ブレヒト版『アンティゴネ』の翻訳ノート⑷:第三エペイソディオンと第三スタシモン
第三エペイソディオン
父としての情にすがってアンティゴネの助命を求めるハイモンを嘲るクレオンの言葉
クレオンは、助命嘆願に来るような生意気な子は自分には災難で、敵には嘲けりの種になるとして、ハイモンを黙らせようとする。その後の、"Saures / Ätzt Gaumen, und drum wird's geboten." 「酸は口を焼く。だから用いられるのだ」は拷問を暗示し、ハイモンが沈黙するようにとの脅しで、酸を用いる(と脅す)のはクレオンである。食べ物ではないし、ハイモンが用いるのでもない。C: "Sour things / Sear the palate. So they are necessary." M: "The bitter / pill cures. That's why it's prescribed."
それに対するハイモンの応答。
大勢の人間を支配するクレオンが「人の言うことを聞けば」「苦労は少ない」。潮の流れに任せれば良い。クレオンは恐れられているので、大事が起きても、「耳に入るのは小さなことばかり」になると。何を言っているのかちょっとわからないのは、前件を「いつも喜んで人の言うことを聞けば」「民の声に耳を傾ければ」と捉えているから。そうではなく、「耳あたりの良いことだけを聞くのが好きなのなら」だとすると、ハイモンの理屈はわかる。C: "If what you like Is only listening to what you like to hear" 恐怖で支配しているのだから、放っておけば、人は耳あたりの良いことだけを語ってくれるのであると。大事件が起きても、耳障りにならないよう、些事として伝わるだろう。aufflammenという言葉があるので火事の比喩だろう。
でも身内であり、クレオン同様に残酷なメガレウスではなく、ハイモンが街の声をクレオンに届ける場合は事情が変わってくる。
ハイモンの台詞の続き
manche Schuldはeingefordertとの関係でいうと、「罪を見逃す」ではなく「大きな借金 でも取り立てはしない。」という意味じゃないかしら(単数形だけれど)。「罪」だと直前の「欲得づく」で動かないこととうまく合わない気がする。Cは"Many a debt/ Is never called in" で負債。Mは"many faults are readily forgiven" でMは「過失」や「失敗」。怒っていても抑えることができるのが身内だから、本当のことを言っても許して欲しいという含意。
そう前置きしてハイモンが告げる「真実」は、「お聞きください。国 には不満が渦巻いています。」(B609)
それに対するクレオンの応答
「わしがひっとらえて槍で引き裂いてやる」「世の槍の力でばらばらにしてやる」というクレオンの意志の表現ではなく、「儂の槍のおかげでばらばらなのだ」という現状の認識の表現だと思う。
前半は解釈の問題になるけれど、Der unbestimmt ist / Und sich nicht kennt,までは、どちらの訳も良いと思う。その後の noch findet が分かりにくい。両訳ともsichを目的語と捉えた。私は、findet の目的語をUneinsであるかのように訳した。コンマがあるので無理かも。
C: "Who are not definite / Who are unknown to one another, never meet; and even /In their grievances are not united, being sick of taxes these / And those of serving in the war/ And all held under me and held apart / By the power of my spear."「どっちつかずでお互い同士を知らず、出会わず、あるものは税を、あるものは兵役を嫌うが、その不平においても団結しない連中、やつらすべてがばらばらのまま儂に従うのは我が槍の力のおかげである」はfinden sichと捉え、meetと訳した。
M: "The uncommitted man / who doesn't know his mind tastes dissent/ in every small annoyance. One complains of taxes, / another wants to end conscription; / but I keep them both separated and in my power / because I have the weapons" の"tastes dissents in every small annoyance" 「自分の心を知らぬ覚悟なき人間はあらゆる小さな不満のうちに不和をかぎ取る」はfindetの目的語を私と同じように理解するが、noch findet auch Unseins im Verdruß を肯定文として捉える。でもこのnochはnicht A noch Bで「AでもBでもない」ではないかしら。
続くクレオンの言葉:
「我が身を捨てたこの家」「自壊した家」はどこなのか。自壊した家が潰されるとして、それほど大きな問題なのかしら。
この「家」がアルゴスだと考えれば、折角降伏したアルゴスがテバイの内部分裂のおかげで押し潰される、という比喩かしらね。selbst sich ausgabした家がテバイだとしたら、クレオンに「委ねられた家を」の意味かな。
C: "then The pebbles gather and become a slide and press Against the house that let itself go."
M: "it threatens the house that's already surrendered."
その直後、クレオンはハイモンに進言を許す。
Stürmeをブレヒトは五箇所で用いている。3回はハイモンに関するもの。ハイモンは"Der Stpeere Stürmen" (B621)の指揮官とされる。また、"die Stürme der Speere/ Hier dir führt"「こちらであなたのために突撃槍部隊を率いる」(B1039)から、ハイモンの部隊がアルゴス侵攻軍ではなくテバイ守備部隊であることがわかる。ハイモンは、B1230-31では、"Hämon, welchen der Vater/ Vor die rettenden Stürme gestellt hat"「救助のStürmeを父親が委ねたハイモン」と呼ばれる。他方、アルゴスに攻め入ったメガレウスの部隊については、伝令が、"Die Stürme, von dem Blutbad in den eignene Reihn noch nicht ausgeschlafen: 「我がStürmeは、自 軍での血の海を眠りで忘れることもできぬまま」(B1130)と語る。メガレウスの死を聞いたのちに、クレオンはコロスに"Sammle die Stürme!"(Stürmeを集めろ!)(B1167) と怒鳴りつけられ、「ないものを集めろだと!ザルで掬うのか!」と怒鳴り返す。
Sturmは、ナチスの突撃隊Sturmabteilungの意味も持つが、アンティゴネでアルゴス攻撃のイメージがのちにスターリングラード市街戦と大きく重ねられていることは、ここのStürmeに、市街戦のためにナチスが組織した「突撃工兵部隊(Stürmepionieren)」のイメージが重ねられていることを示唆する。die Stürm der Speere はそうすると、「突撃槍兵部隊」とするのが適切かしら。岩淵訳は一度「突撃隊」(B1130)という言葉を用いるが、谷川訳は用いない。
ハイモンはクレオンに、もっと民衆の言うことを気にするようにとの諫言する。その中の二つの比喩はソフォクレス(S712-717)のヘルダーリン訳をほぼそのまま用いる。
一つ目
ソフォクレスではὅσα δένδρων ὑπείκει, κλῶνας ὡς ἐκσῴζεται. 「木々のうち撓むものは、自らのために枝を守る」(S712-713)だが、ヘルダーリン/ブレヒトはallen denen erwärmet ihr Gezweig とGezweigを主語にしてerwärmen(暖める)という動詞を用いている。難解。岩淵訳が良いかしら。私ここ間違えて「木が枝を」にしてた。
Constantineの英訳 "The trees give way, and all of those / Leaf up warmly"は「暖かく葉を出す」かしら。
二つ目の比喩
帆をいっぱい張って突進したら「艫からひっくり返る」のも、「漕ぐ力でひっくり返る」のも、なぜかよくわからない。breit machtは帆をいっぱい張る比喩だとして、nicht weichen will in etwas 「決して譲ろうとしない」は帆を決して緩めようとしないという比喩で、Rücklings hinunter von den Ruderbänkenは、「漕手席を下にひっくり返って」というニュアンスかしらね。ソフォクレスではὑπτίοις κάτω στρέψας τὸ λοιπὸν σέλμασιν ναυτίλλεται.「漕手席を下にひっくり返って残りの航海を続ける」だが、τὸ λοιπόν に難破のニュアンスが込められているとJebb (1900: 134)は指摘している。
これは谷川訳は私と同じ理解なので省略。馭者に車の行く方までまかせるのは当たり前なので面白かった。「さすれば馬が馭者を馭すわ、それが望みか?」
それへのハイモンの言葉。
不平分子への苛酷な刑罰への不安の比喩だから、「皮剥ぎ場」に「戦場という」を付け加えるのは原文とは異なる補足になると思う。「棒立ちになるsich aufbäumen」のは「無理に駆り立てる」前なのに、両訳とも後にしている。匂いを嗅ぎつけて不安になって棒立ちになる→無理に鞭打つ→断崖に飛び込むという順序。
クレオンがハイモンに、アンティゴネのことは忘れるよう求める言葉。
ここでハイモンは「身を危険に晒している」状況にいるわけではない。aussetzestは「晒す」というか、「あからさまに示す」かしら。C: "for whose sake you have gone so far out" M: "whom you're defending"
それに対するハイモンの応答。
「正しい側に味方する」に対して「穴のついてる側」と返すのは性的な当て擦り。「父上が心配なのです」に対する、"Noch blieb' dein Bett dir leer"「それでもお前の閨は空だ」は、相手が決まっていないことではなく、相手(アンティゴネ)を殺すという揶揄。ソフォクレスは男女のヒエラルキーを『アンティゴネ』の重要なテーマにしていたが、ブレヒトではそれはほぼ消えている。
第三スタシモン(B720-743)
ソフォクレス版の第三スタシモンは「エロス讃歌」と呼ばれ、エロスが「戦いでは敵なし」とされる。ここでエロスは性愛と美の女神アフロディテの子で、アフロディテ同様性愛を司る。ブレヒトはヘルダーリン訳をかなり利用しつつ、讃歌の対象をエロスから「バッコス(Bacchus)」に変更している。岩淵訳は固有名詞を基本的にドイツ語的発音に即して転記(ヘーモン、アンティーゴネ)し、谷川訳はギリシア語に従ってカナ書きするが、ここでは両者ともに「バッカス」と英語風に転記。
B729の"Geist der Lüste im Fleisch"のGeistは、ソフォクレス(S781)の῎Ερως(エロス)をヘルダーリンがGeist der Liebe(愛の精霊)と訳し、ブレヒトがバッコスに変更して「肉欲の精霊」としたもの。ヘルダーリンはソフォクレスの神(θεός)を基本的にGeistと訳すが、ブレヒトはGottもGeistもあまり用いず、バッコスをGeistと呼ぶのはB729が最初である。B730-731の"Die blutsverwandt selbst / Wirft er untereinander"はブレヒト全集版の注にInzest-Motiv(近親相姦モチーフ)とあり、岩淵訳もそう注記している。ソフォクレスの S791-794"σὺ καὶ τόδε νεῖκος ἀνδρῶν ξύναιμον ἔχεις ταράξας·"(「男たちのこの骨肉相食む争いを駆り立てもした」)のヘルダーリン訳"Sie flüchten, hältst dich hier auf, im Männerzank, Im blutsverwandten, und wirfst es untereinander." は、むしろ美しい女性を巡って兄弟たちが血みどろの争いを行うことだろうが、ブレヒトは、Männerzank(男の争い)を抜いて近親相姦モチーフの表現にした。
参照文献
⑴~⑺共通で⑴を見ること。