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カーボンニュートラル燃料(バイオ燃料と合成燃料)

皆さん、こんにちは。シード期のスタートアップに投資を行うジェネシア・ベンチャーズで、パートナー兼CSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)を務めている河合です。

脱炭素社会の実現に向けて、いま世界中で様々な取組みが進められています。基本的な対策方法は、再エネの普及拡大によるエネルギー供給側の脱炭素化と需要側の機器設備の電動化になりますが、産業分野や機器設備の種類によっては電動化が困難な領域も存在するため、その場合には電動化以外の脱炭素手法として、カーボンニュートラル燃料の活用が期待されています。本稿では、カーボンニュートラル燃料の概観を目的として、特にバイオ燃料合成燃料に焦点を当て、燃料の種類、製造プロセス、コスト見通しや市場規模、関連スタートアップ、世界の主要プロジェクト、企業や政府の動向など、なるべく多角的に考察できるように整理してみました。
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1. カーボンニュートラル燃料が注目される背景

カーボンニュートラル燃料(以下、「CN燃料」)は、製造から廃棄までのプロセス全体でCO2のネット排出量がゼロまたは非常に低い燃料のことを指し、水素、アンモニア、合成メタン、合成燃料、バイオ燃料などが含まれます。CN燃料の普及は、化石燃料の使用量を減らすだけでなく、エネルギーの地産地消を促し、エネルギー安全保障を高める効果も期待されています。例えば、地域にあるバイオマス資源を利用して燃料を生産することで、輸入依存度を下げると同時に地域経済の活性化にも寄与できます。一方、技術的な障壁やコスト高の問題、使用可能なバイオマス資源の限界などの課題も抱えており、現在各国において政府や企業が連携して技術革新を進め、その普及に向けた動きを加速しています。
CN燃料は、とりわけ輸送部門での利用が期待されています。エネルギー密度足りず電動化には向かない航空機や船舶、航続距離と荷室容量の両立が求められる大型トラック、走行以外の作業にも出力を使う農機や建機といった産業用車両などが対象になります。水素も有望な選択肢ですが、液化に伴うコストや貯蔵の問題、水素ステーションなど大規模なインフラ整備の必要性が、当面のボトルネックになると考えられます。これらの輸送機器でCN燃料が必要とされるのは、CN燃料が提供する高いエネルギー密度、既存インフラとの互換性、環境負荷の低減という観点で、他の代替手段と比較して有利な特性を持っているからです。輸送部門全体として脱炭素化を図るためには、電動化や水素化とは別の手段が必要であり、既存の内燃機関を活用しながら、利用する燃料を脱炭素化するという考え方が重要になってきます。このような背景から、バイオ燃料や合成燃料どのCN燃料が注目を集めているのです。

2. 日本にとっての重要性

CN燃料は日本において特に重要な役割を果たすと考えられます。日本は世界有数の自動車産業を有し、内燃機関の技術において高い競争力を持っています。これらの技術を活かしCN燃料への適応を進めることは、既存の製造基盤を最大限に活用しながら、低炭素社会への移行を図る戦略的な選択となります。また、産業用車両などのニッチ市場でも日本メーカーが競争力を有しています。内燃機関は依然として高いエネルギー変換効率と動力性能を提供するため、化石燃料からCN燃料への移行によって、これらの車両が長期にわたり利用される道が開けるのです。
また、国内で利用可能なバイオマス資源や廃棄物を活用した燃料生産は、外部要因に左右されにくい安定したエネルギー供給源となり、地方創生にも寄与します。なお、CN燃料自体を輸入に頼らざるを得ない場合でも、既存の化石燃料ベースのサプライチェーンを活用できることは大きなメリットと言えます。以上の理由から、CN燃料は日本のエネルギー政策、産業技術、地方創生の各面で重要な位置を占めていると言えるでしょう。

3. バイオ燃料

バイオ燃料は、その原料や製造方法の違いによって、第1~3世代に分類されます。まず、第1世代バイオ燃料は、食用作物(トウモロコシ、サトウキビ、大豆など)を原料にしてバイオエタノールやバイオディーゼルを生産し、石油製品と混合して使用されます。バイオエタノールは発酵プロセスを通じて糖質をアルコールに変換することで製造され、バイオディーゼルは油にアルコールを反応させるトランスエステル化プロセスを通じて生成されます。第1世代バイオ燃料は技術的な成熟度が高く、多くの国で商業利用されていますが、食料との競合や土地利用の問題が環境的・社会的な課題として指摘されています。

第2世代バイオ燃料は、廃食油や食物残渣などの非食品原料を用いて製造される水素化植物油(以下、「HVO」)や持続可能な航空燃料(以下、「SAF」)で、これらは原料の油分を水素化処理して製造され、石油製品と混合せずに単独で使用可能です。油脂由来の炭化水素系バイオ燃料には、脂肪酸メチルエステル(以下、「FAME」)とHVOがあり、FAMEは油脂類とメタノールからエステル交換反応によって生成されますが、機能面で劣るため従来燃料との混合利用が前提となります。一方、HVOは脂質を高圧下で水素と反応させて酸素を取り除くため、化学的には石油由来のディーゼル燃料に類似した炭化水素チェーンが生成されます。HVOのように既存インフラや車両を変更せずに使用できる燃料はドロップイン燃料と呼ばれます。HVOはバイオ燃料の中で本命技術と見られており、特に航空機用のジェット燃料として国際規格(ASTM D75664ほか)を満たした燃料がSAFと呼ばれます。HVOの原料は、当面期待されている油脂由来から、今後はセルロースや廃棄物由来のものへ進化していくと予想されます。なお、原料にセルロースを含む場合は、特別な前処理として酵素分解で糖化し、それを発酵させてエタノールを生産します。第2世代のバイオ燃料は食料資源への影響が少なく、持続可能性が高いとされていますが、製造コストや技術的な課題がまだ存在します。
第3世代バイオ燃料は、藻類由来のバイオ燃料です。藻類は成長率が高いため大量のバイオマスを短期間で生産可能で、CO2を効率的に吸収し、非耕作地でも栽培が可能であるため持続可能性が非常に高いと評価されています。藻類からは、油脂を抽出してバイオディーゼルを生成することができ、残ったバイオマスからも更にエネルギーを回収することが可能ですが、大規模な商業生産には高いコストと複雑なプロセスが課題となっています。今後は、遺伝子工学やナノテクノロジーを用いて、より効率的にエネルギーを生産する技術が期待されています。

4. バイオ燃料の製造プロセス

油脂由来の炭化水素であるHVOの製造方法では、廃食油や植物油を水素化処理および脱酸素化して製造するHEFA(水素化処理エステル脂肪酸)が既に商用化されているほか、有機物をガス化して一酸化炭素と水素の合成ガスから製造するFT(フィッシャー・トロプシュ法)も商用化の目途が立っています。このようにHVOは技術成熟済みであるのに対し、廃棄物由来の炭化水素は一部商用化しているものの、セルロース由来や藻類由来の炭化水素については、現状では研究開発から実証段階にとどまっています。
HEFAプロセスは、植物油や動物脂肪などの脂肪酸エステルを水素と反応させ、酸素を取り除くことで飽和炭化水素を生成します。この方法で得られる燃料は、硫黄や酸素の含有量が非常に低く、化石燃料と比較しても環境への影響が小さいため、既存のディーゼルエンジンやジェットエンジンで直接使用することが可能です。HEFA燃料は、既存の石油精製インフラとも互換性が高いため、導入のハードルが比較的低いという利点もあります。
FTプロセスは、一酸化炭素と水素の混合ガスである合成ガス(シンガス)から液体炭化水素を合成する技術です。具体的には、バイオマスを高温でガス化し、生成された合成ガスを触媒(通常はコバルトや鉄)の存在下で反応させることで長鎖の炭化水素を合成します。FT燃料は非常に純度が高く、燃料としての性能が優れています。また、FTプロセスはCO2排出量を著しく削減できる点で環境に優しいとされていますが、高温・高圧が必要なため大きな設備投資と複雑な操作が必要となり、その導入と運用にはコストがかかります。
HEFAやFTのほかにセルロース発酵工法があり、これはセルロースを主原料としてエタノールなどを生産するプロセスです。まず、セルロースを含むバイオマスを物理的または化学的に処理し、この段階でリグニンの除去やセルロースの結晶構造の破壊が行われます。その後、処理されたバイオマスにセルラーゼという酵素を加え、セルロースをグルコースなどの単糖に分解します。次に得られた糖類を発酵させるため、酵母やバクテリアなどの微生物を投入すると、これらの微生物が糖を消費してエタノールと二酸化炭素を生成します。

5. バイオ燃料の製造コスト

HVOの製造コストの大部分は原材料コストですが、製造プロセスの技術革新はコスト削減にとって重要な役割を果たします。特に、酵素や触媒の改良、発酵プロセスの効率化、分離・精製技術の向上が進むことで、エネルギーの変換効率が高まり生産コストが低下します。また、大規模生産技術の開発や、生産施設の最適化もコスト削減に貢献します。
HEFAは既に製造プロセスが確立しているため、中長期的なコスト削減余地は限定的と見られています。また、FTに関しても既に技術が確立しているほか、HEFA工程と比較してプロセスが複雑であるため、もとの製造コスト自体が高いという課題もあります。
一方、セルロース発酵工法については、現在の製造コストはHEFAやFTと比較すると最も高いものの、コストの大部分を占める酵素コストの低減や、既存エタノール工場との施設の共有や副産物(リグニン)の利活用によって、中長期での製造コストの低減が予想されています。また、藻類由来の炭化水素については、油分抽出から先のプロセスは既存成熟技術を利用できるため、コスト低減に向けては大規模培養の実現が最も大きな課題になっています。

6. バイオ燃料の課題

次世代バイオ燃料、特に第2世代および第3世代のバイオ燃料は、原材料調達の観点から多くの課題を抱えています。いま第2世代バイオ燃料の原材料として使用されている植物油や廃食油などの油脂類の調達が大きな課題となっています。これらは量的な限界があるほか、食料とも競合するため供給量を大きく増やすことができません。中長期的に成長が期待されるセルロース系バイオ燃料の原料としては、農業残渣、林業副産物、特定の非食用エネルギー作物(スイッチグラスやポプラなど)がありますが、これらの資源は地域によって可用性が大きく異なり、一定量を安定して確保するのが難しい場合があります。また、農業や林業からの副産物は分散して発生するため、収集して処理施設まで輸送するコストが高くなりがちで、特に大規模生産を目指す場合には輸送コストが経済性に大きく影響します。

第3世代バイオ燃料に関しては、大規模な商業生産には最適な培養技術が必要です。光、温度、pH、栄養素の適切な管理が求められ、これらの条件を維持するための技術的、経済的な課題が存在します。藻類からオイルを抽出する過程ではエネルギーを多く消費しコストも高くなります。藻類は水中で微細な形で存在するため、これを効率的に収穫し、乾燥させてからオイルを抽出するプロセスが必要ですが、このプロセスの最適化は第3世代バイオ燃料が直面する大きな技術的挑戦の一つです。大規模培養技術の確立には時間がかかるため、商用化は2030年以降となる見通しです。

7. バイオ燃料の牽引市場

バイオ燃料は、原材料の供給制約や製造プロセスでのエネルギー消費等によって価格が高くなりますが、航空会社は燃料価格の上昇分を燃料サーチャージとして最終価格に転嫁する価格決定メカニズムを確立しており、供給量や製造コストを勘案した高値での販売が可能であるため、まずは航空機向けのSAFがバイオ燃料の短中期的な普及を牽引していくと考えられます。

8. 合成燃料

合成燃料は水素とCO2を合成して作られる燃料で、再生可能エネルギー由来の電力を利用して水から水素を生成し、大気中のCO2と反応させて合成燃料を生産するパワー・トゥ・リキッド(以下、「PtL」)や、天然ガスを主原料として利用するガス・トゥ・リキッド(以下、「GTL」)などがあります。共通しているのは、一酸化炭素と水素からなる合成ガスを中間体として利用し、最終的に液体燃料を生産する点です。
GTLのプロセスは大きく分けて、ガス化、FT合成、分離精製の三段階に分類されます。まずガス化では、天然ガスを高温の環境下で水蒸気と接触させることで、メタンを一酸化炭素と水素の合成ガスに変換します。この段階で重要なのは、効率的な触媒を使用して可能な限り合成ガスの高い収率を得ることです。次にFT合成では、得られた合成ガスを特定の触媒(通常はコバルトや鉄)の存在下で化学反応させ、合成ガスが長鎖炭化水素に変換されて液体燃料が生成されます。FT反応の温度や圧力の管理が重要であり、製品の種類と特性を決定する要因となります。最後にFT反応で生成された炭化水素を分離・精製することで、市場で使用可能な燃料や化学製品に仕上げます。この段階では、分別蒸留や水素添加処理が一般的に用いられます。
GTL燃料は硫黄分が非常に低く、燃焼時の排出ガスもクリーンで環境影響が小さいです。また、GTLディーゼルは非常に高いセタン価(自己着火のしやすさ等)を持ち、エンジンの性能を向上させることができるほか、商業的に利用されない遠隔地のガス田や焼却される余剰ガスの有効活用方法として利用できます。一方、課題としては、大規模な設備投資が必要なため製造プロセスも複雑でコストがかかること、製造プロセスでエネルギーを大量に消費することなどが挙げられます。

持続可能性の観点からは、水素の供給源としてグリーン水素またはブルー水素、CO2の回収方法としてDACまたはCCU、という選択肢が検討されます。これらの選択肢の組み合わせは、脱炭素化の効果、製造コスト、技術的な実現性など、多岐にわたる観点で議論されています。
グリーン水素を用いる場合は、再生可能エネルギーを利用した水の電気分解により生成されるため、製造過程でCO2を排出しないものの、再生可能エネルギーの入手性が低い場合の高い電力コスト、電気分解設備の高い初期投資額により、ブルー水素に比べて製造コストが高くなりがちです。一方、ブルー水素は天然ガスからの水蒸気改質などで生成され、生成過程で発生するCO2は回収・貯蔵されます。ブルー水素の利点は、既存の天然ガスインフラを利用できることと、比較的低コストで大量生産が可能な点ですが、一部のCO2が排出される可能性があるため、グリーン水素ほどの環境負荷削減は期待できないというデメリットがあります。
DACは大気中のCO2を直接捕捉する技術で、どのような産業施設でも独立して設置が可能です。最大のメリットは、過去に排出されたCO2を除去できる点にあり、地球温暖化対策としてのポテンシャルが非常に高いとされていますが、エネルギー消費が大きく現在のところ高コストであるため、広範な導入にはさらなる技術開発が必要です。一方、CCUでは工業プロセス等で発生するCO2を捕捉して他の製品へ転化利用されます。特定の産業プロセスから直接CO2を捕捉できるため、効率的な炭素回収が可能ですが、捕捉したCO2の全量を有効利用できるわけではなく、一部は環境に放出される可能性があるため、DACほどの環境改善効果は期待できません。

9. 合成燃料の製造プロセス

合成燃料の製造プロセスの起点となるメタンは、天然ガスの水蒸気改質または水素とCO2を原料とするメタネーションで生成されます。このメタンをさらに熱分解して、一酸化炭素と水素から成る合成ガスが生成されます。メタンから合成ガスを生成するプロセスは逆シフト反応を用いますが、この方法では反応温度が高くなるため、現在は高温に耐え得る触媒や反応プロセスの低温化の開発が進められています。また、逆シフト反応にかわる合成ガスの製造方法として、CO2電解や共電解、ケミカルルーピング、直接合成など様々なプロセスの研究も進められています。次に、この合成ガスをFT法で再合成し、ディーゼル燃料やガソリンを生成します。
FTのほかに、Methanol to Gasoline(以下、「MTG」)と呼ばれるプロセスでは、メタノールの製造後に特定の固体酸性触媒(ゼオライトなど)を用いて、メタノールを直接ガソリンに変換します。MTGは、高いオクタン価(ノッキング現象の起こしにくさ等)を持つガソリンを得ることができ、化石燃料に比べて環境負荷が低いという利点があります。

10. 合成燃料の製造コスト

合成燃料の製造コストの大部分を占めるのは水素の製造コストです。特にグリーン水素の場合、現状では製造コスト全体の約8割を占めています。また、このグリーン水素の製造コストの約7割を電気分解に使用される再エネ電力のコストが占めています。ただし、再生可能エネルギーのコストが低下している現在、グリーン水素の生産コストも下がりつつあり、2030年には欧米や中国、豪州などではブルー水素由来の合成燃料とグリーン水素由来の合成燃料のコストが逆転し始める見込みとなっています。
これに対して、CO2回収コストと燃料合成コストは全体の約1割となっています。特にDACはまだ高コストで、現状では1トンあたり約600ドルから1,000ドルかかっているとも言われますが、2030年代には100ドル以下にまで低下する可能性があるという見方もあります。
また、合成燃料の製造プロセスはエネルギー集約的であり、特に高温での化学反応や圧力を要するプロセスが多いため、エネルギー効率の改善はコスト低減の鍵となります。触媒の改良、プロセスの最適化、規模の経済の実現など、技術進歩は合成燃料の製造コストを低減する重要な要素です。特に触媒の効率化は、反応の選択性を高め、副生成物の量を減らし、エネルギー消費を削減するため、直接的にコストダウンに寄与します。

11. カーボンニュートラル燃料の市場規模

米国の市場調査会社Global Market Insights Inc.によれば、合成燃料の市場規模は、2023年時点で62億ドルと評価されていますが、2024年から2032年にかけて年率32.8%のペースで急成長し、2032年の市場規模は761億ドルに達すると予測されています。

(出所:Global Market Insights)

バイオ燃料の市場規模は、2023年時点で1,672億ドルと評価されていますが、2023年から2032年にかけて年率7.2%で成長し、2032年の市場規模は2,899億ドルと予測されています。

(出所:Global Market Insights)

12. 合成燃料のコスト見通し

合成燃料の価格は、合成燃料の普及推進に向けた国際機関eFuel Allianceによると、2025年には合成燃料の含有率は4%で1リットルあたり1.61ユーロから1.99ユーロの範囲と推定、2035年には含有率42%で0.91から1.64ユーロ、2050年までには石油由来燃料は合成燃料に100%置き換わり、価格も大幅に低下して0.70ユーロから1.33ユーロの範囲になると予想されています。この予測は、市場成長と技術進歩によるもので、将来的には更に手頃な価格になる可能性があります。
 
グリーン水素の製造コストは、国際エネルギー機関(IEA)の予測によると、現在は大規模な生産設備を用いた場合で1キログラムあたり2〜3ドルとされていますが、これが2030年には1キログラムあたり1~2ドルの範囲で下がると推定しています。さらに2040年や2050年には、より効率的な電気分解技術の開発や再生可能エネルギーのコスト低減により、さらに低いコストでの生産が可能になると考えられています。

(出所:Boomberg NEF, Hydrogen Economy Outlook, March 2020)

DACのコストは、現在は1トン当たり600~1,000ドルの範囲と言われていますが、今後の技術進歩や政府支援の増加によって大幅に低下することが期待されています。特に、IEAの予測によると、2030年代には100ドル以下にまで低下する可能性があるとされています​。

13. バイオ燃料領域のスタートアップ

①Renovare Fuels
Renovare Fuelsは、2015年に設立されたイギリスのスタートアップで、家庭や産業で生じる廃棄物から発生するガスを補足し、高度な液体バイオ燃料に変換する技術を提供しています。
現在、アイルランド北部に廃棄物由来のバイオ燃料工場の建設を発表していますが、この生産施設ではNASAおよび米国エネルギー省と共同開発された技術を利用して、年間200 万リットルのバイオ燃料を生産する予定としています。生産施設のクレイグモア埋立地に直接取り付けられたスロットガス抽出技術によってバイオガスを取得し、革新的な触媒技術を使用して、バイオガスを中間留分燃料に変換します。発熱反応と吸熱反応のバランスをとることで運転コストを大幅に削減しているため、以前は技術的に実現不可能であった大規模な操業が可能になっています。
2024年3月には、本プロジェクトを支援するための600万ポンドの資金調達を発表しています。2030年までにイギリスとヨーロッパ全域で多くの工場展開を目指しています。

Viridos
Viridos は、2005年に米国カリフォルニア州で設立され、藻類油を大規模に生産する微細藻類の設計とバイオエンジニアリングに強みを持ち、先進的な藻類株と農学的プラットフォームを開発しています。
この分野の大きな課題は、油の生産性とスケーラビリティです。まず油の生産性に関しては、藻類養殖場の建設にかかる経済的コストを考慮すると、導入する藻類の生産性は極めて高くなければならず、与えられた表面積に対して可能な限り多くの油を生産する必要があります。また、スケーラビリティに関しては、いくら生産性の高い実験室株があったとしても、気温の変動や暴風雨など収量を著しく損なう環境要因のある屋外で大量培養できる必要があります。
これらの課題に対して同社は多くのブレークスルーを達成しています。脂質スイッチとなる遺伝子の発見に始まり、ゲノム編集とマーカーリサイクル技術を駆使して油の生産性を向上させました。また、何千もの微細藻類を選別し、環境に影響を受けない天然由来の強健な微細藻類を発見しています。同社は、最先端の藻類工学、バイオインフォマティクス、システムバイオロジーのツールを駆使し、新しい形質を積み重ね、生産性の高い藻類株の改良を続けています。
2023年3月には、ビル・ゲイツが設立したファンドが主導する2,500万ドルの資金調達を行っています。この資金調達には、United Airlines、Air Canada、Boeingなどの出資を受けて設立されたファンドも参画してます。

③WasteFuel
WasteFuelは、2018年に米国カリフォルニア州で設立され、都市廃棄物や農業廃棄物をグリーンメタノールなどの低炭素燃料に変換するスケーラブルな技術を開発しています。同社のプロセスは、費用対効果の高い迅速な拡張を可能にするモジュール方式で設計されています。
2023年7には、エネルギー大手bpから1,000万ドルの出資を受けるとともに、バイオメタノール生産の収量と経済性の向上に関して協力することでも合意しています。これにより、ドバイの新施設を皮切りに、低炭素バイオメタノール施設のネットワークを拡大することで、バイオメタノール対応船への転換を進める世界の大手輸送会社にバイオメタノールの提供を目的としています。

14. 合成燃料領域のスタートアップ

①Infinium
Infiniumは、合成燃料の製造技術とプロジェクト開発に強みを有しています。合成燃料の製造プロセスで起点となる合成ガスは一般的な化学中間体ですが、同社では市場の需要増に対応できる拡張可能なプロセスを通じて、高いCO2転換率を持つ超低炭素合成ガスの生産を実現しています。その後、合成ガスは独自の液体燃料製造プロセスと触媒を通して処理され、液体燃料が製造されます。ワックスを生産する従来のFT法とは異なり、液体燃料を直接生産することができるため、精製所でのワックス精製や処理が不要になるのです。
同社は、テキサス州に「Project Pathfinder」と呼ばれる、世界初の商用スケールの合成燃料施設を設立、これを皮切りに米国内外で複数のプロジェクトを展開しており、既存石油精製施設をそのまま使用するドロップイン方式を用いて、SAFやeディーゼル、eナフサなどが生産されています。2023 年からAmazonの配送トラックにディーゼル燃料代替として合成燃料を供給しています。

Nordic Electrofuel
Nordic Electrofuelは、合成燃料を生産するノルウェーの会社です。許取得済みのPtL技術で、ノルウェーの水力発電を使用してグリーン水素とCO2をディーゼル、ガソリン、ジェット燃料などの炭化水素に効率よく変換します。
主要プロジェクトの一つが、ノルウェーのポルスグルンにあるヘロヤ工業団地における合成燃料設備の建設で、2027年に操業を開始してSAFを生産する予定です。CO2は、地元のフェロ・シリコン・マンガン工場からの高炉廃ガスを使用し、年間8,000トンの合成炭化水素(シンクルード)を生産します。高炉廃ガスからの炭素調達だけでなく、金属やセメント生産、廃棄物焼却など、他のCO/CO2発生源にも適しています。
 
INERATEC
INERATECは、2016年にドイツで設立されタートアップで、GTLアプリケーション用のモジュラー化学プラントを建設しており、合成燃料および合成化学物質を生産しています。このプロセスでは、FT法に必要な熱を最適化するマイクロ構造化された合成リアクターを使用しています。
2022年9月には、千代田化工建設との間で合成燃料製造に関する脱炭素化促進に向けた戦略的協業に関する覚書を締結しています。また、2024年1月には、シリーズB資金調達ラウンドで129百万ドル以上を調達したと発表、フランクフルトで過去最大のプラント建設に着手し、オランダとチリでも国際的なプロジェクトを通じて拡張を進めており、年間1,200万トン以上のCO2がリサイクルされる見込みとなっています。

15. 合成燃料の代表的プロジェクト

現在、実証規模または商用規模のプロジェクトが世界各地で計画されており、プロジェクトの数は増加傾向にあります。輸送部門向けのプロジェクトでは、MTGよる自動車向けの合成燃料製造と、 逆シフト反応およびFT合成による合成燃料製造の動きが活発となっており、2020年代前半には小規模の製造が開始され、2020年代後半には商用規模の合成燃料製造が開始される見込みとなっています。また、実証及び商用規模のプロジェクトでは、CO2の供給源としてDACを用いるプロジェクトや、産業由来のCCUを用いるプロジェクトがあり、多様な選択肢からCO2回収が行われています。水素の製造はほとんどが水電解によるもので再生可能エネルギーが利用されています。
 
Haru Oni(HIF)
代表的なプロジェクトは、チリの大手エネルギー事業者のグループ会社であるHIFが主導する、MTG法を用いた合成燃料製造プロジェクト(Haru Oniプロジェクト)で、2020年代後半に年産10万キロリットル以上の生産量が見込まれる大規模プロジェクトの運転開始を予定しています。同プロジェクトは、HIFを筆頭にポルシェとenelが共同創設者となり、風力発電の適地であるチリのマガジャネス地方に合成燃料の生産プラントを建設するもので、製造されたガソリンはコンテナ船で欧州に輸送される計画となっています。CO2の供給源はGlobal Thermostat社のDAC技術により回収され、水素は風力発電による水電解によって得られます。また、HIFではHaru Oniプロジェクトの経験をもとに、米国テキサス州と豪州タスマニア州にプラント製造を計画しています。

②Infinium
Infiniumは、FT合成時のワックス精製を不要にする触媒技術等の合成燃料製造プロセスに独自の技術を持ち、米国テキサス州や仏国ダンケルクで主に運輸部門向けに合成燃料(Infinium SAFおよびInfinium Diesel)の製造を計画しています。2023年からAmazonのトラックに燃料の供給が開始され、2020年代後半に規模の拡大(年産10万キロリットル以上)が計画されています。仏国ダンケルクのプロジェクトでは、アルセロールミタル社の製鉄工場から排出されるCO2を利用します。
 
Norsk e-fuel
Norsk e-fuelプロジェクトは、ノルウェーの航空機向け合成燃料を製造するために結成されたコンソーシアムで、ドイツのSunfireが電解槽を提供スイスClimeworksがDAC技術を提供し、実証プラントから商業規模への拡大が計画されています。
 
Nordic Electrofuel
Nordic Electrofuelによる航空業界の脱炭素化を目的としたプロジェクトでは、ノルウェーのヘロヤ工業団地に商業規模の合成燃料製造プラントを建設する計画となっています。セメント産業、廃棄物焼却プラントやバイオ燃料プラントなどのCO2排出源を利用することで、競争力のある燃料価格の実現を目指しています。2025 年のプラント稼働には、FT合成、逆シフト反応、アルカリ電解のような実証済みの技術システムを使用する予定です。
 
AtmosFUEL
AtmosFUELプロジェクトは、DACおよびガス発酵プロセス、LanzaJet社などの要素技術を統合し、イギリスの航空会社向けにSAFを生産するプロジェクトです。CO2はCarbonEngineering社のDAC装置で回収し、LanzaTech社のガス発酵プロセス技術でエタノールを合成、LanzaJet社のATJ(Alcohol To Jet)技術を用いてSAFを製造します。

16. 合成燃料に関する政府方針

政府は2050年カーボンニュートラル目標に伴うグリーン成長戦略おいて、2040年までの合成燃料の商用化を目標に掲げ、主にグリーンイノベーション基金等を通じて、高効率かつ大規模な製造プロセスを確立するための技術開発を推進するとしています。
これに対して、2023年6月に発表された「合成燃料の導入促進に向けた官民協議会の中間とりまとめ」では、2035年に乗用車新車販売で電動車100%とする政府目標の時間軸との不整合などから、商用化目標を前倒しすべきとの意見を受けて、2030年代前半への前倒しも検討されています。

(出所:経済産業省)

17. 日本企業の取組および地方自治体の動き

①ENEOS
ENEOSは、合成燃料の生産に必要となる製造プロセスや触媒など様々な技術革新を実現するために、NEDOの「グリーンイノベーション基金事業/CO2等を用いた燃料製造技術開発プロジェクト」に参画し、高効率な合成燃料製造プロセスの技術確立に取り組んでいます。
また、同社はバイオ燃料の開発と商用化に向けても積極的に取り組んでおり、特に非食用の木質バイオマスやリサイクル紙などのセルロース資源を原料とするセルロース由来バイオエタノールの生産に注力しています。効率的な前処理、特有の酵母を使用した糖化および発酵、酵素と酵母の回収と循環を組み合わせることでコストを削減し、実証プラントでの連続生産に成功しています。さらに、この技術を用いて生産されたバイオエタノールを、自動車燃料、航空燃料、化学製品の原料として使用することで、低炭素社会の実現に貢献する計画です​。
 
出光興産
出光興産は、全国7拠点にある製油所・事業所を、2030年までにSAFやアンモニアなど次世代燃料の供給拠点に転換するとしています。28年度から千葉事業所と徳山事業所でSAFを製造し、生産能力は千葉で年10万キロリットル、徳山で年25万キロリットルを計画。2030年に国内空港で給油するジェット燃料の1割(171万キロリットル)をSAFにするという政府方針を踏まえて、2030年までに国内で年50万キロリットルのSAFの供給網の構築を目指しています。
 
北海道
北海道苫小牧市は、次世代燃料の供給基地に生まれ変わろうとしています。苫小牧が合成燃料の生産適地である理由の一つは、トヨタ自動車や王子製紙などの工場および周辺にある北海道電力の火力発電所から回収されるCO2源の存在です。加えて、2016年から2019年までに計30万トンのCO2を貯留した実績を踏まえ、出光興産では2030年までに北海道電力や石油資源開発と年約150万トンのCO2を貯留し、合成燃料の原料として使うことも検討しています。また、大規模太陽光発電所などの建設など、グリーン水素を生産しやすい環境も備えています。さらに、苫小牧は北日本最大の国際貿易港を持つ道内の物流拠点であるほか、隣接する千歳市には国際空港があり、周辺は船舶用重油からトラック向け軽油、航空機用ジェット燃料など幅広い液体燃料が使われているため、合成燃料の大きな需要を見込むことができます。
三菱商事とエア・ウォーターは、コスト削減が課題となる合成燃料よりも実用化が早いとみられている混合燃料に着目しています。両社は、LNGにふん尿由来のバイオガスに含まれるメタンを液化した新燃料の「液化バイオメタン」を混ぜた燃料でトラックを運行しています。液化バイオメタンの配合比率は最大6割で、現在は10数台を走らせており、充塡スタンドは苫小牧市と石狩市に設けられています。

18. カーボンニュートラル燃料の可能性

輸送機器は、小型軽量で稼働時間が短い一部の用途を除くと、電動化が困難な用途が多数存在しています。航空機や船舶などはCN燃料の利用がグローバルな枠組みの中で進められており、バイオ燃料に関しては高コストを許容し得る航空機用途に多くが消費される一方、船舶は航空機に比べると体積や複雑なシステムを搭載する余力があることで、現時点では合成燃料やバイオ燃料以上に水素やアンモニアが候補となっています。
これから日本として、バイオ燃料と合成燃料のどちらに軸足を置くべきかについては様々な意見があるものの、バイオ燃料は原料となるバイオマス資源に制約があり、やがて生産量が限界を迎えて需要を満たせなくなるとの見方から、合成燃料に注力すべきという意見が多く聞かれます。そのような合成燃料が最も早く実用化されるのは、おそらく航空燃料の分野であり、当面はバイオマスや廃食油などを活用していくことになりますが、すでに資源量の限界が見えているため、どこかのタイミングでは合成燃料を実用化していく必要があると考えられています(下グラフは、欧州における技術分野別のSAF供給量予測)。

(出所:Guidelines for a Sustainable Aviation Fuel Blending Mandate in Europe)

合成燃料の一般的な製法であるFT法では、ジェット燃料の生産時に一定の割合で軽油やガソリンなどの燃料も生産されるため、航空燃料が牽引役となることで、量産技術の確立と市場拡大が進めば、航空機だけでなく大型トラックやガソリン車にも波及していく可能性があります。
液体の合成燃料は、現在整備されている石油プラントや貯蔵タンク、ガソリンスタンドといった既存インフラをそのまま利用できるため、新たなインフラへの投資負担も軽減することができます。日本政府は2035年の100%電動自動車化を宣言していますが、これにはハイブリッド車やプラグインハイブリッド車も含まれており、その中で合成燃料が使われていく可能性が高いと思われます。内燃機関とその周辺技術において世界トップ水準にある日本は、合成燃料によるカーボンニュートラル化の実現に向けて、その技術とノウハウを積極的に活用していくべきではないでしょうか。

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