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曖昧な僕らは旅に出た

登場人物

はるぴー: メガネと天パ
将軍      : 小柄なサッカー部

早朝にすれ違う人につい挨拶してしまうのは、未だ家族とも顔を合わせず家を出たために、やはり人と関わって生きていたいという気持ちが無意識に表れてしまうからなのではないか、そんな壮大なことを考えさせてくれる朝日を目に駅へ向う。

前日の夜。はるぴーからのLINEが私をこの旅について意識させた。

「全てが曖昧じゃないか?」

前日の夜なのにも関わらず、明日空港まで行く電車すら決めていなかった事に対し焦りを感じる。
もちろん当日の目的地にも触れられずに。卒業をしてすぐに「卒業旅行」と銘打ったわけでもなく、全てが曖昧な私たちは旅に出た。行先きは福岡。実というと、最初は不安だった。
3年間共に仲良く過ごしたとはいえど、最後まで楽しんで「良かった」と別れることができるのだろうか、それほど2泊3日という時間は私にとって長いものに感じられた。そんな雑念に苛まれながらも、私の出発は電車に乗り遅るところから始まり、また極度のビビりのために【3月11日245便航空機空中爆破事故】なんてものが起きるかもしれないと歯を鳴らしながら怯えていたりと、とにかく大変だった。

この旅を計画した時の期待を超えて楽しめるだろうか、、、
いち早く旅を感じるために博多駅到着と同時に無理に心を踊らそうと努力をした。それは、沈黙に不安を感じ笑顔にこそ楽しさがある、そんな凝り固まった考えが常に悪さをしていたからだ。

手探りだった1日目は、目的地を決めずにただ歩く時間が多かった。時たま鳴らすラーメンを啜る音に安堵し、たまたま見かけたキムチ専門店での試食では"旨辛"の本領に踏み込み、その辛さがなんとも心地よかった。電車に乗りながら読む本のページが進むのと同じで、明確に目的地を決めて歩く方がより会話が楽しめたのだろう。

韓国人観光客が多く、福岡美人がなかなか見つけられないまま初日が終わりチェックインを済ませたホテルでくつろいだ。ドライヤーの性能には落胆したが部屋自体は申し分ない心地よさで、出る頃には寂しさが残る部屋となった。「緊張と緩和」は本来お笑いを語る時に用いられる方便だが、旅疲れの後の談笑にも当てはめたい。日中の空気から一転、際限なく笑い合った。ここに書き記すことで失われる何かがあるはずなのであまり多くは語らないが、確かにそこにはかつての修学旅行を想起、いや、それすらを超える空間があった。

2日目は目的地を決めた。そのおかげか安心しながら1日を過ごすことに成功する。その上、天候と時間に追われるイレギュラーにさえ楽しさが生まれた。

3日目には各自単独行動をする。前日もそうだったのだが、朝に弱い

「型にはめる楽しさ」と「型から外れる楽しさ」をしる。



「自分の当たり前が誰かにとっての優しさになるのってすごいことなんじゃないか」

着いてからは、楽しまなきゃいけないと言う気持ちに駆られた自分が確かにいたと思う。

最後には1人行動をする時間があった。それぞれの行き先もはっきりとしないまま集合時間だけ決めておいた。最後には曖昧でも楽しめていたのだ。

家のドライアーは使いやすかった。

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