動悸についての短い記憶(24/04/22)

夜半に目が覚めた。強い動悸であった。ベッドが揺れているのではないかと錯覚するほど、心臓は音を立てていて、全身のあらゆる末端に、血が激っていた。耐えきれず、僕は跳ね起きた。強い動悸であった。

理由はわからない。最近でだしたお笑いコンビの、派手な方と早押しクイズをする夢を見ていたからかもしれないし、またはもっと曖昧な、最近の生活に関することかもしれない。
上体を起こしてからもまだ、心臓は早く、そして大きな音で振動していた。僕は側のケータイを勢いよく手に取った。拍子に、差しっぱなしの充電コードはプツリとプラグから抜けた。
もしかして、と思ったからだ。もしかして、急変したのでないかと。昨日、脳梗塞で緊急搬送された人のことが脳裏を掠めた。
虫の知らせなどという非科学的なことは信じない。しかし、信じないことが常に現れないという保証はないのだ。僕という小さな人間が、想像もできないことが世の中にはたくさんあって、もしかすると、そういうことがある時、自分の身に降りかからないとも限らない。
僕の悪い想像は、しかし、どうやら外れていたようだった。特別の連絡はない。鼓動のおさまりと共に、この夜が、僕のよく見知った世界との連続であることが、次第に確認できた。
どんよりとした部屋の空気を感じて、僕は窓を開けた。時折、車両の往来の音が聞こえる。エンジン音は近づき、遠くなる。
ベッドに腰を下ろし、水を飲んだ。目を瞑る。どうしてか、桜の散る映像が瞼に浮かぶ。淡いピンク色の花弁が強い風にザァッと舞って、それからアスファルトに落ちる。花は、散り際が一番美しい。もしかすると僕は、あの悪い想像からまだ抜けきれていないのかもしれない。

まだ二時だ。眠ってから二時間しか経っていない。そんな短い時間では、きっと世界は変わらない。僕はまた横になった。体の末端は冷たくなっていた。
天井を見た。それはちゃんと平面であり、端は四角であった。強い動悸は確かに、散華という悪い予感を誘引したが、なお僕はまだ、僕の信じている方の世界にいるようだ。

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