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清水寺は、弱小宗教法人だった。

清水寺は弱小宗教団体だった。
清水寺は、南都六宗の北法相宗興福寺の分派で創健は、778年。なんと1200年前に遡る。
平安京時代に、桓武天皇を御前で最澄と仏法の口上対決に南都六宗の貎下達はことごとく最澄に論破されてしまう。
法相宗は、仏法上小乗経にあたり平安京時代は、像法時代にあたり大乗仏教特に法華経でないと民衆を救え無い時代に当たる。
桓武天皇は、南都六宗の貎下達に最澄に対して詫び状と弟子入りする誓詞を書かせた。そして都の守りとして比叡山延暦寺を開創健させ国家守護の国師として最澄を選び、伝教大師の地位を与える。

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