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バルバッティン『墓参り』編

0:2台本

レイ♀:
バルバッティン♀:

レイM:
だれかのお手本になるような人間になりたい。

そう言ったのは、お兄ちゃんだった。
優等生だった、わたしのお兄ちゃん。
学校の成績は、いつも一番。
運動会では一等賞。
いつも目立っていて、光って見えた。

いつからだろう。
兄のまねをするようになったのは。

わたしは、宿題を黙々とこなし、
たくさんのお教室をかけもちして、
友達をどんどん蹴落とした。

ねえ、なにが違ったんだろう。
わたしとお兄ちゃん。
お兄ちゃんの周りには、人がたくさん集まった。
お兄ちゃんは、人気者だった。
お兄ちゃんは、格好よかった。

だって、わたしのお手本だもの。
わたしをふたつに切り取った、分身だもの。

…憎まれっ子、世にはばかる?

なんで、わたしが生き残ったんだろう。
お兄ちゃんが死ぬなんて、
どういう采配(さいはい)なんだろう。


レイ:「あのう…。兄の、知り合いの方ですか?」

バルバッティン:「…ん?」

レイ:「こんにちは。わたし、家族なんです。
ここ、うちのお墓なんですけど。」

バルバッティン:「ああ、あなた、もしかして、妹さん?
レイさん…でしたっけ。」

レイ:「はい、よくご存知なんですね。
兄とは、親しかった…ご友人ですか?」

バルバッティン:「うふふ…ちがいますよ。」

レイ:「じゃあ、うちのお墓に、なにか?」

バルバッティン:「わたし、お兄さんと、お付き合いしてた者です。」

レイ:「え!?お兄ちゃんの、彼女…さんですか?」

バルバッティン:「そうです。急なことで、
わたし、お葬式に出られなかったもので。」

レイ:「お兄ちゃんの彼女なら、お葬式、出てましたけど?」

バルバッティン:「あはは…あー。
わたしはね、お兄さんの、昔の彼女、かな。」

レイ:「へえ…お兄ちゃんらしい。」

バルバッティン:「…え?」

レイ:「昔って、どのくらい昔の彼女さんですか?
わたしが知らないってことは、大学?
前の病院にいた頃ですか?」

バルバッティン:「ああ、もっと昔です。
中学校のとき、ちょっとだけ。
恋愛ごっこみたいな関係だった、っていうのかな。」

レイ:「…うそ!ちょっとびっくり。
お兄ちゃんに彼女ができたのって、
高校生からだとばかり思ってました。」

バルバッティン:「へえ。…あの子のことかな。」

レイ:「知ってるんですか、純子さんのこと。」

バルバッティン:「わたしたちね、ずっと文通してたの。」

レイ:「文…通?このご時世に、珍しいですね。」

バルバッティン:「ええ、古くさいことするの、好きだったんですよ。
お兄さんも、わたしも。」

レイ:「…いつまで、文通してたんですか?」

バルバッティン:「今年のバレンタインデーまで。」

レイ:「ええ!?そんなに続いてたんですか!?」

バルバッティン:「うふふ…わたしのほうが筆無精なとこがあって、
お兄さんのほうが近況報告してくれること、多かったかな。」

レイ:「へえ…。まあ、真面目な兄でしたから。
なんとなく、わかります。」

バルバッティン:「レイさんも、さぞ、気落ちされたでしょうね。
このたびは、ご愁傷様です。」

レイ:「…はい。お心遣い、ありがとうございます。」

バルバッティン:「そんな、堅苦しくなさらないで。
わたし、あなたのこと、本当の妹みたいに思ってました。」

レイ:「…それって、どういうことでしょう?」

バルバッティン:「お兄さんね、とっても家族想いなかたで、
あなたのことなんて、中学に入ったくらいから、仔細もらさず
伝えてくださってたのよ。」

レイ:「え…本当ですか?」

バルバッティン:「ええ、美術部に入ったとか。
友達ができたようだとか。
高校に推薦で受かったとか。
さすがに、家を出てからは、大学入学と、
就職祝いくらいでしたけど。
それまでは、日常の細やかなことまで、
お兄さん、書き記してらっしゃるわ。」

レイ:「いやあ…なんか、そう聞くと、お恥ずかしいです。」

バルバッティン:「そうそう、今日、この後、
ご実家のほうにも伺おうと思ってたんです。
ご存知なかったですか。」

レイ:「はい…わたし、実家を出て、
今は朝凪(あさなぎ)のほうで暮らしてるんで。」

バルバッティン:「そうなんですね。だったら、ちょうどよかった。
あなたにお渡ししようかしら。」

レイ:「…?なにをですか?」

バルバッティン:「手紙ですよ。たくさんあるんです。手紙。
あなたのお兄さんが直筆で書かれたものだもの。
ご家族にお渡しするのが、筋かなって。」

レイ:「あの…そもそも、なんで、兄と文通を始められたんですか?」

バルバッティン:「お兄さん、モテモテだったでしょ、中学校のとき。」

レイ:「そう…ですね(笑)
…その割に兄は照れ屋だったから。
思春期って、モテてる男子ほど、誰とも付き合わなかったりして。
そういうもんじゃないですか?」

バルバッティン:「あはは…そうそう。そういうとこ、ありますよね。」

レイ:「その兄を、どうやって振り向かせたんですか?」

バルバッティン:「あのね…机に落書き残したんです。」

レイ:「兄の机に?」

バルバッティン:「そうそう。移動教室なんかで、
違うクラスの教室で授業受けたりしたでしょう?
そのとき、わざと彼の席に座って。
こっそりペンギンのマークを描いたんです。」

レイ:「ペンギン?かわいいですね。」

バルバッティン:「ペンギンって聞くと、
かわいい動物だって思うじゃないですか。
でもね、その頃、わたし成長期で。
足のサイズが男子並みに大きかったんです。
それをコンプレックスに思ってるの、彼は知ってて、
『おまえ、ペンギンみたいだな』って、
からかわれたことがあったんですよ。」

レイ:「ふふっ…兄もそんな意地悪するようなとこ、
ちゃんとあったんだ。」

バルバッティン:「そうですよ、お兄さんも、
普通の思春期の男子だったんです。」

レイ:「それで、どうなったんです?」

バルバッティン:「次に移動教室で、彼の席に座ったら、
わたしの描いたペンギンが、
ハートマークを出してだんです。
わたし、ひとりで真っ赤になりました。
なにもかも、見透かされてる気がして。
びっくりしました。」

レイ:「うわあ。お兄ちゃん、なかなか攻めますね(笑)」

バルバッティン:「でしょう?それでわたし、こっそり授業中に、
手紙を書いたんです。彼への、はじめてのラブレター。」

レイ:「それで?お兄ちゃん、どうしたんですか?」

バルバッティン:「お返事、くれました。
…シロクマよりって。」

レイ:「シロクマ?ふふふ…それって仲良しってことですか?」

バルバッティン:「いいえ。ふたりは出会うことはないって意味です。
実際、彼はサッカー部で年中忙しかったし、
わたしは文芸部で、外に出ることはありませんでしたから。」

レイ:「ええー!そんなの悲しいじゃないですか。」

バルバッティン:「そうですよ。文通が始まったころに、
わたし、なんでシロクマなのって聞いたんです。
そしたら、彼が、『一番遠くで想い合ってたら素敵だな』って。」

レイ:「うっわ。さむ。お兄ちゃん、さむ。」

バルバッティン:「あはは!お身内のかたに、
こんなに詳細話していいのかなあ。
なんか、あの世で、怒ってないかしら。」

レイ:「怒ってるかもなあ。
家族には、そんなロマンチックな一面、
見せなかったから。」

バルバッティン:「意外に、ロマンチストのかたまりみたいな人でしたよ?」

レイ:「へえ…。そうなんですね。
女の人にはそんなこと言ったりするんだあ。」

バルバッティン:「そうですよ、お兄さんがモテてたのは、
容姿がいいとか、頭がいいとか、
そんなことじゃなかったんですよ?」

レイ:「わたし、…お兄ちゃんをお手本にして育ったんです。」

バルバッティン:「彼をお手本に?
あなたは、あなたの才能がおありでしょう?」

レイ:「そんなの、わたしなんて、努力して努力して、
やっと人並みに追いつけるくらいです。
お兄ちゃんとは…違うんです。」

バルバッティン:「あら、あなたの描いた絵、
お兄さんそりゃもう、絶賛してたわよ?」

レイ:「絶賛?
お兄ちゃんが?」

バルバッティン:「そうそう。おれにはない才能だって。」

レイ:「…そうですか。
でも、そんなの、わかんないじゃないですか。」

バルバッティン:「何度も県の賞を取ってらっしゃったとか?」

レイ:「絵なんか描けたって、
それで食べていけるほどのものじゃありませんから。
わたしの絵なんて、目のある人が見たら、
なんじゃこりゃ?って代物ですよ。」

バルバッティン:「そうですか?わたし、あなたの絵、
すごくドキっとさせられましたよ。」

レイ:「え…?わたしの絵、見たんですか?」

バルバッティン:「はい。お兄さんが、封筒に同封してくれました。
妹が描いたんだよって。」

レイ:「それ、ただの落書き…。」

バルバッティン:「落書きには、見えませんでしたけど?」

レイ:「いやいや、家で描き散らかしたものなんか…。
そんなの、恥ずかしいです。
お兄ちゃん、なにやってるんすか…。」

バルバッティン:「けっこう、何枚も送ってくださいましたよ?
デッサンなのか、下書きなのか。
でも、緻密で迷いのないタッチで、
天性のものだなって思いました。」

レイ:「うわあ。恥ずかしいです、恥ずかしいですよ。」

バルバッティン:「…その反応を見る限り、今も描いてらっしゃる?」

レイ:「…わかりますか?」

バルバッティン:「わかりますよ。」

レイ:「誰にも内緒で、描いてるんです。なんだか、それだけが、
わたしの生きてる時間なんです。」

バルバッティン:「生きてる…時間?」

レイ:「そうなんです。ほかの時間は、なんていうのかな。
ただ、周りの人間に溶け込んでるだけで。」

バルバッティン:「うふふ…その気持ち、よくわかります。」

レイ:「あなたも…!なにか、趣味をお持ちですか?」

バルバッティン:「はい、バル…〈言葉につまったように〉
バルに行くことくらいでしょうか。」

レイ:「バル?バルってスペインの?」

バルバッティン:「まあ、飲み歩くのだけが、趣味みたいなもので。
ふふふ…なにかを作り出すひとって、すごいなあ。」

レイ:「へえ。でも、飲み歩きも、楽しそうですね。」

バルバッティン:「今度、一緒に行きます?
あ、今はそれどころじゃないか…。ごめんなさい。」

レイ:「…事故のことですか?
はい。…そりゃもう、父が気落ちしちゃって。
自分が運転してたものですから、なおさらです。」

バルバッティン:「そうだったんですね…。
あなたは、もう大丈夫なんですか?」

レイ:「四十九日も過ぎましたし。
なんとか、日常に戻りつつあります。」

バルバッティン:「じゃあ、なんでこんなところにいるんですか?」

レイ:「え?」

バルバッティン:「お花、新しかったから。おはぎも。
あなたなんでしょう?
今日も、なにか持ってきてらっしゃるようだし。」

レイ:「ああ、これですか。おにぎりです。
今日は、おはぎ作ってる時間なくて。」

バルバッティン:「今日は?
毎日、おはぎ作ってるんですか?」

レイ:「…はい。いけませんか?」

バルバッティン:「…いえ。びっくりしただけです。
本当に毎日、おはぎ作るんですね。」

レイ:「そうですよ。お兄ちゃん、おはぎにだけは、うるさかったから。
粒あんだと、口の中がもごもごするらしくて、
こしあんのねっとりした感触が好きだって言ってました。」

バルバッティン:「それ。あなたは食べないんですか?」

レイ:「わたしが?わたしはそんな、おはぎ好きじゃありませんし。」

バルバッティン:「食べたほうが、いいですよ?」

レイ:「どうしてですか?」

バルバッティン:「だって、あなた、そんなに痩せちゃって…
見てるのもかわいそうだわ。」

レイ:「わたし、そんな、痩せてないですよ。
むしろ、太ってるし。
この機会に、ちょっとダイエットできるかな~なんて。」

バルバッティン:「いえいえ。なに言ってるんですか。
あなたはもう、十分に痩せています。

〈手を握って〉ほら、凍えてるじゃないですか。」

レイ:「あれ?おかしいな。今日、…そんな、…寒いかな。」

バルバッティン:「もう春も近いっていうのに、あなた、震えてる。
これがどういうことか、わからないわけじゃないでしょう?」

レイ:「なんだろ?わかんないです。」

バルバッティン:「ろくに食べてないからでしょう?
わかってるくせに、なんでそう無理するんですか。」

レイ:「無理なんか…してませ」

バルバッティン:「なんでそう無理するの!?」

レイ:「〈泣き出しそうになりながら〉だって…。」


レイM:
だって、わたしはお兄ちゃんじゃないから。
死んだのが、わたしじゃなくて、お兄ちゃんだったから。
お父さん、抜け殻みたいになってるから。
それって、わたしじゃなかったからだから。
ごめんね、お父さん。ごめんね。


言葉の代わりに、あふれ出すように胃液があがってきて、
わたしはその場で、少し、吐いた。

気持ちよかった。

吐いてるのと同時に、涙もどんどんあふれ出してきて、
止められなかった。

そのあいだ中ずっと、女性はわたしの背をとんとんして、
うんうん、と、なにに対してかわからないけれど、
同意してくれていた。


しばらくして彼女の差し出すハンカチをもらうと、
わたしは、持ってきていたペットボトルの水で、
うがいをした。


バルバッティン:「落ち着いた…?」

レイ:「はあ…、はあ…。
すいません…なんか、汚しちゃって。
ほんと、ごめんなさい。
これ、洗って返すんで。」

バルバッティン:「そんなこと、気にすることじゃないです。」

レイ:「わたし、どっか、おかしいのかな。
ねえ、わたし、…そんなに痩せてますか?」

バルバッティン:「痩せてます、ちょっと怖いくらい、痩せてますよ。」

レイ:「毎日おはぎ作ってるから、
なんか、自分も食べた気になってました。」

バルバッティン:「危ないですよ。
もし、こんなとこで誰もいないときに倒れたりしたら。
どうするんですか。」

レイ:「そう…ですよね。
すいません、せっかくお墓参りに来てくださったのに、
ご迷惑おかけして。」

バルバッティン:「そういうとこですよ、そういうとこ。
周りに気を遣いすぎです。
だれにも迷惑かけずに生きようなんて、考えてないでしょうね?」

レイ:「いけませんか?自立しなきゃ、やってこれなかったんです。」

バルバッティン:「……。」

レイ:「お兄ちゃんの妹であることがどんなに重荷だったか、
だれにもわからないですよ。」

バルバッティン:「そっか…。そうだよね。
彼と比べられたら、たまったもんじゃないわよね。」

レイ:「あなたも…そう思います?」

バルバッティン:「ええ。
お兄さんと文通してたって言ったでしょ?
高校までは、日常を切り取って送り合う、
なんでもない文通だったんですよ。」

レイ:「文通なんかわたしだったら、
そんなに長く続けられないだろうな。
やっぱりお兄ちゃんはすご…」

バルバッティン:「〈かぶせ気味に〉でもね。
実は、大学入ったあたりから、
わたしは年に一度、絵はがきを送る程度になって。
文通なんて言いながら、
お兄さんが一方的に書き記した詩(うた)を送ってくれてたんです。」

レイ:「え…。それって。なんか、迷惑じゃないですか?」

バルバッティン:「最初は、ちょっと、びっくりしました。
ああ、この人も、こんなふうに叫びたい思いがあるんだなって。
大学は医学部。すんなり院に進んで心理学まで修めた彼だったけど、
実際のところ、こころは千々に乱れていたのかもしれないわ。」

レイ:「兄のこと、正直、どう思ってたんですか?」

バルバッティン:「好き。でしたよ。
でも、わたしにも、わたしの生活がありますから。」

レイ:「そうですよね。
お互い、当時付き合ってた方もいたはずだし。」

バルバッティン:「本当のことを言うとね。
もう、いちいち、反応していられなくて。
…無視した、といってもいいかもしれません。」

レイ:「それでも、兄は、送るのをやめなかったんですか。」

バルバッティン:「はい、二週間に一回は、なにかしらの作品を送ってきてました。」

レイ:「そんなに?
怖くなかったんですか?それ。」

バルバッティン:「怖い?そう思ったことはないんですよね。
ただ、大丈夫かなあって。」

レイ:「大丈夫かなあ?」

バルバッティン:「だって、普通に生活してたら、
そんなペースで作品を作り続けるなんて、
できないものでしょう?」

レイ:「そうですよね。
お兄ちゃん、病院や学会で忙しい時期のはずだし。」

バルバッティン:「それでね。なんとなく、ネットで、検索したんですよ。
彼の詩のタイトルを。」

レイ:「そしたら?」

バルバッティン:「たくさんヒットしましたよ。
だって、それは、1800年代の、ドイツの有名な詩人の訳だったんですもの。」

レイ:「え…お兄ちゃん、パクってたんですか?」

バルバッティン:「そう言うと、聞こえは悪いですけど。
彼は、彼なりに、言葉を紡ごうとして、あがいたのかもしれません。
それで、その詩人のうたに出会って、それを模倣することで、
自分と折り合いをつけていたのかも。」

レイ:「そんな…お兄ちゃん…。
人のお手本になるような人間って、言ってたのに…。」

バルバッティン:「ね?あんな優秀な人でも、そういうとこ、あるのよ。
人はね、みんな、誰かのまねをして生きているだけ。
そんなのいやだって思ったって、仕方ないことなのよ。」

レイ:「そう…なんですかね。
お兄ちゃんも、だれかのまねをして、生きていたんでしょうか。」

バルバッティン:「そりゃ、そうよ。
あなただって、言ったじゃない。
『ただ、周りの人間に溶け込んでるだけ』って。
それって、みんなでみんな、まねっこしながら生きてるのよ?」


レイ:彼女はそう言って、ふっと笑ってみせた。

その笑顔があまりにきれいだったから、
わたしも思わず、笑い返していた。

バルバッティン:「ねえ、わたしの家にくる?
それとも、どこかで休んでいく?」

レイ:「え…。そんな、時間大丈夫なんですか?」

バルバッティン:「だって、おなか減ったでしょう。
お供え物を食べるわけにもいかないし。
ちょっと待ってて。
わたし、車から、手紙とってくるから。」

レイM:
わたしが止める暇もなく、
彼女はおどろくほどあっさり坂を下りて行った。

つないでた手が、あったかい。

今のうちに、兄の墓を拝んでおこう。
新しく知った、兄の意外な一面。

それを、どう言葉にすればいいのかわからずに、
わたしは、ただ、見守っていてください。
とだけ、お祈りした。
いつもの、懺悔の言葉はない。

合わせた手を開いて、これでよかったのかな、
なんて、ちょっと名残惜しそうにしていると、
坂の下から、声が聞こえてきた。

バルバッティン:「ねえ。ちょっと、手紙ばらまいちゃって。
手伝ってくれないかしら?」

レイ:「はーい、今行きます!」

坂を下ったところに、、一面の落ち葉の中、
手紙や原稿が、これでもかというほど、散らばっていた。

よく見ると、その中に、
小さな小さなバルバッティンが埋もれている。

バルバッティン:「ごめんごめん。
最後がこれじゃ、格好つかないよね。
わたしはね、本当はバルバッティン。

ねえ、早くなにか食べに行こう?
おいしいもの、食べに行こうよ?」


レイM:
わたしは、散乱した手紙と、小さなバルバッティンを、
両腕の中にしっかりと抱きかかえると、
初春の日差しの中を、ゆっくりゆっくり歩き出した。

午後のまぶしい輝きに、祝福されながら。


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