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この近くに高校ができてたら…

JR鹿島線十二橋駅。水郷佐原あやめパークの最寄り駅ではあるものの、最近では秘境駅としての人気も高い。しかし、今から30年前、この近くに高等学校を造ろうとした話があった事をご存知の方はどれくらいいるだろうか?

1980年代後半、当時佐原市(現香取市)内に高校が佐原・佐原女子・佐原淑徳の3つ(いずれも当時の名称)あるものの、うち2校は女子高だった。このため地元の公立中学を出る男子のうち佐原高校に行くための学力が無い者は、小見川・多古等隣町や少し離れた学校へ通うか、佐原高校にあった定時制に行くしか方法が無かった。この事は当時議会でたびたびあがっており、問題となっていた。しかし、千葉県に言ったところで予定はないの一点張りだし、私立なんてのは地域的に望めない。

それではと、当時の佐原市が自分達で高校を造るための検討を始めた。細かい事は不明だが、議員さんや教職経験者等が集められていろいろ話し合いが進んでたと思われ、市立高校についての議論が交わされた。

当初は、佐原市の南部にある伊地山(いちやま)に造ろうとした。場所はここである。

香取市伊地山(地図下)

当時ここにはゴミ焼却場があって、その近くに広い敷地があったんだろうか?とも取れる場所ではあるが、この場所は旧佐原市の南部ですぐ下は栗源地区に入る。また、この辺は交通の便が元々悪く、仮にここまで通学用のバスを通すにも道が狭すぎる。こんなやりとりがあったかは定かでは無いが、割と早い段階でこの案は消えた。

それに代わって浮上したのが、十二橋駅の近くに市有地を取得し高校を建てる案。

十二橋駅前の看板

コレなら駅前だし便利になるからという事で、実際に用地を取得した。しかしこれ以上高校の建設計画が進展する事は無かった。なぜか?実際に用地を取得したのは1990年前後で、この直後にバブル崩壊や少子化問題が起こってしまい、高校建設どころでは無くなってしまったのである。

そして取得した土地は現在に至るまで何も建設される事は無く、シーズンに花が咲き誇る以外では何もない。

さて、この高校が首尾よく開校してたらうまくいってたんだろうか?
確かに交通の便は悪く無いから電車通学の多い鹿島線方面からの通学は増えると思う。しかし、下の地図をよく見てほしい。赤で囲った所から通うのは香取ー十二橋を電車で渡る必要が出てしまう。たった一駅だが、電車の本数上頻繁に来るとは思えない。

赤枠の地域(旧第二中・第三中学区)

まして、この辺の高校生は電車を使うなら全区間自転車で行けと教えられてきた。そう考えると電車で渡る以上不便と言い放ち、相変わらず市外の高校に通ってしまうだろう。

更に1951年に佐原市が誕生して以来、旧町意識が強い人が多いもんだから工場も宅地もその他も発展しなかったと思われる。

これでは立ち消えもやむなしである。なお、市立高校ができなかった代替として、県立佐原女子高校の共学化を勧められていた。こちらは後に実現し、現在佐原白楊高校となっている。

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