蛙と蝉と蝶々と②

有終の美を飾る。

この言葉が彼らほどしっくりくる生き物を私は知りません。

どこからともなく聞こえてくる、あの心地よい夏の知らせ。日本の夏の風物詩とも言える季節を代表する真夏の応援団。

そうです。
「蝉」です。

意外と知られていない、彼らの寿命や生態に触れながら、人間にもこんな人がいますよね。というストーリー仕立ての「変態シリーズ」

第2弾は蝉の回です。

それでは、さっそくいってみましょう。


数時間前まで、少しだけひんやりした空気に包まれていた世界が、うだるような暑さとジメジメした空気に飲み込まれていく。

人間達はまだ、眠っている。
時刻は朝の5時前、今日も暑い日本の夏が始まろうとしている。

誰が最初に声をあげるのか、そんなことを迷っている時間は1秒たりともない。少しでも出遅れたら、その遅れは一生取り返せないのだから。

一斉に声を上げるライバル達に負けないように、命の声を力の許す限り出し尽くす。

俺が1番だと。

そこに現れた絶世の美女。
彼女に全てを託そうと心に決めた。

そして、2人は結ばれる。
新たな命を後世に残すために。。。


あれから、1年弱の月日が流れた。

梅雨時の昼下がり、大きな大きな木の幹の中で小さな命が産声をあげる。

生まれてきたのは、このお話の主人公。
アブラゼミの「ウタくん」
#泡沫のウタ
#儚いことの例え

小さな小さなウタくんは、その身に宿る僅かばかりの力を振り絞って、木の幹を降り、地中の奥深くへ進む。

これから始まる長い長い地中での生活の幕開けです。

大きな木のちょうど真下の地下深く。
ウタくんの日課は、育ての親とも呼ぶべき「木」から、ご飯となる「養分」を吸い続けること。

光のない地中で、明けても暮れても養分を吸い続け、少しずつ成長していきます。

その間、なんと3年~5年。
誰とも会わず、ただ生きることに必死になって、毎日養分を吸い続けます。
#私にはできない苦行

のちのライバル達たちが皆、同じ生活を繰り返している中で、実はウタくんだけは少し違います。

いつか、この地中生活から抜け出して、ライバル達と競うことになるその日に、どうやったら勝てるのか?

皆がまだ、「いつか来るその日」のことなど考えてもいない中、時折そんなことを考えながら、今日も日課をこなしています。

そんなことばかり考えているものだから、実は最近少しだけ、ライバル達よりも1日あたりの養分摂取が足りてない。

けれどウタくんは、まだそのことに気づいていません。今日の養分摂取量が「いつか来るその日」の戦いに、大きな影響を与えることになる。

そんなこと、彼はまだ知らない。

3年の月日が流れ、ウタくんの身体は生まれた頃とは比較にならないほどに大きく立派に成長しました。

外の世界は、夏真っ盛り。
3年前のあの日、ウタくんと同じ夏に生まれた仲間達は、いよいよ地上に出ていく準備を始めます。

もちろん、今年地上に出られる保証などどこにもありません。タイミングを逃せば、次のチャンスは1年後。

自分もそろそろいけるんじゃないか?
最近は、地上に出ることばかり考えているウタくん。

誰にも会うことがないウタくんは、誰にも評価して貰えない。ウタくんが見ているのは自分だけ。
ライバル達がどんなに大きく成長しているか?
そんなことは知る由もない。

ライバル達の中では、自分が1番に違いない。
心の底からそう思っているウタくん。
根拠のない自信は、強く信じているからこそ生まれてきていた。


モゾッッ、モゾモゾッ!

覚悟を決めたウタくんが、いよいよ地上をめざします。地上からは、太鼓や笛や手拍子が小気味の良いリズムを奏でて、まるでウタくんを応援しているかのよう。

今日は8月15日
人間の世界は盆踊りの真っ最中です。

そんな応援を受けながら、身体中の力を振り絞り、ひたすら地上を目指します。小さな時に降りてきた小さな小さなその穴は、今の身体にはあまりにも小さくて、1から掘り進めるのと変わりません。

やっとの思いで地上に顔を出してみると、初めて目にする世界の広さに、思わず圧倒されそうになります。

そして、目の前にはこれから登っていく大きな大きな木が、天高くそびえている。

その大きさに絶望感すら覚えながらも、負けてたまるかと残った力を全て出し切る覚悟を持って、木登りに挑みます。

ギシッギシッ。

大きな木の幹に、爪の先を引っ掛けながらゆっくりゆっくり登るその途中、先に地上に出たライバル達の抜け殻が至る所にくっついています。

その中には、たくさんの、登る途中でこと切れた幼虫のままで一生を終えたライバル達の姿も。

こんなところで諦めてたまるか!
絶対に、大人になるんだ!
命を繋ぐんだ!

ウタくんの頭の中から、いつしか”誰かに勝つ”という気持ちは無くなっていました。

ただ、生きること。
生きて、命を繋ぐこと。

これだけがウタくんを支えています。

そして、大きな大きな木の中腹辺りまで来たところで、ウタくんの身体に衝撃が走ります。

これ以上、先には進めない。

誰かに教わったことは無いけれど、身体の軋みがそう教えてくれています。

ここでいいか。

そう思ったのも、ほんの束の間。
背中のちょうど真ん中あたりに大きな亀裂が入ります。

痛みはない。
けれど、ここで止まってはいけない。

ウタくんは、最後の力を振り絞ります。

ググッ!

ここから先は、あまり覚えていません。
ただ、何かから開放されたような爽快感が、脱皮の成功を教えてくれます。

今は、ほんの少しだけ身体を休めて、羽根を広げよう。

そして、夜が開ける。

数時間前まで、少しだけひんやりした空気に包まれていた世界が、うだるような暑さとジメジメした空気に飲み込まれていく。

4年前に、ウタくんの親達が経験したことを、ウタくん自身も経験します。

ライバル達との鳴き合戦。
天敵となる人間やカラスとの攻防。
未来を託すパートナー探し。

成虫になってからの時間は本当にわずかで、長くても1ヶ月程度。

時間は限られている。
けれど、ここで、勝てなければ生きてきた意味が無い。

毎日が、最後の日かもしれない。
そんな焦りと戦いながら、全力を尽くす。

実は、もう隣の木に飛び移る力も残っていない。
あの時もっと、養分をしっかり吸っておけばよかった。

そう。
ウタくんには羽を動かす力が無くなっていました。ライバル達よりもかなり短い、8日目に。

蓄えてきた養分を使い切ったのです。

まだパートナーは見つかっていない。
もう、ここで声を出すしかない。

翌朝のことは、夢なのか現実なのか。
突如現れた、天使のようなパートナー。
声ももう出ない。

必死に手を伸ばし、力の限り抱きしめて。
そのまま、世界が真っ暗に。

ウタくんの命は、終わりを告げました。

思えば、ただただ必死に生きた4年間。
命は繋ぐことが出来たのか。

今日もまた、暑さに負けず鳴き続けるあの声が、響き渡ります。

おしまい。


このお話も、蝶々の回と同じく完全にオリジナルストーリーです。
皆さんの周りにもいませんか?

自分の知っている世界の中だけで、自分こそが1番だと勝手に思い込んで、やるべき事に努力をしきれないような人。

その根拠のない自信が、将来の自分を苦しめるかもしれない。そんなことには、本人も周りの人も気づいていない。

社会に出てからは、誰にも負けたくないと、必死に頑張っているものの、なかなか結果に繋がらない。

ここで思い知る。
自分は1番なんかじゃなかったと。

そして、努力をしてこなかったことに後悔し、絶望し、そのまま何者にもなれずに終わる人。

それすら乗越えて、大きく成長して行く人。

根拠のない自信を持つことは悪いことではありません。けれど、そこに胡座をかいてしまうことが、未来の自分を苦しめるんだということは、今を生きる皆さんにも知っておいて頂きたい。

別に子どもたちだけの話ではありません。
社会人になってからの努力も同じことです。

夢や目標を掲げ、成長を目指すのであれば、いつでも「もっとやれるはずだ」と、1秒でも長く、1つでも多く、人より苦労してみてほしいのです。

これで成功の確率は上がりません。
けれど、失敗の確率は下げられるんです。

明るい未来を夢見て、今を生きる全ての方へ。
自分自身が蝉タイプでは無いと感じた方であっても、この人達から学ぶことはとても多いです。

人生は100年近くの時代です。
今からでも遅いということは全くありません。


ということで、蝉の回はおしまいです。
解説編も公開予定なので、読んで頂けたら泣いて喜びます。

残るは蛙の回と蟻の回。
またお会い出来ることを楽しみにしております。

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