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繊細なまま周りの目を気にしなくなるには

みずからの繊細さを失わずに周りのことを気にしなくなるためには、他人のことをもっと理解する必要がある。

最近、ふと最近周りにどう思われているかあまり気にならなくなってきたなとふと気がついた。6年ぐらい前は周りからネガティブな評価を受けていないかとても不安で、普段接する人からちょっとでも悪い雰囲気を感じると、話す時にぎくしゃくしたり、挙げ句の果てには自分から距離を置いたりしていた。しかし、ここ半年ぐらいそのような感情になったことがなく、のびのびとした気持ちで生活できている。

よく「歳をとると鈍感になって周りが気にならなくなる」というが、私が気にならなくなった理由はそれには該当しないと思う。いまだに自他ともに認める繊細人間だし、人の感情そのものには控えめに言って敏感な方だ。

では、どうして気にならなくなったのか。これを明らかにする上で、まずはどうして周りが気になるのかを考えてみた。

私が周りを気にしていた理由は、周りが感じていることがわからないから、そして自分がどう見られているかわからないから。相手から何かネガティブな印象を受け取った時、それが自分のせいなのかどうか、またどうやったら解決できるのか見当がつかず、避けるか塞ぎ込むかしか考えられなかった。そして、目を背ければ背けるほど、正体不明の相手の態度は自分の不安と恐怖を育てていき、勝手に過去の経験と繋げて「自分は他人から疎まれる人間なんだ」という自己評価を作り上げていった。

逆に言えば相手から自分がどう見えているかが分かれば解消する話でもある。ただし、だからといって他人に「自分がどう見えているか」を安易に聞くのはあまりお勧めしない。なぜなら、あなたがどう思っているか気になるような人ほど、気を遣って正直には答えてくれないからだ。

仮に自分に対してネガティブな印象を持ってたとしても、「あなたのこういうところが好きではありません」と正直に答えてくれるような人は稀だろう。自分のせいで深く傷つかれたり、逆上されても困るだろうから。

それよりもまずやるべきことは、相手自身を理解しようとすることである。特に、その人が何に喜び、怒り、悲しみ、楽しさを感じるかを観察すると良い。

例えば、自分のちょっとした発言のあと、上司の口数が減ったとする。その人のことを知らなければ、「自分のせいで上司を不機嫌にさせてしまった」とあわてふためくかもしれない。

しかし、上司はただ熟考して黙っているだけかもしれないし、別件のことを思い出してそちらに気を取られているだけかもしれない。もしくは、あなたの発言そのものは一般的には問題ないが、上司の過去のトラウマをたまたま刺激してしまっただけかもしれない。つまり、ある言動に対して感じることは人それぞれ違うため、その場の相手の反応だけでその裏の感情まで読み取ろうとするのは危険なのだ。


周りの反応や思惑による不安を取り除くためには、鈍感になるというのも一つの対処法なのだと思う。しかし、「気にしすぎない方がいい」「考えすぎない方がいい」と言われるのが私はずっとつらかった。気にしてしまうのも考えてしまうのも自分がコントロールできるものではなかったから。

繊細な人間には、自分を鈍くすることに腐心するよりもむしろ周りをより理解することで不安を解消していく方が合っているのだと、最近気づいた。


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