい?」

タトエ:「もちろんだよ。好きなだけ、ゆっくりしていいよ。」

母:「あのね、お母さん、…不思議な夢を見たわ。」

タトエ:「え?…どんな夢?」

母:「タトエが、雪の中、泣いている夢。」

タトエ:「ふふふ…雪なんか、もう降ってないよ?」

母:「それが、とてもきれいなの。美しい子だわ。あなたは。」

タトエ:「それで、お母さん、泣いてるわたしを見て、どうしたの?」

母:「泣いてるあなたを見て、傘を差しだしたわ。」

タトエ:「それで、わたしはどうしたの?」

母:「あなたは、少し警戒してたわね。」

タトエ:「え…?だって、お母さんなんでしょう?」

母:「そうだけど、そうじゃないの。」

タトエ:「お母さんだけど、わたしには、お母さんが見えないってこと?」

母:「お母さんじゃなくて、違う人に見えるみたい。」

タトエ:「そう。でも、なんでわたしは泣いてたの?」

母:「恋人にね、裏切られたんだって。」

タトエ:「ええー笑
いやな夢だなあ。それで、お母さん、
ちゃんとその恋人を叱ってくれた?」

母:「だって、お母さんは、夢の中で、
暖かいコーヒーをおごってあげるくらいしか、
できなかったんだもの。」

タトエ:「そっかあ。お母さん、知らない人なのに、
コーヒーおごってくれたんだ?」

母:「それから…靴下も。靴下も買ってあげたわ。」

タトエ:「お母さんは優しいね。ありがとう。」

母:「タトエ、タトエは、お母さんのこと、好き?」

タトエ:「どうしたの、急に。」

母:「お母さんはね、タトエがいくつになっても、タトエと一緒にいたい。」

タトエ:「ふふふ…そっか。その言葉、忘れないよ。」



母:「…おはよう、タトエ。」

タトエ:「おはよう、お母さん。よく眠れた?」

母:「ええ、よく眠ったわ。今日は、何月、何日?」

タトエ:「今日は、4月28日、水曜日だよ。」

母:「眠いわ。とっても眠い。春だからかしら?」

タトエ:「そうだね。わたしも眠い。でも、いまはまだ眠ったらいけないよ?」

母:「わかってる。今日も、ゆっくりできる?」

タトエ:「当たり前でしょ?」

母:「タトエ。お母さんがこんなこと言ったら、どうする?」

タトエ:「どんなこと?」

母:「タトエは、実は男の子だったのよ。」

タトエ:「ええ?笑」

母:「うふふ…おかしな夢見ちゃった。」

タトエ:「どんな夢?」

母:「タトエが男の子でね、学校の先生なの。」

タトエ:「お母さんも?学校の先生なの?」

母:「お母さんは、女子高生なのよ、うふふ」

タトエ:「ええーずるいなあ。」

母:「タトエが新任教師で、お母さんが、転校生…」

タトエ:「転校生かあ。お母さんが、学校にいるなんて、変なの。」

母:「だって、女子高生の姿をしてるんだもの。いいじゃない。」

タトエ:「それで、ふたりは、どうなるの?」

母:「タトエはね、男の子なんだけど、男の先生が好きなんだよね。」

タトエ:「へえ~。もしかして、ダンディなひげのある先生?」

母:「そうよ、片桐先生…だったかしら。」

タトエ:「それなら、たぶん、お医者さんの片桐先生だよ。」

母:「タトエは、その先生のこと、好きなの?」

タトエ:「ふふふ…それは教えない。」

母:「いいわよ。じゃあ、お母さんの初恋の相手も教えないわ笑」

タトエ:「夢の中で、お母さん、恋してたの?」

母:「そうよ。あんなに胸がドキドキすることって、もうないって思ってた。」

タトエ:「へえ~。どんな子だったの?初恋の相手は?」

母:「うふふ…ミヤモトヒビキちゃん。」

タトエ:「ヒビキちゃん?
って、わたしの従姉妹(いとこ)のヒビキちゃんのこと?」

母「そうよ、あなたと大の仲良しになるはずのね。」

タトエ:「女の子が好きだったの?お母さん。」

母:「そうみたい。おかしいわよね笑」

タトエ:「でも、わたしが、片桐先生を好きで、
お母さんが、ヒビキちゃんを好きだったなんて、
なんとなくわかるなあ。」

母「わたしたち、気が合うわね。」

タトエ:「ほんと、親子だね、わたしたち。」

母:「ほんとね。本当の親子って感じがするわ。」

タトエ:「それで、どうなるの?」

母:「どうなるって?」

タトエ:「わたしたち二人の、恋の行方。」

母:「それは…なんとも言えないなあ。」

タトエ:「いいじゃない、教えてよ。」

母:「そこは、夢の中ではうまくいかないのよ。」

タトエ:「なんだあ。わたし、
もしかして片桐先生と結ばれるのかと思ったのに。」

母:「タトエは、お母さんが守ってあげる。」

タトエ:「…ありがとう。わたしも、お母さんを守るよ。」

母:「うん、タトエは、優しいもんね。」




母:「…タトエ。」

タトエ:「お母さん?起きてたの?」

母:「お母さんね、あなたに謝らなくちゃいけないことがあるの。」

タトエ:「なあに、まだ目覚めたばかりじゃない。」

母:「今日は何月、何日?」

タトエ:「今日は、4月29日。どうしたの?」

母:「あのね。お母さんね、あなたを授かる前、一度妊娠したことがあるの。」

タトエ:「…え?」

母:「今日は、そんな夢を見ちゃった。」

タトエ:「夢の中ででしょ?びっくりした。そんなの謝ることじゃないよ。」

母:「いいえ。夢だけど、夢じゃないの。」

タトエ:「お母さん…泣いてるの?」

母:「ふふ…泣いているみたい。」

タトエ:「泣きながら、笑ってるわよ、お母さん?」

母:「お母さんには、もう一人、子供がいたんだった。
それは、流れてしまったけれど、男の子だったみたい。」

タトエ:「どうして、そんなこと、わかるの?」

母:「あなたが教えてくれたのよ。
お兄ちゃんのこと。」

タトエ:「そっか…。わたし、お兄ちゃんのこと、好きだったかな。」

母:「それはもう、お兄ちゃん子だったみたいよ。
だって、あなた、お兄ちゃんのお墓参り、毎日行ってたみたいだから。」

タトエ:「お兄ちゃんのお墓って、本当にあるの?」

母:「…ないわ。ごめんなさい。水子供養に、お寺さんに通ったくらいよ。」

タトエ:「夢の中で、お兄ちゃんと会えた?」

母:「お母さんはね、夢の中で、お兄ちゃんの恋人だった。」

タトエ:「へえ…素敵だね。」

母:「お兄ちゃんと、文通していたの。長いこと、文通していたわ。」

タトエ;「それで、わたしたち、会ったの?」

母:「そうよ、わたしたち、お兄ちゃんのお墓で、ばったり会ったの。」

タトエ:「運命だね。きっと。」

母:「お母さん、びっくりしたわ。」

タトエ:「どうして?」

母:「だって、あなたったら、ろくに食べもしないで、
お兄ちゃんにとりつかれてたから。」

タトエ:「大丈夫、わたしはここにいるよ。」

母:「どこ?どこにいるの?」

タトエ:「ここよ、わたしはここに、ちゃんといるわ。」

母:「あなたは、食べてるわよね?ちゃんと、食べてるわよね?」

タトエ:「食べてる。ちょっと食べ過ぎなくらい、食べてるよ。」

母:「よかった…。お兄ちゃんが、あなたを連れて行かないか、
心配になってしまって。」

タトエ:「わたしは、ここにいるよ。お母さんのそばに、ずっとね。」




母:「おはよう…。タトエ?」

タトエ:「うん…?もう起きたの?お母さん。」

母:「そうなの。今日は、早く目が覚めちゃって。
ごめんなさい。起こしたかしら。」

タトエ:「ううん。わたしも、もう起きなきゃって思ってたところ。」

母:「今日は、何月何日?」

タトエ:「今日は、えーっと、4月30日。もうすぐだよ。」

母「ねえ、お母さん、寝言言ってなかったかしら?」

タトエ:「寝言?…またなにか夢を見たの?」

母:「タトエがね、お父さんそっくりになってた夢を見たの。」

タトエ:「ええ?またわたし、男の人になってたの?」

母:「どこからどう見ても、お父さんだったわ。
スーツ着て、ぴしっとして、
格好良かったわ。」

タトエ:「それで、お父さんとお母さんはついに出会うの?」

母:「出会うんだけどねえ。
わたしもスーツを着た、お父さんの同僚なの。」

タトエ:「へええ笑 なにそれ。変なの。」

母:「タトエはね、イヌが怖いんだって。」

タトエ:「そうなの?ああそっか。一度、びっくりしたことあったもんね。」

母:「そうよ。あのとき、あなた危なかったのよ?」

タトエ:「それで、わたしとお母さんは、なにしてたの?」

母:「オオカミに出会うの。」

タトエ:「オオカミ?童話とかに、よく出てくる?」

母:「そんな、怖いオオカミじゃなくてね。本物のオオカミ。」

タトエ:「そっちのほうが、怖いじゃない笑」

母:「そうかしら?なんだか、モフモフしてて、可愛かったわよ。」

タトエ:「わたしも、オオカミをモフモフしてた?」

母:「いいえ。あなたは、オオカミを見たら、気絶しちゃったわよ。」

タトエ:「やっぱりね!夢にも、遺伝ってあるのかな?」

母:「あるのかもね笑 
あなたは、わたしの夢の中で、夢を見ていたわ。
やっぱりわたしの子ね。」

タトエ:「お母さんが、助けてくれたの?」

母:「そうよ笑あなたが、助けて~って叫ぶものだから。」

タトエ:「ふふ笑 それで、どうして『寝言が』、なんて、言い出したの?」

母:「ああ、寝言ね。なんだか、
あなたに申し訳ないことしちゃったみたいだから。」

タトエ:「どうして?」

母:「タトエがね、言ってたの。わたしの愚痴を。」

タトエ:「どんな愚痴?」

母:「『奥さんも、母みたいになったらいやだなあ』って。」

タトエ:「ええ~?わたしに奥さん?笑
あ、そっか、わたしはお父さんの姿なんだった。」

母:「ああ~。そうよね。…てことは?
あなたの言ってた「母」って、おばあちゃんのことかしら。
…よく出来てるわよね、夢って。」

タトエ:「お父さんも、イヌが嫌いだった?」

母:「わかんない。
だってそんなことを聞く暇もなく、別れちゃったから。」

タトエ:「そうだよね。お見合いで「イヌは好きですか」なんて、
聞かないよね。」

母:「うふふ。よほどのイヌ好きじゃなければね。笑」

タトエ:「それで、結局、わたしとお母さんは、どうなったの?」

母:「一緒に、逃げ出した…んじゃなかったかしら?」

タトエ:「もう。肝心なところ、覚えてないの?」

母:「だって、夢って、そういうものでしょう?」




タトエ:「お母さん。お母さん?」

母:「うーん…。タトエ?」

タトエ:「ごめん、寝坊しちゃった。」

母:「え、ああ、そうだ、今日は何月何日?」

タトエ:「今日はね、5月1日。」

母:「5月1日って!」

タトエ:「そうよ。わたしの誕生日。」

母:「ああ…。」

タトエ:「わたしはね、もうすぐ産まれるよ。」

母:「そっか…。じゃあ、もう、わたしたち、会えないのね。」

タトエ:「わたし、お母さんの夢、全部知ってるよ。」

母:「そりゃそうよ。だって、あなたはお母さんの子だもの。」

タトエ:「タトエって名前、つけてくれてありがとう。」

母:「だって、まだ、決まってないんだもの。
『例えば』、って意味で、あなたをそう呼んでたわね。」

タトエ:「お母さん、お母さんのお腹の中は、すごく居心地よかったよ。」

母:「ずっと、わたしったら、夢の話ばかりして、ごめんね。」

タトエ:「だって、お母さんは、事故に遭って、
ずっと眠っているんだもの。仕方ないわよ。」

母:「だけど、あなたを産んであげることが出来て、お母さん、うれしい。」

タトエ:「わたしがお腹にいなかったら、お母さん、どうしてた?」

母:「たぶん、とっくにいなくなってた。さよなら~って。」

タトエ:「お母さんと話が出来た、5日間を、わたし、覚えていたい。」

母:「あなたは、きっと、美しく産まれて、
恋をして、挫折もちょっと経験するわね。」

タトエ:「それで?わたし、どうなるの?友達出来るかな?」

母:「きっと、素敵な友達ができるわ。
ヒビキちゃんみたいな、友達が。」

タトエ:「それから?それから?」

母:「片桐先生と、恋に落ちるわね。」

タトエ:「片桐先生は、わたしを取り上げてくれる、病院の先生だよ?」

母:「そっかそっか。だったら、困ったときは、その先生を頼りなさい。」

タトエ:「はーい。
…お母さん、それから?最後の夢の話はしないの?」

母:「お母さんね、わがままだから。
最後にあなたを独り占めしたいって思っちゃったの。」

タトエ:「うんうん。わかるよ。」

母:「あなたを、旦那さんに渡すのなんか、嫌だーって思っちゃったのよ。」

タトエ:「だからって、社内不倫はないんじゃない?笑」

母:「あはは…そこは、お母さんの心配してることでもある笑」

タトエ:「なるほどね。3軒隣のきれいな奥さんには、
お父さんを近づけないようにする。」

母:「うんうん。でもお父さんにいい人が出来たら、応援してあげてね。」

タトエ:「家の中に、鏡は置いちゃいけないの?」

母:「そうじゃないの。あなたを、あなた自身からも、守ってあげたかったの。」

タトエ:「わたし自身から?」

母:「人間ってね。自分で自分を苦しめたり、傷つけたりすることもあるのよ。」

タトエ:「だから、お母さんはわたしの分身を消しちゃったのね。」

母:「そうね。ごめんなさい。あなたを独り占めしたいって。
お母さんの、最後のわがままだったのかもしれない。」

タトエ:「いいよ。わたし、お母さんの子供だもの。
いつでも、お母さんのわがままに付き合うよ。」

母:「タトエ。あなたはいい子だわ。
いつも、小さな小さなわたしを一緒に連れてってくれたわよね。」

タトエ:「そうよ。だって、お母さんは、バルバッティンだもの。」

母:「バルバッティン…。」

タトエ:「わたし、ずっと記憶の奧底で、わかってたの。
お母さんはバルバッティンなんだって。」

母:「お母さん、バルバッティンになって、タトエの夢にでてきてもいいかな?」

タトエ:「もちろんだよ。いままでもそうだし、これからも、そう。」

母:「さようならは言わないよ。
たとえば、魂になっても、お母さん、ずっとあなたのぞばにいる。」

タトエ:「ありがとう、お母さん、わたしはいま、産まれてくるね。」

母:「(遠くに向かって)ありがとう。例(レイ)くん。例(レイ)ちゃん。
また、夢で逢いましょうね。」




タトエM:わたしには、ふたつ、名前がある。

ひとつは、お父さんがつけてくれた素敵な名前。

そして、もう一つは、夢の中の母がつけてくれた、

「タトエ」という秘密の名前。

年々、忘れそうになるのだけど、

そうすると、ふと夢にバルバッティンが現れて、言うのだ。

「あなたは、レイだよね?」って。

「そう、にんべんに列(れつ)と書いて、レイよ。」

わたしは夢の中で答えるのだ。

たくさんのいのちの列に並んでいる自分がいる。

そうして、目覚めると、あ、そっか。

わたしは、「タトエ」だったんだって思い出す。

ありがとう、お母さん。わたしを産んでくれて。

ありがとう、お母さん、5日間も、一緒に夢を見てくれて。

母は、わたしを妊娠中、事故に遭い、昏睡状態に陥った。

そして、5日間眠り続け、わたしを産むと、記憶喪失になっていた。

助かったことが、どのくらい奇跡的なことか、わたしは後々知ることになるのだけれど。

いまでも、お母さんは、バルバッティンになって、

わたしを夢の中まで、追いかけてくる。

夢の中で、涙を流すし、すぐに人を好きになるし、ロマンチストで、

お節介で、ちょっとわがままも言う。

だから、わたしの中に、バルバッティンは生き続けるのだ。

バルバッティンは永遠に続く、いのちの象徴だから。


END


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