ネイルの茜色

もうすぐクリスマスだし
その後すぐに正月だから
妻は何か少し派手なことをしようと
知り合いのネイリストに頼んで
マニュキアをしてもらった
メイクをしたことのない妻だが
色はこれしかないよと言い
濃い赤の茜色
食事の時はちょっと華やいだ空気が流れて
ぼくもいいな って思った
でも 介護をしていて股間を拭うとき
ネイルの茜色が刺すように目に飛び込んでくる
そのときキツい虚しさに襲われ
除光液を買いにコスメショップへ走った

コスメショップへ急ぎながらぼくは17才に見た映画を思った
夫は何かの事故で死ぬが
夫の帰りを待つ妻が
楽しそうに夕食の支度をしているシーンで終わる映画だった
強く印象に残る映画でタイトルを「かくも長き不在」だと
60年間思い込んでいた
それはマルグリット・ディラスの脚本
読んだらぼくの思っている映画じゃなかった
記憶の映画は幻になってしまったが
介護ベッドに寝ている妻が
じっと茜色のネイルを眺めている
シーンを17才のぼくが見ている

一方 近未来のぼくが
死化粧された妻から紅を拭い落としている
シーンを現在のぼくが見ている

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