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モータースポーツとオリンピックの話

この文が投稿される頃、日本では東京オリンピックが開催中である。
新型コロナの感染対策をどうするのか、そもそも開催できるのか等々・・・開催前は揉めに揉めたが、いざ開催してみればそれはそれとして皆オリンピックをそれなりに楽しんでいる御様子である。やっぱりスポーツは良いもんですな。

さて、この時期になるとほぼ必ずと言って良い程、話題に上がってくる話がある。それは、

「モータースポーツは何故オリンピック競技になれないのか?」
「モータースポーツはオリンピック競技として加わることができるのか?」

などなど、オリンピック競技としてモータースポーツを入れるかという議論。
モーター『スポーツ』と謳っている以上これも一応スポーツなのだが、競技者(ドライバー)以上に車両性能やマシンセッティングに依存している所が大きいために、他のスポーツとはどうしても一線を画してしまうのも事実。
その為かどうかは分からないが、近年のオリンピックではモータースポーツが競技として採用される素振りが全く無い。

何故モータースポーツはオリンピック競技になれないのか?
また、モータースポーツは今後オリンピック競技となり得るのか?
その部分について、過去の経緯を含めて少し紹介していく。

かつてはオリンピックでモータースポーツが行われていた

実は、近代オリンピックの明瞭期にモータースポーツがオリンピックで行われていた事がある。それは1900年のパリオリンピックと1904年のセントルイスオリンピック、1908年のロンドンオリンピックで行われた。

1900年のパリオリンピックは万国博覧会と共同開催という今となっては考えられない形で開催された。そのような特殊な形だったからか、オリンピックの正式種目の他に「公開競技」という形で、公式種目外の競技も数多く行われた。
公開競技には釣り、大砲射撃、熱気球、鳩レースなど、今となっては考えられないような競技がワンサカ行われていたが、その中にモータースポーツ(四輪車)も公開競技として実施された記録がある。また、モーターボートもこの年に公開競技として行われている。
尚、四輪車を用いるモータースポーツ競技はこの大会以降行われていない。

1904年のセントルイスオリンピックも万国博覧会と共同開催という形で開催され、このオリンピックでも公開競技が実施された。この年はモーターサイクルが公開競技として行われている。

1908年のロンドンオリンピックでは、なんとモーターボートが正式種目として採用され、実施された。これがモータースポーツ競技唯一の正式種目としての実施例である。
よし、これで次のオリンピック以降もモータースポーツを競技としてやっていこうぜ!と行きたいところだったが、この大会以降モータースポーツがオリンピック種目として実施された記録はない。

なぜモータースポーツが行われなくなったのか?

上記通り、1908年のロンドンオリンピックを最後にモータースポーツがオリンピック競技として行われていない。なぜ行われていないのかというと、1925年に制定されたオリンピック憲章が関連している。
オリンピック憲章とは、ICOが定めた近代オリンピックに関する規約である。オリンピックの開催意義からIOCと各国オリンピック委員会の役割、オリンピックのプログラムに関する決まり等、事細かに規定されているが、2004年時点のオリンピック憲章の「第5章 オリンピック競技大会」のうち「47 競技プログラム、競技・種別・種目の承認」という項目に以下のような記載があった。

4 競技、種別、種目の承認基準
4.2 競技の結果が、本質的に、機械的な推進力に依存する競技、種別もしくは種目は受け入れない。

「機械的な推進力に依存する競技、種別もしくは種目」というのは正しくモータースポーツそのものである。つまるところ、モータースポーツはオリンピック憲章的には承認基準を満たしていなかったため、オリンピック競技として採用できなかったのである。
モータースポーツで勝ち得た勝利が全て競技者(ドライバー)の実力によるものかと言われたら、必ずしもそうとは限らない。マシンに乗って操る以上、マシンの性能に結果が依存してしまう部分がある。そうなってしまうと競技者が主役であるというオリンピックの意義とどうしても反してしまう部分があるため、モータースポーツを除外せざるを得なかった。

FIAとIOCの歩み寄り

前章で紹介したオリンピック憲章に書かれている「機械的な推進力を認めない」という条項をFIA(国際自動車連盟)が黙って見ていたわけではない。特にここ20年、FIAはモータースポーツのオリンピック競技化を目指してIOCと積極的にコミュニケーションを取っている。

その成果の一つ(?)として、「機械的な推進力を認めない」という条項は先ほど紹介した2004年版のオリンピック憲章を最後に記載が削除された。現在のオリンピック憲章(2020年版)の競技プログラムに関する記載は以下のように少々曖昧なものになっている。

2. プログラムは 2 つの要素から成り立つ。 それは以下の通りである。
2.1 特定のオリンピック競技大会での全競技を包括する競技のプログラムで、 IOC の承認する IF が統括する競技の中から総会が決定したもの (「競技プログラム」)
2.2 IOC 理事会が定めた、 特定のオリンピック競技大会での全種目を包括する種目のプログラム (「種目プログラム」)
種目は1競技における特定の試合で、 順位が確定し、 メダルおよび賞状の授与につながるものである。
種目プログラムは、 競技プログラムに含まれている各競技の種目を含まなければならない。

また、2012年にはFIAが国際競技連盟の一つとしてIOCから承認された。これにより、形式上ではモータースポーツがオリンピック競技として選ばれる可能性がある。

更に今年、IOCが主催する初のe-スポーツである「オリンピック・バーチャルシリーズ」が開催されたが、種目の一つとして「グランツーリスモSPORT」が選ばれ、FIAが共催することとなった。e-スポーツではあるが、FIAは今もIOCと良好に会話を続けていることを伺える。

今後、モータースポーツがオリンピックの正式種目を目指す上での課題

モータースポーツを除外する項目がオリンピック憲章から消え、FIAとIOCが徐々に仲良くなってはいるものの、未だモータースポーツがオリンピックの正式競技として採用は今の所されていない。正式競技までの壁はまだまだ沢山ある。

まずは場所の問題。
実施する種目にもよるが、基本的にモータースポーツをやるためには専用の場所、つまりサーキットが必要となってくる。日本や欧米などモータースポーツが活発な国ならば、既存のサーキットを使用すれば問題ないが、そうでない国の場合はサーキットを設営する必要がある。サーキットの設営には広大な土地と相当量の資金が必要なので、まずそこが用意できるかが問題となってくる。
近年では公道を封鎖することでサーキットを設営する選択肢もあるが、バリケードの設営や路面アスファルトの整備、観客席の設営など、公道で行うにしても資金面で結構な負担である。更に期間中は道路や街を封鎖しなければいけないので、市民の理解が得られなければできない。
このように、サーキットを新設しなければいけない場合は、かなりハードルが高くなってしまう。その点をリーズナブルに解決できないと、モータースポーツの採用は難しそう。

次に問題になってくるのが使用するマシンをどうするか、である。
「競技者の為の競技であり、機械や道具のための競技ではない」というオリンピックのコンセプトを尊重する場合、おそらくマシンはワンメイクとなる。どのメーカーのマシンを使うか、車種(GTカー、フォーミュラカー、など・・・)をどうするか、スペックはどうするか等・・・色々決める必要がある。
この部分は単に決め事だからエイヤと決めてしまえばそれで良いのだが、もしオリンピック用に新しいマシンを開発するとか言い出した場合、開発のためにそれはそれでまたお金がかかる・・・うーむ、金のかかるスポーツである。

また、モータースポーツを個人競技とするのか、団体競技とするのかも議論する必要がある。モータースポーツは個人競技(ドライバー同士の争い)でもあるし、団体競技(チームでの争い、チームメイトと共闘)でもある。メンテナンスやピット作業を行うメカニックも競技者として含めて団体競技とするのか否かという議論もあっても良いかもしれない(ちょっと無理やり?)

そもそもドライバーたちがオリンピックに興味を持つかどうか、出たがるのかという問題もある。
プロスポーツ化している他種目でよくある話だが、オリンピックに出ても賞金が出るわけではない、基本的に得られるのは栄誉のみである。また四輪ならばモータースポーツとして頂点にあるF1や世界三大レースなど、既にドライバーにとって目標となるようなレースやカテゴリーがあるし、なんならそちらの方が歴史もある。賞金も出ない、ぽっと出のオリンピックをドライバーたちは出たがるのだろうか?

モータースポーツのオリンピック競技化の道はまだまだ遠そうだ。

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