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南町田ビル8F 御幸コールセンター まさ代さん 第2話「ひょっとして、アタシ?」

「今週も特に予定はないけど、頑張ろうかしら」
職場である御幸(みゆき)コールセンターまでは、車で15分ほどだ。
出勤途中に、コンビニでタバコとコーヒー、それにおにぎりと、調理パンを購入するのが、ダイエット期間中のまさ代の日課である。
「…まぁ、来週くらいには、カオリンとランチね♪」

駐車場に車を駐車後、南町田ビル8F御幸コールセンターへ。
ビルに入ると、守衛さんが声を掛けてくる
「おはよう、まさ代ちゃん、今週も宜しくねぇ」
守衛のおじさんは、この時間帯が一番忙しい。1階から8階に職場がある沢山の社員たちが出社するからだ。
「おはようございます、今日もお元気ね♪」
…まぁ、アタシの場合、社歴も長いほうだから、すっかり顔なじみで
親しげな挨拶も差し支えない。

エレベータが開き、8Fのボタンを押した時、後輩社員の西池 香こと、カオリンが掛け乗ってきた。
「お、おはようございます、まさ代さん。良かった、エレベーター間に合った♪」
「あら、カオリン、おはようさん!そんなに急がなくても、まだ時間あるでしょ?」
西池 香は、一息つくと、堰を切ったように話し始めた。
「まさ代さん、エレベーターの中じゃないと、話せないハナシがあるんですよ!まだ、部長から聞いてません?」
「は?何も聞いてないけど…?」
カオリンは、目を輝かせながら話を続ける。
「まさ代さん、チャンスですよ!今週末、会社がらみの婚活パーティーがあるそうなんです。それで、30歳前後の年齢制限がある婚活パーティーに「部署内から必ずひとりは出席させます」って昨日、串間(くしま)部長が、電話しているところを聞いちゃったんです!」
カオリンは一気にまくしたてると、間をおいて
「うちの部署からは、絶対!まさ代さんで決まりです♡」
「…それ、ホントなの?」
8Fのエレベーターのドアが開き、御幸コールセンターの1日がはじまった。

今日は午前中から、原簿(げんぼ)入力作業がメイン。伝票の入力作業で、郵便番号や住所・電話番号・氏名など、テキストをデータとして入力していく。入力情報が不足している場合は、不備除外として入力をせず、ハジく。
隣のデスクでは、カオリンが熱心に入力している…が

「あっ、お名前が徳川家康だって!え~コレって同姓同名かな、でも、ありえな~い、本当だったら、超エモい~♡」

…たまに、というより、よくある。自分の名前ではなく、歴史上の人物の名前が伝票に書いてあったり、漫画のキャラクター名であったり。それでも、郵便番号や、住所が一致する場合は届くものである。もちろん、連絡先として電話番号が書かれているため、確認の電話を本人に掛ける場合もある。

「カオリン、それ本物かも知れないわよ」
「えっ?まさ代さん、本物って…あの…」
「そう、徳川家康!」
「キャー、超エモい~!最高オブ最高♪」

…そんな冗談を言い合っていると、串間(くしま)部長がやってきた。
「まさ代くん、ちょっといいかな」
「あっ、はい…」
パソコンの画面をロック画面に切り替えて、椅子を戻した時、カオリンの顔がチラッと見えた。…ニヤニヤしている!やっぱり、これは、カオリンが朝のエレベーター内で話ていた婚活パーティーの件かしら?

串間部長と、別室のミーティーングルームへ。10人程、打合せが出来るスペースだが、どうやら、他の社員は誰もいない。

「…すまんね、仕事中に。まぁ、かけたまえ」

そう言うと、串間部長は、藪から棒にきりだした。

「実は、今週末…その、まさ代くんに出席…いや、参加して欲しいイベントがあってね。御幸コールセンターも、関わりがあるお客様のイベントなので不参加というのは、出来れば避けたいところなんだよ…」

串間部長は、核心をついていないが、カオリンの言っていた婚活説が濃厚だ。ならば、こちらからも援護射撃をしておくべきか。

「部長、今週末は、特に予定もありませんし、イベント出席、出来ますよ」

串間部長の表情が柔らかくなった。

「おぉ、そうか!いや~助かるよ、その…婚活イベントらしいんだが、何でも、年齢制限があるようで、まさ代くんが適任かと!西池くんとかだと、ダメみたいなんだよね。」

そう言うと串間部長は、婚活イベントの詳細が書かれたA4のプリントを1枚取り出し

「宜しくお願いしますよ、まさ代くん。私の世代は婚活など、なかったもので、よくわからないから、それじゃ」

軽やかな足取りでミーティングルームを出ていく串間部長が印象的だった。まぁ…結婚適齢期の独身女性に、婚活イベントを勧めるのも気が気じゃなかったのだろう。さ・て・と、アタシにとっては、渡りに船って感じだわ♪
婚活は今週の土曜日、場所は…北町田のスカイガーデン!ここ、行ったことあるわ。格式高いところね、アメジスト・ホール…結構広めの会場みたい。

まさ代がデスクに戻ると、カオリンが、待ってましたとばかりに、瞳を輝かせている。もう、婚活の内容を話すしかないようだ。と、カオリンの隣には
小戸(おど)流星の姿もあった。大方、婚活のイベントにアタシが出席するかも知れないってコトをダシに流星と会話していたんだろう…まぁ、いいけど。

「まさ代さん、どうでしたぁ~?カオリンもう、気になって、気になって♡」
「あー、うん、カオリンの言った通りになったわよ、はい、コレ」

婚活の案内用紙をカオリンに手渡すと、カオリンは、まじまじと内容を確認し始めた。その横にいた流星が、話しかけてきた。

「まさ代さん、婚活イベント行くんですね…」
「ええ、半ば、会社の辞令みたいなモンだから」

流星は心配しているのか、喜んでくれているのか、わかりにくい微表情だ。
まぁ、好意を持たれているような気配はないと思うけど、複雑のようだ。

「うわー、この場所!なかなかスゴイところですね。こりゃ、今度こそ上手くいくかも♪」
「こ、今度こそは余計よ。アレよ、婚活パーティーなんて、行ってみないとわからないモノよ」

そうは言ったものの、そろそろ婚活にピリオドを打って、素敵なイケメン男性とのお付き合いをはじめたいところだ。でも、良かったわ…カオリンとランチに行くためのダイエットが、週末の土曜日には、役立ちそうで♪

●●

予定や約束事がある一週間は、過ぎ去るのが早い。
婚活パーティーの土曜日だ。はやる気持ちを抑え、隣街の北町田へ向かう。
「天気は良き…まさに今日の為に、アタシがあって、アタシの為に今日がある!」そんな意味の分からない言葉をつぶやきながら、北町田スカイガーデンへ辿り着いた。

「えっと、アメジスト・ホールは…5階ね」

立派なビルだ。会場の北町田スカイガーデン
アメジスト・ホールは想像以上に広く、幾つものシャンデリアが、天井から下がっているのか、数えるのも面倒なくらいだ。
受付を済ませると、番号が書かれたプレートを渡される。

「303…⁉」

303番って、何?何人来てるの、この婚活パーティ!?
受付から、ホールを覗くと、その人の多さに驚く。これは婚活ではなく…いわゆる企業間の賀詞交歓会?御幸コールセンターからも「参加」することで面子が保てる、大人の都合的な形式的なもの?

謎の婚活イベントは短い式次第の後、立食パーティ形式でのフリートーク。ビジネスの延長って感じの人ばかりで、結局…成果ナシ。
まぁ、料理は美味しかったけど。
それに、カップル成立!とか大々的に発表(公表)もしないみたい。
それぞれが、連絡先を交換する…

コレ、やっぱり、婚活は名ばかりの、賀詞交歓会じゃない!!(泣き)

新年でもないのに賀詞交換会もどきに参加させられるとは…ブツブツ小言を言っていると、運営者からホールの参加者に向けてアナウンスが入る。

「本日は、ご参加有難うございます。今回、婚活を兼ねたイベントという初の試みでしたが、今後の開催に活かしたいと思っております」

司会の女性も、「婚活イベント」としては、成功とまでは言えないようだ。しかし、ここで思わぬ展開が待っていた!

「実は今回、サプライズとして、関連会社での取引があります、ジョニー・ライアン芸能事務所から、人気グループ「大嵐」のリーダー・赤江ハルトさんに来ていただいております」

会場が一瞬、静かになったと思ったら、今度は一斉に沸く!!

「大嵐って、えっ?赤江ハルト来てるの?」
「キャー、ハルト♡」
「今、目が合ったわ~!」

これまでの婚活イベントは何だったの?というくらい、会場に来ている女性たちの空気が変わる。ジョニー・ライアン芸能事務所の大嵐の赤江(あかえ)ハルトと言えば、ほぼ毎日、日本のメディアに露出し、結成8年になる、国民的人気グループのリーダーだ。アタシでも知っている。きっと、後輩の西池香、カオリンが婚活に会場に来ていたら、気絶ものだ。

会場の興奮は冷めやまない。

「今回、赤江ハルトさんをお招きしたのは、来月発売される新曲「アメジスト」と、婚活会場であるホールの名称が「アメジスト・ホール」という縁で、このステージに上がっていただいたワケです」

アメジスト・ホールと新曲のアメジストって、どんだけベタなのかしら?

「さらに、ビック・プレゼントもあります!女性参加者のみ対象となりますが、1名様に、赤江ハルトさんと、1日デートが出来る券をご用意させて頂きました!先程、女性参加者のプレートの番号と同じ数字を抽選して頂いております」

会場の女性たちは、もはや騒ぐどころか、静まりはじめる。

「それでは、赤江ハルトさん、1日デート券をゲットした幸運な女性のプレート番号の発表、お願いします!」

赤江ハルトが、抽選番号の書かれたボールをポケットから取り出す…

「赤江ハルトです、1日デート券、僕とデートするのは…プレート番号
303番の女性です!」

まさ代が事の次第に気がついたのは、司会者女性の呼びかけの言葉だった。
「303番のプレートは、あなたですよ、まさ代さん!御幸コールセンターからご参加の、まさ代さん♪」

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