米国Fintech企業Arcの提供サービス
「資産の流動性を上げ、挑戦する起業家・企業の成長を後押しする」Yoiiの宇野です。私たちはRBF(レベニュー・ベースド・ファイナンス)という新しい資金調達手段を企業の皆さまに提供しています。
今日は、そんなRBFのプレイヤーとして何か新しいことしているなーと以前から気になっていた「Arc Technologies(以降、Arc)」について調べたのでまとめてみます。
RBFってなに?という方は、弊社のブログ「5分でわかる「レベニュー・ベースド・ファイナンス(RBF)」デットでもエクイティでもない新たな資金調達手段」を読んでいただければ幸いです。
About Arc
Arcは、2021年に米国で創業したY combinator出身のFintechスタートアップです。弊社Yoiiの創業もArcと同じ2021年なのですが、米国のRBF市場ではClearco、Pipe、Capchaseといった先行プレイヤーが大型資金調達をてこにすでに成長している中でどのように攻めていくのかと思った覚えがあります。
創業者は、CEOのDon、PresidentのNick、CTOのRavenと3人の共同創業です。投資家は、Sequoia、a16z、Y combinator、Accelなど錚々たるVCが投資しています。
提供プロダクト
結論として彼らはRBFプレイヤーではないと言えるでしょう。起業当初はそれこそRBFプレイヤーとして紹介されていた記憶があるのですが、現在はデジタルバンクを目指しているようです。というより起業当初よりそのような戦略であり、時間が経つにつれてラインナップが揃ってきたのでしょう。
Arcのプロダクトは、「Cash Management」と「Capital」の2つから構成されています。Cash Managementは、Operating、Reserve、Treasury、Platinumという製品群で構成されており、Capitalは、Working Capital(旧Revenue Financing)とVenture Debtの構成となっています。Arcはこれらのプロダクトを組み合わせることにより、主にスタートアップ顧客に対して資金の預かり、資金提供、支払機能、資金運用を提供し、銀行業務(預金、融資、為替、+金融商品販売)のようなことを可能にしています。
ひとつひとつ見ていきましょう。
Cash Management
まずはCash Managementです。こちらはその名前の通り主に顧客の資金の管理と運用が中心になるサービスです。
Operating
こちらのOperating口座は、Arcの基本機能として顧客のキャッシュマネジメント機能を担っているようです。この口座に口座開設手数料、送金手数料、最低残高などの制限はありません。
- デビットカード発行
物理とバーチャルのデビットカード発行が可能でOperating口座にデポジットされた資金を使ってカード払いを可能にします。支出管理機能もついておりカードごとに支払額や権限の設定を可能にしています。支払トランザクションの管理、会計ソフトへの連携など、法人カードサービスとしての基本機能は備わっているようです。
このカードのイシュアは、Celtic Bankでカードの仕組みはStripeを利用しています。StripeがStripe Issuingというカード発行のサービス(日本未提供)を提供しているのでこの機能を利用しているのだと思います。
- 送金機能(ACHとWire)
米国の送金システムであるACH(Automated Clearing House)とWireを送金手数料無料で利用できます。支払スケジュールを設定した送金などもできるようです。この送金機能もStripeの銀行送金機能を使って実現しています。
(補足: ざっくり。ACHは送金コストは低いが送金に時間がかかるため支払スケジュールを設定した日常的な取引、Wireは送金は早いが送金コストが高いため大量の資金送金や国際取引に使われる送金手段です。)
Reserve
Reserve口座は、顧客がArcへの預入資金から利益を得ることができる口座です。最大4.00%のAPY(Annual Percentage Yield、補足参照)が得られるそうです。前述のOperating口座からこのReserve口座に資金を移すだけで、このAPYの恩恵を受けられます。
想定されている利用場面としては、スタートアップの余剰資金の活用です。通常スタートアップは、資金調達でランウェイを考慮して1年半から2年程度の資金を投資家から調達します。デフォルトで赤字のことが多いスタートアップにとっては資金調達したお金を一気に使ってしまうのではなく、ランウェイが尽きる時までただ銀行口座に資金を寝かしておくことになります。Arcは、顧客の余剰資金をこのReserve口座に移動させることにより、銀行から得られる利息よりも高い利息を付与しているのだと思います(ArcのReserve口座と米国の普通預金の利回り確認はしていないので予想です)。これによりスタートアップ起業は、本来なら寝かしておくだけで利益をもたらさない資産から利益を得ることができ、事業に投資することができるようになります。資金はいつでも引き出し可能となっており流動性も確保されています。
Reserve口座の資金は、バンキング・パートナーであるEvolve Bank & TrustがFDIC(米連邦預金保険公社)によって保証されているために、FDICの補償を受けることができます。
利回りの源泉は、バンキング・パートナーがFRB(連邦準備制度理事会)に預金を保管することで、効果的な連邦資金レート(Effective Federal Funds Rate、EFFR)に基づいて支払いを受けます。次に、Arcは預金に基づいてEFFRに連動した支払いを受け取ります。そのうちのかなりの部分をArcが顧客に支払い、顧客は自身のReserve口座の残高に対して利回りを得ることができます。簡単に言うと、Arcのバンキング・パートナーはFRBからの支払いを受け、Arcはその一部を顧客に分配することで、顧客は自分の預金に利回りを得ることができるという仕組みです。これにより、顧客は自分の預金で収益を生み出すことが可能になります。
こちらのReserve口座もStripeの仕組みを利用して顧客にサービスを提供しています。Evolve Bank & TrustもStripeが提供するサービスのパートナーとなります。
(補足: APY=年間利回り=複利を考慮した利回り
APY =(1 + r / n)ⁿ-1
r = 年間の名目利息率
n = 1年間における複利計算の回数)
Treasury
Treasury口座は、Reserve口座よりもさらに大きなAPYを得るための資産運用口座になります。こちらもReserve口座と同じく余剰資金を有効活用してリターンを得ることが目的になりますが、Treasury口座のAPYは最大で5.36%になるとのことです。この口座では取引手数料(毎月0.02%〜取引量に応じて)がチャージされるようですが、後ほど紹介するArc Platinum会員になることによりこの取引手数料は免除されます。
Treasury口座では、BNY Mellon Pershingを通じてMMF(Money Market Fund)や、Treasury Bills(T-Bills、米国財務省短期証券)に資産をアロケーションすることができます。現在の取り扱い商品は以下のようになっています。MMFや1、3、6ヶ月の短期債による運用が可能が可能になっています。
いくら余剰資金といっても、事業拡大のために投資家から調達した資金をリスクにさらすわけにはいきません(原則、事業資金を投資商品で毀損することはできないはず)。そのため、Arcでは以下のような形で資産保護をしています。
*注: 以下の説明は、Arcの記載を基に筆者が理解した内容を記載するのみで一部不正確な点がある可能性があります。
- FDIC(米連邦預金保険公社)保険
顧客の資金は、BNY Mellon Pershingが提供する銀行預金スイーププログラムを通じて管理されます。このプログラムでは、資金はFDICに加入している複数の銀行に自動的に振り分けられます。
この振り分けにより、顧客の資金は最大500万ドルまでFDIC保険の対象となります。これは、通常の銀行口座のFDIC保険上限(25万ドル)を大幅に上回る金額です。FDIC保険は、銀行が倒産した場合でも顧客の預金を保護するものです。
(補足: スイーププログラム(またはスイープ口座)というのは、銀行や金融機関が提供する資金管理サービスです。顧客の資金をより高い利回りを提供する口座や投資商品に自動的に「スイープ(移動)」することにより、効率的な運用を実現することを目的としています。)
- 安全な投資先
Treasury口座の投資先はMMFとT-Billsです。MMFは、高格付けの公社債やコマーシャル・ペーパーなどリスク性の低い資産への投資によって運営されます。T-Billsは米国政府の裏付けがある短期証券で一般的に低リスクな投資オプションとして認識されています。こうした低リスクで安定的なリターンがあり、流動性も確保できる商品に絞ることで顧客の資金が毀損しないように努めているようです。
- 信頼性
BNY Mellon Pershingは、数兆ドルの資産を運用している大手金融サービス企業です。大規模金融機関を通じた資産管理により高度なセキュリティと専門的な管理が期待できます。
また上述のスイーププログラムの参加行は、Goldman Sachs、JPMorgan Chase、Citibankなどの有名な銀行が参加しています。これらの銀行は財務的に安定しており、信頼性が高いと考えられている銀行で運用されることによりリスクを抑えています。
Platinum
Platinumは、顧客が月額費用を払うことにより様々な優遇サービスを受けられる会員サービスのようです。現在は、招待制となっており一部の顧客のみがこのサービスを受けられるとのことですが、招待のリクエストも出せるようです。feeは月額246ドルから、とのことですがOperating口座で給与支払などをする場合は、50%の割引が適用されるとのことです。以下の特典を考えるとArcユーザーであれば入会することができるなら基本的に入っておいた方が得な設計なのかと思います。
特典
- Operating口座でAPY1.35%
ここはちょっと分かりませんでした。ReserveやTreasuryでAPYを得れることから恐らく最もリスクの低いOperating口座でも高いAPYを得られるということだとは思います。
- Treasury口座の管理報酬免除
Platinum会員は、Treasury口座の管理報酬が100%無料になるために利回りを最大限に高めることができるようです。
- ヘルス&ウェルネス提供
サイクリング、ヨガ、スイミングなどのをカバーしているようです。詳細は分かりませんでしたが、福利厚生サービスのようなもののようです。
- リレーションシップ・マネジメント
要するに24時間いつでもメール、Slack、電話など様々なチャネルから相談ができるカスタマーサポートがつくようです。
- 口座分析
「銀行情報を入力し、銀行取引明細書をアップロードすることで、現在の手数料を明確に表示し、財務に関する情報に基づいた意思決定を行うことができます。」と記載されていましたが具体的にどういったものかは分かりませんでした。
Capital
Capitalは、顧客にとっては資金調達サービスになります。
Working Capital
こちらがレベニュー・ベースド・ファイナンスのサービスになります。これまでAdvance PlusやRevenue Financeという名前の変遷がありましたが2024年からWorking Capitalという名前になったようです。
主な対象となる顧客は、リカーリング性の収益源を持つソフトウェア/SaaS企業やテック企業になります。しかし、将来収益が見通せる企業であればどんな企業も受付可能ということで、例として法律、教育、広告、小売業のSaaS企業が挙がっています。
利用条件は、米国法人でARR25万ドル以上、ランウェイが6ヶ月以上必要です。
すべての企業向けではないですが、業績が好調な企業に対しては返済スケジュールを柔軟にし最初の6ヶ月は返済が発生しない、より顧客にとって使いやすい設計もあります。
Venture Debt
Arcはベンチャー・デットも提供しています。ベンチャー・デットの提供金額は、100万ドルから1億ドルまでとあり様々なサイズの企業に対応可能です。また、コストはプライム・レート(金融機関の短期融資基準金利)+0%から+10%の範囲です。返済期間は24〜48ヶ月となっており、企業ニーズに応じてWorking Capitalとの使い分けをしているのだと思います。
通常、ベンチャー・デットで調達する時はDDプロセスが長く、そもそも使えるのか、いくら使えるのか判明するのに時間がかかります。Arcは、顧客と財務データや売上データを連携しているので適格性評価を素早く行い判断を行います。実際の資金提供元は、Arcと提携している融資パートナーのようです。
まとめ
資金調達側のサービスは取り立てて新しいことがなかったので簡単にしましたが、ここまででまとめたようにArcは、様々な金融サービスをパートナー企業と連携しながら顧客へ届けていることが分かりました。Arcのサービスを顧客のB/S観点で見ると図のようになります。
給与支払いや外注費などの、常態的に発生するコストのための資金はOperating口座で管理します。すべての資金をOperating口座に入れて置いても金利収入が発生しないために、すぐに使わないお金はReserve口座で管理します。さらに、自社の経済状況を脅かさない資金や、さらなる金利収入を得たい場合はTreasury口座で管理を行います。Operating口座と、Reserve口座が現金になり、Treasury口座が有価証券になると思います。つまり、彼らは顧客の流動資産を使って利益創出をしています。
Arcは、Working CapitalとVenture Debtといった負債性の資金を提供していますが、これら2つの資本コストは上記3つの口座の金利よりも高くなるはずです。顧客にとって、Working Capitalは短期資金の調達になるために、Operating口座の管理が基本となり、Venture DebtはWorking Capitalよりも返済期間が長いためにOperating口座で管理しながら一部Reserve口座で管理をしてネットで金利を下げるという形になるかと思います。負債性の資本は返済義務がありますし、Arcの提供するマネーは期間が短いために元本毀損リスクのあるTreasury口座での運用は原則無いでしょう。
VCマネーは、事業投資ならびに運転資金での調達になるのでOperating口座とReserve口座で管理しつつ、しばらく使う予定の無い資金はTreasury口座での運用というのが基本戦略となるのではないでしょうか。VCなど投資家のことを考えると、スタートアップがエクイティでの調達資金をTreasury口座のような所で運用するのを許容するのかどうかという点は疑問があります。しかし、低リスクアセットにさらに保険がついているので問題ないということでしょうか。この辺りにも何か仕組みがあるのかもしれません。仮に日本で同様の仕組みがあったらどう思うかVCの皆さんに聞いてみたいですね。
Arcは、25人強のチーム人数らしいのですがこれだけの仕組みをよく数年で築きあげたものだと驚きます。あと、調べていて思ったのが、Stripeがとにかくすごいこと。Stripeの機能を使うことによって、Fintech企業は短時間でサービス提供が可能になっています。他にも米国は会計ソフトや決済、銀行その他のソフトウェアもAPIが開放されていてサービス連携が日本より随分やりやすそうだと思いました。
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