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1年の振り返り

飛行機が遅れているので、ちょっとゆっくり1年を振り返る。
毎年、今年はどんな年だったかな……と振り返って、
来年はこんな年にしたいな
と漠然と考えるのだけど、
今年は本当に人生の底辺だった。

しんどかった。

以上。笑

大きなチャレンジの年だったのに、なんのチャレンジもすることができず、本当にしんどい1年だった。

ただ自分の経験は、絶対にこれからのバスケ界にプラスにしないといけないし、自分がこの業界を離れる時には、次の世代が
「自分もバスケ業界に就職したい!」
と多くの人が感じてもらえるような環境を作りたいと思っている。
だから、あえてこの1年を振り返るが、ディスりとか、文句ではないことを理解してほしいし、あくまでも僕が感じたリアルだ。
他のバスケ業界はもっとハッピーかもしれない。
ただ繰り返すが、これからのバスケ界のプラスになると信じているし、そんな環境を自分はこの業界を離れるまでに作りたい。

バスケ業界に就職するギャップ

今年の最大のチャレンジはバスケ業界への就職、そしてそのまま秋には編集長になった。(社員は僕しかいないから、この肩書きが必要かどうかはなんとも言えない)
声をかけてもらったことはすごく光栄で、自分自身も何かを変えたいとここ数年考えていた。
「しんどいことは覚悟してもらって、スタートアップみたいな感じで……」
という話もされてだったし、自分も片足をバスケ界に突っ込んでいたので、それは理解していた。
ただ、想像以上だった。笑

はっきり言えば、就職する前にやりたいと思っていたことは、ほぼ何もできなかった。
いや、そもそも仕事自体がやりたいことでしょ?
というツッコミもあるかもしれないが、そういうことではなく、バスケ業界は間違いなく右肩が上がりで成長しているが、すべてがそうというわけではない。
無理して走ってるところも多々あるので、まだまだ耕さないといけないところがある。
そして、それらを並行してやらないといけない。
これはメディアの僕の立場も他のバスケに関わる立場も同じだと思う。

また前職がゴルフ業界で、「1日の売り上げ」というわかりやすい指標があったことも僕にとってはいろいろ難しかった。
メディアは終わりがない仕事なので、正直どこか終わりなのか全く分からずにそのままわけがわからなくなることばかりだった。(現在進行形)
それでもありがたいことに色んなお話をいただく。
でも、それもマネタイズができていることではなく、これからどうマネタイズしていくか……ということばかりなので、正直今年の後半からもうわけがわからなくなっていた。

やりたいことの以前にやるべきことが全然終わってない。

そんな感じの毎日は本当に苦痛だった。

もう1つは今年35歳になるが、社会人生活12、3年。そこそこ真面目にやってきたので、そこそこお給料はもらっていた。
バスケ業界に入る=給料が下がる、安いというのは致し方ない現状だと思っていたが、ダメージは想像以上だった。笑
僕もそれは覚悟のつもりで入った。
色んなことをして売り上げを出せば……と考えていたが、甘かった。
そんな土壌はそもそもなかった。笑
次に書くが、それこそ僕は結構いろいろ現地に出向くタイプだ。それらはすべて自費、自己投資だと思ってこれまでもやってきたが、その継続は1年やって無理だということに気づいた。
今、そこに悩んでいる。
だからダブドリの企画でトップボーイ蒲田店様にスポンサーいただき、滋賀への取材は本当にありがたかった。ありがとうございます、と言い続けるしかできませんでした。
そうやって現地だからこそわかること、知れることをもっと価値のある情報に変換させていかないといけないと改めて思った。


自分の目で見るというプライド

僕はおそらく選手やコーチと距離が近いメディアの人間だと思う。
それは現場に多くいるからが1つ。
そして、コーチライセンスを保持し、コーチ経験もあることは自分の強みだとも思っている。あとはバスケに限らず、多くのアスリートと交流を持たせてもらっていることも自分の強みだと思う。
でも、そもそも強みを出すところまでほぼ行くことはなかった。
これまでは自分の見たいもの、見たい選手だけを見ていたが、仕事となるとある程度俯瞰して全体を見ないといけない。
僕にはその能力は欠落しており、感じたことを表現する力も長けていない。
インタビュー対象である、選手やコーチから信頼を得ることができたとしても、それを整理して、言語化することに長けているわけではないことがすごく難しかった。
記事に書き起こすたびに

あいつはばかだ
とか

学び方を知らないのかよ
とか

裏で散々言われていることも気づいていて、本当にしんどかった。
そういう意味では、僕が選手のメンタルに対しての発信が多いのは、自身がそういうものにさらされて感じることがあるからでもある。
選手もそうだが、決してすべての人間が万能なわけではない。
選手にも脆いところがあるからこそ、僕らは何かを乗り越えるその姿に勇気をもらったりするんだと思う。
ただ、そういう経験は僕にとってはプラスでもあり、だからこそ僕はチャレンジに対して批判はしないと思えた。
何よりダブドリという媒体がロングインタビューでもあることから、本当に色んな話をするし、色んな仮説を立てていく。
話しながら、選手の表情が変わって、気づきがあったり、笑顔になっていく瞬間が僕は大好きだ。
色んな痛みを知ったおかげで、より選手に寄り添えるようになったと思う。
誌面であれ、ウェブであれ、そのインタビューをきっかけに一緒に扉の向こう側に進むきっかけにしたいと思っている。
時間をもらう以上、相手に何かを提供したい。
そして、僕はちゃんと見ていることを伝えたい。

やっぱり僕もそうだが、何か小さなサインや変化に気づいてくれる時はすごく嬉しい。「あれはこういう狙いだったんでしょ?」と図星を言われたり、しんどい時に、「どうした?」って声を変えてもらえたら、それだけで心が少し落ち着く。
だからこそ、僕も選手たちにインタビューを通して
「ちゃんと見てるよ。きっとここから前に進めるよ。僕はそう信じているよ」
と伝えたい。
余計なお願いだが、もし余裕があれば、もっと選手たちのプレーをみなさんの目で見てほしい。
もちろん今も見ているとは思うけど、コートの中のその1秒を、一瞬を見逃すことなく。
その瞬間に何かにチャレンジしようとしている選手が必ずいる。
戦おうと一歩踏み出そうとしてる選手がいる。
そこにいる選手は強そうに見えるが、決して強くない。
それはきっと僕らと変わらない。
その瞬間を共有できたら、その瞬間に応援という追い風が吹けば、
きっと選手も勇気が湧くと思う。

僕はその瞬間を自分の目で見たい。
だけど、「やりたい」だけではダメな立場になった。「やらないといけないこと」がそれ以上にある中で、多くの選手たちのその瞬間を見ることができなかった1年だった。それがすごく悔しかった。

自分のダサい1歩が未来のバスケ業界で働く世代の力になってほしい

ここまで、だーっと書いてきたが、改めて文字に起こすと自分はダサいなと思った。

この1年でできたことは何もない。
やるべきたくさんのことを捌き入れない未熟さ

給料も下がり、生きるのに必死こいていた。
1年間、ほとんど休んだ記憶がない。それを誇りに思うわけでもないし、かっこいいだろ?というわけでもない。むしろダサいと思う。
僕以外の誰かだったら、もっとスマートに、もっと知的に、もっと効率よく色んなことを乗り越えてきたと思う。
それが僕にはできなかった。

でも、選手やコーチだけでなく、バスケ業界にはバスケが大好きだったり、地元が大好きで、力になりたいと働く多くの方がいる。
僕の何よりの役目はいろんな人の力になることだと思っている。
本末転倒かもしれないが、ダブドリという媒体がドカンといくことに越したことはないが、でもそれだけでは何か違うと思う。
バスケに関わる多くの人がハッピーになるには、業界としてハッピーだと感じる人が増えないといけないと思う。
そのきっかけをどこかで作らないといけない。

今は周りから見るとすごい仕事に見えることの多いスポーツ業界、バスケ業界はポテンシャルはありつつも、全く整理された環境ではない。
僕自身も失ったものの方が多分多い。
でも、それを選手と仲良くなれるとか……いろいろ知れるとか……
一般的な視点で見ると羨ましいことかもしれない。でも、矛盾するが、僕は選手との距離が近づくことは今は恐怖でしかない。
責任だけが重くなるので。笑

今の僕の思うバスケ業界へのより良い関わり方は兼業だと思う。
僕自身もそうだったが、バスケットボールに関わることができる。ましてや収入を得られるなんてことは物凄いことだった。
昨年までの僕がそうだったように、本業がありつつ、休みに少しバスケに関わるというのが、一番責任も軽くメリットも大きいと思う。

学生なんかは色んなぜひトライしてほしいし、そういうチャレンジに対して、風通してのいいバスケ業界であってほしいし、力になれるなら僕も力になりたい。
好きであり続けるって本当に大切。
恥ずかしながら、僕は何回も
「もういやだ」
ってなっているし。笑
体調も「もう限界……」
ってなっている。笑
本当に健康第一だし、好きなもので生活のバランスが崩れるのは違うと思う。

でも、そうやってコツコツ色んな人が色んな壁を少しずつ叩くことで、次のステージに業界としていくと思う。
もちろん、同じような立場で成功している人もたくさんいるので、僕の話をすべてと思わないでほしいし、そういう人たちは尊敬しかない。(もしかしたら隣の芝生は青いだけで、同じように必死こいているかもしれないが)

とりあえず、現状は兼業がベストだと思う。
でも、誰かがやらないといけないことがあると僕は思うので、
僕はトライする。
それが僕の評価には繋がらなかったとしても、バスケ界が次のステップにいくときに1つのきっかけになると感じているので、来年も「もうだめだ」って思うだろうけど、必死こいて喰らいついていこうと思う。

今年、一年本当に多くの方にお力をお借りして進むことができました。
改めてお礼を伝えさせてください。
その中で、多くの期待に沿えなかった方や不快な思いをさせた方、現在進行形で進行が遅れている案件などもあります。
本当に申し訳ありません。
恥ずかしいですが、もう少しみなさんのお力をお貸しください。
来年、なんとか一つのきっかけをバスケ界に作れればと思い、引き続き頑張りたいと思います。
あとはやりたいことに1つぐらいは辿り着きたい。笑




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