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ムーヴメンタルを持つ人と持たない人について。

ムーヴメンタルというチャントはセレッソ大阪の宝だ。いまやゴール裏の魂になりつつある。厳しいこの季節にあれだけの声を選手に送り続けるからこそ、選手の足は最後まで動いていくのだろう。それだけでセレッソ大阪の試合を見にいく価値があると、心からそう思う。

横浜FC戦の前にとある方々とお茶会を催す。前回はコロナ前だったような気がするから会うのは三年ぶりくらいだろうか。年齢だけは重ねつつ、思いや熱量はほぼほぼ変わらない。サッカー界には実に多い人種だ。まあそういう人と話をすると、自然とパワーをもらえる。

うまくいっていること、うまくいっていないこと。話せば話すたびに過去とのすり合わせをしてしまうのがもうオジサンだということだ。とにかくみんなセレッソ大阪というクラブが好き過ぎて、余計にストレスが溜まってしまうのが悪い癖でもあると言わざるを得ない。

サッカー同様にクラブ運営にも厳格なフィロソフィーが必要だ。それはたったひとりの誰かが決めたものでもなく、全員が理解して常に意識できる哲学でなくてはならない。この道を踏み外すと間違いなく奈落の底に落ちていくことになる。大人になれば誰でも分かるはずだ。

そういう原則というか、基本的な部分から考え直さなければ根本はそのままだ。イコールそれはクラブの行末にも多分に影響する。内容自体はとても重要ではあるものの、大事な試合の前にそんな話をしたことで、かなりの疲労感とともに三ツ沢までバスで行くことになる。

女子が多いカフェでの、密談ではない濃い話が、のちのちのセレッソ大阪の根幹になってくれないものだろうか。そう夢を描きながらアサイージュースを飲み干す。人と人のつながり、セレッソ大阪のつながりはこの先も続く。次に会うのは事を成し遂げてからになるだろう。

ムーヴメンタルを持つ人がいてこのクラブは成り立っている。クラブ愛を蔑ろにする人がもしいたとするならば、それは決して許されることはないだろう。ムーブメンタルがすべてのセレッソ大阪に関わる人間の中に存在すればいいけど、ありえない話だから余計に辛くなる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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